11 王妃のお悩み相談室
またまたお久しぶりです。そして明けましておめでとうございます。中々更新が進みませんが、どうぞ読んでいただければ幸いです。
爽やかな秋晴れの午後、東の庭園には今日も王妃と寵姫の姿があった。
王妃は白い毛の塊にしか見えない小さな生き物を抱き上げると、そっと膝の上に乗せた。
ピクピクと鼻をひくつかせ、長い耳をピンと立てる仕草が可愛すぎてたまらない。
「そんなに可愛いならシェイラも飼えばいいのに」
「ええ、そうなんですけど。私、猫は育てたことがあるのですが、兎さんは初めてなので」
膝の上で丸まっている兎の頭を撫でながら、王妃は身悶えるようにため息を漏らす。
大きな黒い目とホワホワの白い毛が特徴の殺人的な可愛らしさを持つチャーリーは、最近寵姫が飼い始めた兎である。
寵姫の侍女の実家で大量に繁殖してしまったものの一匹を引き取ったのだという。
すっかりチャーリーに骨抜きにされてしまった王妃は、時間のある限りチャーリーと過ごし、その愛を注ぎ込んでいる。
「聞いてる? きっとまだ里親募集していると思うの」
「本当? そうだわ、出来れば女の子がいいですね。チャーリーは男の子ですから」
王妃は大げさなほど喜んで笑顔を作る。
「聞いてみるわね」
微笑んで頷いた寵姫に王妃の瞳はわずかに揺れた。
ここ最近、どうも寵姫の様子がおかしい。
無意識にため息をつく回数が多く、食も細くなっている。何か悩みがあるに違いない。
チャーリーも、そんな寵姫を心配した侍女が連れてきたのだろう。実は王妃も寵姫が心配で、チャーリーをダシにして時間の許す限り入り浸っていたのだ。
悩みがあるならば相談して欲しい。
しばらく待ち続けたが寵姫は口をつぐんだまま、とうとう我慢出来なくなった王妃は今日こそ聞き出そうと決めていた。
ちらりとサーナに視線を送ると、サーナはすぐに他の侍女たちに合図をし二人から離れて行く。何かあればすぐに駆けつけられる距離、しかし会話は聞こえない場所まで下がってもらったのだ。
「シェイラ……」
寵姫は困ったように王妃の名を呼んだ。
「ごめんなさいアン。私、もう黙っていられません。一体何を悩んでいるのですか?」
大好きな寵姫のため、どんな悩みでもすぐに解決してあげたい。
「……ダメよ、シェイラにはとても相談出来ないわ」
泣きそうなほど弱弱しい寵姫の言葉に、王妃は言葉を失った。
「どうしてですか?!」
とてもではないが納得できない。
「……シェイラのこと大好きよ……この関係を壊したくないの」
私だって、私だって。
「私だってアンのことが大好きです! アンより大切なものなどありません!」
「……でも、ダメなのよ」
涙を滲ませる寵姫の悲痛な表情に、珍しく王妃の脳裏で何かが弾けた。
ああ、そうか。
王妃は思わず浮かせていた腰を再び落とすと、寵姫の白い手を取り指先で優しく撫でた。
「陛下のことで、ですか?」
息を飲む寵姫に、王妃はことさら明るく笑って見せた。
実は、王妃と寵姫の間ではっきりと「婚姻契約」の話をした事はなかった。
王が「寵姫には説明してある」と言っていたので、王妃はあえて二人の友情の間にその存在を挟ませたくなかったからだ。
もしかしたら、寵姫は何かを誤解して捉えているのではないだろうか? それで一人で思い悩んでしまったのだろうか?
