10.自由都市リーヴェ
ちゃんと投稿出来ました!
ー…自由都市リーヴェ。
その名の通り、自治権を得ていて、他の国に侵されない、自由な街。
何者にも限定されず、何者にも強制せず。
その代わり、何事も自己責任。
ただし、街に害を成すような存在はお断り。
そう聞いてはいても、一体何が自由なのか。
どのあたりが自由なのか。
私では想像も出来なかった。
ただ、一歩入った瞬間、行き交う人々の外見を見ただけで、その自由さの一端を肌で感じることとなった。
「安いよ安いよー寄ってきな!」
「今日はあそこで飲んでくか」
「おっ、いーねぇ」
「最近お前、やけに羽振りが良いじゃねぇか」
「ふふっ。わりの良い依頼があってね」
「かなり高品質の炎上熊の毛皮があるよー」
石造りの強固な印象の強かった門と打って変わって、街は近場に森があるからか木造の建物が多く立ち並んでいた。
木造建築と言えば、茶色い感じを想像するけど、この街は全然違う。
思い思いに描いたんだろうと思えるようなクオリティーで、それぞれの建物は着色されているのだ。
きっと、住民たちが色を塗ったんだろうと想像出来る。
プロが塗ったみたいに、凄く綺麗な発色の建物もあれば、素人が塗ったんだとすぐに分かるみたいに、ムラがあったりしている建物もある。
建物だけでも、十分自由を感じられる。
だけど、行き交う人々からが、特に自由さを感じられる。
私の思う普通の人…人間っぽい外見をした人だけを上げても、肌の白い人、黒い人…だけならまだしも、赤い人、青い人などもいる。
顔立ちや体型は普通なだけに、ちょっと異常に見える。
だけど、誰も気にした様子はない。
ああした人がいるのも、普通のことなんだろう。
更には、背が有り得ないくらい高い人、子供くらい小さい人、姿が半透明の人、動物の耳や尻尾を持つ人、そもそも動物の顔をした人、昆虫の姿をした人、魚の姿をした人…などなど、語り尽くせない程に多くの種類の人が行き交っているのだ。
勿論、そんな光景に驚いているのは私くらいのものだ。
「…驚いたな。話には聞いていたが、こんなに多くの種族が、本当に共生しているとは…」
訂正。
一応、ロインくんも驚いてはいるみたい。
だけど、そもそも私は、人とは思えない外見の人がいること自体に驚いているんであって、ロインくんみたいに、いることは知っていた、という状態とは違うから驚きの質は違うだろうと思う。
私には、二足歩行してる猫さんと、私みたいな普通の豚との違いは分からないんだけど、家畜の動物と人との違いって、二足歩行するかどうか、なのかな?
わ、私だって土人形さんに乗れば、二足歩行出来るけどね!
「…これなら、お前と一緒でもそう怪しまれないな」
「ぶぅ(そうだね)」
良く見ると、町中には動物の猫や犬もウロウロしてる。
この世界でも、普通豚は家畜か、森だか山だかにいる動物で、ペットとしては一般的じゃないみたいだけど、ちょっと変だな、くらいにしか思われないはずだ。
ロインくんに、妙なレッテルが張られることがないようで、一安心である。
「さて。まずは宿を探さないとな」
「ぶ!(それは大事だね!)」
一息つくと、ロインくんはそう言って歩き出す。
確かに、拠点は大事だ。
見つけられなかったら、最悪街中で野宿する羽目になってしまう。
「…お前も一緒に入れるところとなると、結構限定されるかもしれないし、ギルドを探すのも大事だが、やっぱり先に宿を探そう」
「ぶぶぶいっ(私なら外の犬小屋でも大丈夫だよ!!)」
「そうだよな。お前も、俺と一緒にいたいよな」
よしよしと頭を撫でられてしまった。
やっぱり、細かいところは正確に伝わってくれない。
うーん。
せめて、文字だけでも覚えられたら、地面に書いて伝えられるんだけどなぁ。
