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プロローグ

 自殺を考えた。


 特に人生に嫌気が差した、というわけでもない。


 本当にただの気まぐれだった。



 高校二年になったばかりのあくる日。


 いつもは鍵がかかっている屋上の扉がたまたま開いていた。


 どうして屋上に行ったのか、そこはよく覚えていない。


 それなりの高台にある高校の屋上からなら、寂れた田舎街を見下ろせる。


 そんなことを考えていたのかもしれない。


 街を見下ろして、変な優越感に浸って、そして・・・。



 飛び降りてしまおうか。



 なんてことを考えてしまった。


 しかし結局のところ、自殺はしなかった。


 というより、できなかった。



 屋上の扉を開けた瞬間、美しい夕日が頬を照らすのと同時に人影が目に飛び込んだ。


 その人影は何をしていたのか、扉の開閉音に驚き、そのままこちらに向かって爆走してきた。


 こ、殺されるッ!!


 死をイメージしていたせいか、相手が殺人鬼に見え、あまりの勢いに気圧されて目を瞑った。


 さっきまで自殺を考えていたのに、両手で頭をガードして身を縮こまらせていた。


 情けないまでに生きようと必死になっていた。


 気づけば、突進してきていた人影はどこかに消え去り、屋上には自分一人だけになっていた。


 一瞬、ふわりと鼻腔を掠めたフローラルな香りだけが余韻として残っていただけで、人影が誰だったのかは全く分からずじまい。


 自分が本当は生きたがっていることに気づいたせいで自殺の気持ちは削がれ、ただぼーっと眼前に広がる景色を眺めた。


 高台の下に広がる市街地には明かりが灯り始め、多くの人々が生活していることを改めて実感した。


 そして、視界の右半分に広がる市街地とは反対の左半分には太平洋が広がり、薄暗い空のせいかいつもは抱かない不気味さと恐怖を抱いた。


 自然の恐怖に、人工の爛々と輝く灯りの数々。


 目に映る光景に言いようのない感情が湧き上がり、そっと静かに目を閉じた。


 まさかこんな言葉が一番最初に浮かぶとは思わなかった。



『世界はこんなに美しいんだな』



 そんなありきたりな言葉が思い浮かぶとは――。



 * * *



 春というのは寂しさの中にどこかワクワク感があるような、そんな曖昧な季節だと思う。


 まだ肌寒さの残る四月の中旬に、教室で一人掃除をしながら考えていた。


 なぜ一人なのか?


 たまたま放課後に体調が悪くなった二名の男子と、家庭の事情で帰らないといけなくなった一名の女子。そして謎の失踪を遂げた二名の女子。計五名が教室の掃除当番をやむなく休んだため、一人で掃除をしなければならなくなったから。


 断じてイジメや悪さをした罰などではない。


 それにしても、謎の失踪をした女子たちは無事だろうか。


 そんな一ミリも思っていない言葉が、心の中で反芻する。



「おまえ何やってんの?」



 掃除をあらかた終え、教室の後方に寄せていた机と椅子を黙々と元の位置に戻していたら、突然誰かから声をかけられた。


 まあ、声音から大体誰かわかっているけれど。



「久しぶり。(ひろし)


「そうだな。土日を挟んでざっと三日ぶりくらいか」


「こんなとこで何してんの? 部活は?」


「ああ、ちょっと忘れ物を取りにな。それで? 俺の質問の答えは?」


「質問?」


「だから、一人で机を運んで一体何をしてんだって」


「見てわかるだろ? 掃除だよ」


「・・・一人でか?」



 当たり前だろ。他に誰か見えてるならそれはそれで怖すぎる。



「もしかして、()()押しつけられたのか?」



 数少ない友人の一人である嘉屋博かやひろしは呆れと哀れみの目を向けてくる。


 頼むからそんな目で見ないでくれ。



「またってなんだよ。俺は押しつけられて一人寂しく掃除をしたことなんて一度もない」


「言い方からかなりの哀愁が漂っていると思うのは気のせいか?」


「ああ。気のせいだ」



 博は溜め息を吐いてやれやれと頭を横に振る。


 何を言っても無駄かと言わんばかりのジェスチャーに少しのムカつきと、自分の性格を理解してくれている喜びが胸中に芽生える。



「あ、そうだ。来週時間あるか?」


「来週? 何で?」


「いいから。時間あるのか? ないのか?」


「あるっちゃある・・・でもないっちゃな――」


「オッケー。んじゃ、日にち決まったらメッセ送るわ」



 こちらの言葉を遮るように返事をし、博はどこかへ走り去っていった。


 相変わらず人の話を最後まで聞かないやつだ。


 西日が差す教室に再び一人となり、気を取り直して掃除を再開する。


 何だったんだ、一体。


 友人の謎の言葉に疑問を抱きながら、机と椅子を元に位置に戻し続けた――。



 * * *



 翌週、教室に迎えに来た博と共に向かったのは、地元民にはお馴染みの『ハッピークラウン』というファストフード店。


 種類豊富なメニューに加え、量良し、値段良しのコスパ最強のお店にはいつも多くの学生がたむろっている。


 ただ、その日はタイミングが良かったのか店内の客は疎らで、すぐに席を取ることができた。



「――だから、俺はいつもモカシェイクなんだよ!」


「知らねえよ。定番はバニラなんだからバニラ頼むだろ。普通は」


「そうやっておまえはいつもいつも俺の意見を聞かずに勝手に――」



 注文時に勝手にメニューを決められ、憤慨しながら席に戻る途中、ふと視界に人影が映る。



「ごめん遅れちゃって。結構待った?」


「全然。俺たちも今来たとこ」



 突如現れた女子と仲良さげに会話を交わす博を横目に、棒立ちでその場に居続ける。


 会話に入ろうにも、女子とまともにコミュニケーションを取ったことがなく、疎外感を抱きながらただただ流れる時に身を任せる。


 なんとはなしに女子を見やると、茶髪のポニーテールと化粧にそれなりに端正な顔立ちに整えられた陽キャっぽい女子だった。


 俺の苦手な一軍女子の匂いがぷんぷんする。



「あ、紹介するわ。こいつは大和恵やまとけい。一応、俺の親友」


「・・・は?」



 あまりに突然の紹介に素っ頓狂な声を上げてしまう。


 なにを勝手に親友扱いしてんだ。そもそも、親友の定義ってのは・・・。



「あ、やべ。そういえば言ってなかったっけか。今日おまえを誘ったのはちょっと頼みがあってさ」


「・・・頼み?」


「実は、今()()()()を探しててよ。それを見つけるのに協力してほしい」


「・・・あるものって?」


「それは・・・」



 博はちらっと女子へ目線を送る。


 おそらく話してもいいかという確認だろう。



「うん・・・大丈夫」



 頷く女子の顔は、不安半分、期待半分といった感じだった。


 別に言いたくないなら無理に聞かないけど・・・。


 そんなことを言おうとしたタイミングで、博は口を開いた。



「俺たちが探してるのは、()()()()()()()()なんだ」


「・・・ラブレター?」



 あまりに聞き慣れない言葉に、思わず聞き返した。


 マンガやアニメなら死ぬほど聞いてきたが、現実でその言葉を聞いたことは一度もなかった。



「恵。一緒に消えたラブレターを探してくれないか?」


 この時、俺の中の第六感が働き、確信した。


 これは超絶面倒なことに巻き込まれたのではないか、と。


 動くはずのなかった歯車が、ゆっくりと歪な音を立てて回りだす。

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