そうであるとしたら私のせいだ。王妃は秘かに奥歯を噛み締めた。
「アンに伝えたことはありませんでしたが、陛下のことは良き友人として大切に思っています。でも、アンはかけがえの無い無二の存在です。私にとっては、陛下よりもアンの方が大切です」
涙を溜め瞳を見開く寵姫に、王妃は当然だと何度も頷いてみせた。
「陛下のことで、アンと私の関係が壊れてしまうなんてことあり得ません」
何故そのような恐ろしい事が起こりえようか。
もしそのような事態になれば、全身全霊を持って阻止してみせよう。
「だから何も気になさらないで。私に話して下さい」
寵姫は鈴蘭のごとく美しい美貌を曇らせ、そっと王妃の手を握り返した。
「……え、と。では、陛下の御心が私へ向いている、と?」
ゆっくりと言葉の意味を飲み下した王妃は、次いで思わず吹き出した。
「何を言っているのですか!ありえません、そのようなことっ」
ずっと握っていたままだった寵姫の手を振り回しながら体を折り曲げて笑い転げる王妃だったが、寵姫の沈んだ表情は動かない。
「ねぇアン、本当にっ、そのようなことはっ、決してっ」
あまりに突飛な悩みにしばらく笑いを止められなかった王妃だが、一向に晴れぬ寵姫の様子に我に返った。
ことの詳細を詳しく語れば、それは王妃が嫁ぎ、しばらくの後から違和感を感じていたらしい。
王妃との婚姻後、王は頻繁に体調不良を訴えていたが、初めは婚姻によって増えた煩雑な執務による疲労だと思っていた。
しかし、婚姻が落ち着いても一向に王の体調は回復せず、ますます酷くなるばかり。
そして徐々に供にいても上の空なことが増え、時折寵姫を見る瞳に罪悪感が浮かび出した。
もちろん新しい女性の影などあるはずもなく、けれども「王妃とはこのような婚姻契約を結んだ! これが私の誠意だ、アン」と言って抱きしめてくれた王を信じていたのだが……・。
思いもかけず王妃と親しくなったその時、寵姫は「やはり」という思いを抱いてしまった。
そして、王妃の話を毎日複雑な表情で聞く王に、とうとう確信してしまったのだ。
けれど王妃と親しくなった寵姫は、王と王妃の板ばさみで苦しんでいる。
王妃はどのように寵姫の誤解を解こうかと必死に頭を動かした。
ジグジアに嫁ぎ半年。王とは決まった日以外に会うことはほとんどなく、会っても昼間のわずかな時間のみだ。
話題も最近の生活のことや公務のことなどばかりで、寵姫が心配するような関係では決して無い。
王妃は王に対して好意を感じてはいる。
しかしそれは国や今の生活を与えてくれた恩人としての好意、表向きには夫という名の良き友人としての好意なのだ。
何より、王は寵姫を愛している。
「愛する女性はただひとり」と、王妃に婚姻契約を突きつけたのは王なのだ。
王妃は『ジグジア国王とユパーナ国第十三王女との婚姻契約書』を正しくそらんじることが出来る。
なんと誠実で、愛情深く、素敵な男性だろうかと感心したものだ。
あの時の王の挑戦的な瞳には、確かに寵姫への愛で溢れていた。
陛下がアンを裏切るなんて決して無いはず。
王妃は寵姫に届くよう、切々と王の愛情深さを語ってみせた。
しかし寵姫の頑なな思い込みを訂正することは出来ず、その日は初めて何とも後味の悪い別れを経験したのだった。
とにかく一刻も早く寵姫の心を軽くしてあげなければ。
おそらく些細なすれ違いが重なり、誤解に繋がってしまったのだろう。
男女の機微は繊細で複雑で難解なのだ。王宮内で流行しているロマンス小説でも良くある展開ではないか。
このような色恋沙汰で、寵姫との関係がぎくしゃくしてしまうことは許せない。
涙に濡れているであろう寵姫を思い、王妃はその夜まんじりともせず夜明けを迎えた。
ほんの思いつきで最近ハヤリのウサギさん登場です。「うサンポ」させてみました。