第十一章 オカン、今回出番なし
サブタイトル通り、今回はオカンの出番がないです。
「これはザニーグ魔男爵様」
人間の領域と魔族の領域の境界に一番近い町、ロアゴン。ロアゴンの統治を任された領主のセニは自ら出迎えた。
ザニーグ魔男爵は赤い体毛を持つ狼を彷彿とされる顔の魔族。痩せた体格で人間から見れば背は高い。
「クロゴネンドに続き、ドドラームも人間に奪還されたとはどういうことだ。本当のことなのか?」
ロアゴンは境界に一番近い町だけあり、クロゴネンドとドドラームから僅かながらも生き残りの魔族が逃げ込んできていた。
「本当のことでございます」
セニは冷や汗を流しながら答えた。魔族において爵位持ちと一つの町の領主との立場には大きな差がある。
ザニーグ魔男爵はとてもゼニが逆らえる相手ではない。
「人間ごときの戦力でクロゴネンドとドドラームが落とせるはずはない」
ましてやドドラームはクロゴネンドの報を受け、戦力は強化していたはず。
しかし、クロゴネンドとドドラームが落とされたのもまた事実。
「まさか、人間どもあの忌々しい勇者を召喚したのではないだろうな」
勇者の伝承は魔族側にしてみれば忌むべき伝説。まさに人間側の起死回生の一手であり、切札。数百年前も魔族は人間の領域を侵略しようとしたが、たった一人の勇者によって阻止された。
狼を彷彿とさせる顔だけに今にも噛みつかんばかりの雰囲気を漂わせる。委縮するしかないセニ。
「それがですね……、ザニーグ魔男爵様」
セニが恐る恐るながら、生存者から聞いた話をする。
「何なのだそいつは?」
ザニーグは相手が本当に人間なのかと疑いをもってしまう、そんな話であった。
「私自身が話を直接聞く。今すぐ、生存者の所へ案内しろ」
「話をですか……」
「どうした」
セニの歯切れが良くない。
「説明するより、直に見てもらった方が良いでしょう」
「?」
「何だこれは」
通されたのは医務室。一人は部屋の隅で蹲り、一人は三角座りでブツブツ呟き、一人は虚ろな目で天井を眺め、一人は青白い顔をさらに青くして震えていた。
「残っている生存者はこのような状態なのです。真面に話が出来る者は話すだけ話した後、逃走してしまいました。余程、恐ろしい目にあったのでしょう」
言われるまでもなく、残っている魔族はとてもじゃないが話を聞けるような状態ではない。
しばらく生存者を見ていたザニーグが下したのは、
「殺せ、逃げた者も探し出して殺せ」
の一言。
「ちょっと、待てください、ザニーグ魔男爵様。皆、生きているのですよ。殺すことは無いのでは」
普段なら爵位持ちに反論することは無いが、いくら何でもこの命令だけは言わすにはいられなかった。
「使い物にならなくなった魔族など、生きている価値などない。全員、処分だ。もう一度は言わんぞ」
それは次に口答えすれば、お前も殺すという意味。
「……解りました」
こうなれば従うしかない。ザニーグ魔男爵の残忍性はロアゴンの領主であるセニの耳にも入ってきている。任務に失敗した部下の処刑、役立たずと判断した部下の処刑、言う事を聞かなかった部下の処刑、気に食わないというだけで処刑。
部下だけではない、多くの魔族に恐怖を抱かせているザニーグ。
ザニーグは容赦などしらない。殺されたくはないセニ、自分の命は惜しいのだ。
やりたくない仕事は部下に任せるのは魔族も一緒。
セニは部下に嫌な仕事を押し付けて自室に入ると、そこには椅子に座ったザニーグが勝手に酒を飲んでいた。飲んでいる酒はとっておきとして置いたものの一つ。
「この館で一番いい部屋だな」
一応、領主なのでそれなりの館に住み、それなりの部屋を私室に使っている。
床に転がる幾つもの空瓶を見ても文句ひとつ言えない立場のセニ。
セニを横目で見るザニーグ。そこには見下しの色があった。
「クロゴネンドとドドラームを落とした人間を私が直接潰しに行こうではないか」
ザニーグは薄く笑う。
「お待ちください、ザニーグ魔男爵様。相手の得体がしれません、ここは慎重に行くべきでは」
椅子から立ち上がるザニーグはセニの目の前で酒瓶を握り潰した。ザニーグの手にはかすり傷一つ着いてはおらず、赤いのは血ではなく酒。
これ以上、口答えすると次にこうなるのはお前だとの意思表示。
「爵位持ちと下級魔族を一緒にするな、いかに強かろうと人間なぞ、私一人で十分だ」
ザニーグには自身が敗北することなど微塵も考えていない。それは自身の強さに対する自信の表れ。
押し黙るしかないセニの心中には爵位持ちならば勝てるかもとの期待もあった。
魔男爵の登場。




