第十七話:リライトの終わりに
「これが、最後です」
受付のAIは、いつもと変わらない声でそう言った。
何百回も通ったこの場所。
何度も“やり直した”この世界。
けれど今日、俺はもうログインしないと決めていた。
――『Memory Rewrite』。
過去に戻れるわけじゃない。
ただ、記憶をなぞるだけの場所。
わかっていたはずなのに、
いつの間にか、ここが“本当の居場所”みたいになっていた。
「よろしいですか? 今回のログアウトをもって、アカウントは凍結されます」
「ああ、いい」
迷いはなかった。
……いや、正確には違う。
迷う理由が、もうなくなっていた。
最後に選んだのは、あの日だった。
雨が降っていた。
駅のホーム。
俺は何も言えずに、ただ見送った。
――あの時、ちゃんと伝えていれば。
何度も、何度もやり直した。
引き止めたこともある。
泣いたこともある。
笑って送り出したこともある。
どれも、違った。
どれも、現実にはならなかった。
けれど――
最後に選んだのは、「何も変えない」だった。
記憶はそのまま。
言えなかった言葉も、そのまま。
ただ一つだけ、違うのは。
「……元気で」
小さく、呟いた。
過去の彼女は、振り返らない。
当然だ。
これは記憶で、俺の都合のいい世界じゃない。
それでもいい。
それでいい。
俺は、ようやく理解した。
ここで何をしても、世界は変わらない。
過去も、結果も、失ったものも。
何一つ。
でも――
「俺が、変わる」
それだけは、本当だった。
何度も繰り返した時間の中で、
言えなかった言葉を見つけて、
向き合えなかった自分と向き合って。
逃げていた理由も、
後悔していた本当の意味も、
全部、知った。
だからもう、十分だった。
「ログアウトします」
光が、静かに広がる。
あのホームが、雨が、音が、
少しずつ遠ざかっていく。
最後に見えたのは、
振り返らない背中。
でももう、それでよかった。
目を開ける。
現実の天井。
無機質な白。
けれど、不思議と冷たくはなかった。
「……終わったか」
ゆっくりと体を起こす。
窓の外は、晴れていた。
あの日とは、違う空。
ポケットに手を入れる。
何もない。
当然だ。
ここには、何も持ち帰れない。
けれど――
「……行くか」
足は、自然と前に出た。
やり直しはできない。
過去は変わらない。
でも。
これからの時間は、まだ誰にも決まっていない。
ドアを開ける。
光が差し込む。
一歩、踏み出す。
胸の奥の痛みは、消えないまま。
それでも、そのまま歩き出す。
――Memory Rewrite。
それが残したのは、
救いでも、奇跡でもない。
ただ一つ。
消えない後悔と、
それでも生きていくという選択だけだった。
――そして
それが書き換えたのは、
過去ではない。
未来でもない。
ただ一つ。
“今を生きる自分”だった。
第一部 完