どうやったらもっと正確に意思疎通が出来るものかと悩んでいる内に、ロインくんは宿を見つけたらしく、建物の中へ入っていく。
そして、しばらく泊まりたいと話すと、断られてしまった。
「何故ですか?やはり、この子がいると駄目でしょうか?」
ロインくんが不服そうな声を上げる。
けれど、宿の人は軽く肩をすくめた。
そんな理由ではないらしい。
「まさか。此処は自由都市だよ?ペットが変わってようが何しようが、物理的に入れないとかじゃない限り、断る宿があるもんか。まぁ、宿の持ち主の方が偏屈で、気に入らない客は泊めないってトコもあるみたいだけどねぇ」
「ならば、何故でしょう?」
首を傾げるロインくん。
宿の人は少し満足そうに答えてくれる。
「部屋がいっぱいなんだよ。向こう半年、この辺の宿は全部埋まってる」
「半年も…?」
「アンタ、知らないで来たのかい?半年後にうちの奇特な領主さまが主催で、冒険者向けのイベントをやるってことで、世界中の冒険者たちが前乗りしてるのさ」
宿の人は呆れた様にそう言った。
イベントか…。
歩きとか、馬車とか、そうした交通手段しかないなら、確かに半年は前に到着するように動かないと、遅刻しちゃうのかもしれない。
「何処か空いているところは御存知ありませんか?」
「さぁねぇ。他の宿の状況までは、流石に分からないもんさ」
「…お手数をおかけ致しました」
こうなったら、しらみ潰しに宿を探して回るしかない。
そんな結論に至って、ロインくんは目につく宿すべてに入って尋ねた。
だけど、やっぱりそのイベントの影響なのか、どこも埋まっている。
「見つからないな…」
流石のロインくんも疲れて来たみたいで、溜息をついている。
体力的には問題ないけど、こう見つからないと気が滅入ってくるんだろう。
私も何とか力になれないかと辺りを見回す。
すると、教会らしき建物が目に入った。
神様が違うからか、十字架みたいなものはないけど、厳かな雰囲気は、多分教会のものだろうと思う。
教会だったら、少しくらい休ませてもらえるんじゃないだろうか。
それに、運が良ければ宿の話も聞けるかもしれない。
そう思って、私はロインくんに教会の方を指して教える。
「ぶぶぶっ(教会だよっ)」
「ん?…ああ、教会か。教会がどうした?」
「ぶいぶい(少し休んで行こうよ)」
「そうか、教会という手もあったか。行ってみるか」
上手く伝わったか分からないけど、ロインくんは教会に足を向けてくれる。
ちょっと休めば、また元気も出てくるだろうから、仮に教会で丁度良い情報を得られなくても、また探しに行けるだろう。
「ごめんください。誰かいますか?」
そっと扉を開く。
扉には鍵はかけられていなくて、結構すんなりと開いた。
私だと、力がないから苦労したかもしれないくらい、見た目は重そうだけど。
そんな私の感想はともかくとして、中に入ってみて驚いた。
綺麗に並んだ椅子とか、何て言うんだろう?教卓みたいな机とか、配列は私の思う教会のソレだったんだけど、それよりも、正面奥の方に佇む女神像と、それを照らすステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、あまりにも美しくて、私は言葉を失ってしまった。
元々教会に入ったことはないから、イメージしか持ってなかったんだけど、そんな私のイメージを、軽く覆すような、厳かで、美しい、静寂の空間。
他に表現なんて思いつかない。
優しくて、美しい場所だった。
「誰もいないのか…?」
「ぶぅ…」
ロインくんはそのまま、奥の方の女神像の前まで歩いて行く。
近付くと、女神像の細かい表情まで良く見えた。
高さは2メートルくらいあるのかな?
石膏みたいな、真っ白い石で、滑らかに彫られている。
優しげに細められた目に被さる睫毛まで、丁寧に作られているのが凄い。
髪の毛だって、今にも風になびきそうな程、生き生きとしている。
「ぶぶぶ…(綺麗…)」
思わずため息が漏れる。
彼女の美しさの前では、此処が異世界だとか、私が今は人間の姿じゃないとか、そんなことどうでも良くなってしまいそうだ。
「誰だ!そこで何をしてる!?」
「!」
「ぶっ!?」
ぼうっと見惚れていると、突然鋭い声が飛んで来た。
思わず身体がビクッと揺れる。
次の瞬間、気付いた時にはロインくんの目の前には短剣が突き付けられていて、当のロインくんも自分の剣をその短剣を受けとめるように構えていた。
今の一瞬で一体何が起きたのだろう。
私は、瞬きを繰り返すばかりだ。
「…何とも物騒な教会ですね。ただ尋ねたいことがあって立ち寄っただけなんですが、まさか剣を突きつけられるとは思いませんでした」
どんな修羅場を潜り抜けたら、こんな状況においても落ち着いていられるのか。
私には真似出来そうもないけど、ロインくんは冷静に言葉を発している。
会話で状況を打破する予定なのだろうか。
私は黙っていた方が良いかな。
「こいつは失礼」
短剣を突きつけていたのは、男の人だ。
紫色に近い浅黒い肌に、グレーの髪、赤い瞳、尖った耳、揺れる細長い尻尾。
物語に出てくる悪魔みたいな見た目だ。
外見が非常に整ってることも、その印象を強める。
女の子の生き血でもすすってそうだ。
「けど、結界の張ってあるようなところに勝手に入って来たんだ。攻撃されたって文句は言えねぇだろ?」
「…結界?」
男の人の言葉に、ロインくんが首を傾げる。
まったく心当たりはないって反応だ。
因みに、私にもない。
結界って言うと、入って来られない様にしてたってことだよね。
扉に鍵だってかかってなかったし、見えない力に弾きだされたってこともなかったんだけど…おかしいなぁ。
「おいおい、何だよその反応。結界なんざなかったって言いたいのか?」
「はい。一切」
「…ウソだろ…」
「このような嘘はつきませんよ」
「……」
男の人は、しばらく黙った。
多分、理由とか色々考えてるんだと思う。
考え込むんなら、先に短剣を下ろして欲しいって思うんだけど、それはきっと駄目なんだよね。
「仕方ねぇなぁ。おい、お前。真実の鏡を使わせろ。了承しなきゃたたっ斬る」
「見逃してやる代わりに、ステータスを見せろと。…分かりましたよ」
真実の鏡って…何だか格好良い響きだけど、何だろう。
ステータスって言うと…ゲームに出てくる用語だよね。
うーん。
私じゃ、想像しても良く分からないからスルーで。
そう結論を出すと、私は一部始終をただ黙って見守った。
男の人が持って来た小ぶりの鏡と、ロインくんを何度も見比べる。
一部始終って言っても、ただそれくらいのものだったけど。
「っかしいなぁ…結界が作動しない理由が分からんぞ…」
「不具合では?」
「うるせぇ。オレの術式は完璧だ。…あと考えられるのは…」
男の人の目線が、私のところで止まる。
怖いけど、すべてを見透かすみたいな目で、逸らせない。
ビクついていると、男の人は今度は私に鏡を向けた。
そして、何度か視線を上げ下げしてから、大きく頷いた。
「オレが悪かった。アンタは例外だったみたいだな。剣を向けて悪かった」
「は?」
「ぶ?(え?)」
急な手の平返しに、私たちは困惑してしまう。
その鏡に、何か男の人を納得させるような内容でもあったのだろうか。
「この子に何かあるんですか?」
「あると言えばあるし、ないと言えばないな。まぁ、あとで本人に聞け。それより急に襲いかかった詫びをさせろ。夕飯食ってけ」
「はぁ?あの、それよりこの子について…」
「いいからいいから!ほら、行くぞ!」
「わわっ…」
男の人は、強引に話を打ち切って、ロインくんを別室へと連れて行く。
私は慌ててその後を追いながら、今の一連の流れの理由というか、意味というかについて考えていた。
えーっと、さっぱり意味が分からない。
何で突然襲われて、何で突然見逃されたのか。
だけどきっと、これも考えても分からないことだ。
ロインくんが尋ねてくれることを期待して、私は夕飯について想いを馳せることに決めたのだった。
子豚「(夕飯何だろう!)」
男の人「ほれっ!今日の夕飯はポークカレーに酢豚にトンテキに豚足だぞぅっ!」
子豚「ぶいいいい!!!!(ひぃぃいいいい!!!!)」
男の人「ははっ。冗談だって」
ロイン「…(イラッ)」