13
今日はいよいよ旅行最終日である。
マーサから昼食に招かれているので、それが終わったら王都へ戻ることになる。
ミーシャは宿の部屋で手早く荷物をまとめた。宿を出るのは昼前なので、すぐ出られるように準備しておいた。
朝食を宿でとると、皆、最後に温泉を楽しもうと街に繰り出した。ミーシャもそれに同行する。温泉を梯子する組と1ヶ所でまったりする組と分かれた。ミーシャはまったり組である。薬師局長らと一緒だった。
「やー、温泉生活も最後だねぇ」
扇子でパタパタ扇ぎながら、薬師局長が言った。
「1日に何度も風呂にはいるということ自体、中々ありませんしね」
「だよねぇ。いや、本当に贅沢な旅だったよ。温泉はいいし、食事も酒も美味しいし。ミーシャ君のお陰だねぇ」
「満足いただけたのなら、良かったです」
ミーシャは嬉しくて笑った。
迷惑ばかりかけていると思っていたが、どうやら結果的に怪我の功名に繋がったようである。
ゆっくり温泉に浸かったあと、ミーシャは果実水をチビチビ飲んでいた。他の面々は皆、冷たい麦酒を飲んでいる。
しばし、ゆったりした時間に身を任せた。
ーーーーーー
宿に戻り、荷物を取ると、大通りの入り口から馬車に乗り、領館へ向かった。今日も暑く、聖地神殿から領館までの間にじんわりと汗をかいた。今は楽な甚平ではなく、普通のシャツやズボンを着ているため尚更である。
領館ではマーサが待ち構えていた。
「いらっしゃーい。暑かったでしょう?空調かけてるから、中へお入りなさいな」
通された応接間はマーサの言うとおり空調がかけられており、涼しかった。
「お昼を運ぶわね。その前に薬師局長とルート君にお話があるんだけど。あ、ミーシャもいらっしゃい」
マーサが3人を手招きした。
「ルート君、うちの王都の家に住まない?」
「えっ!?」
「この旅行期間で多少マシになったようだけど、まだまだ魔力が満ちるには時間がかかりそうなのよ。今すぐヤバイ訳ではないけど、放っておいたら栄養失調で倒れてそのまま死にかねないし」
「ルート君はどういう状態なのですか?」
「魔力を回復するのに人より多くのものが必要な体質みたいね。そのせいで、普通に生活しているだけなら、満たされずガリガリに痩せ干そって、最悪、命の危険もある。王都の家は私の結界が張ってあって、中には私の魔力が満ちているから、そこにいるだけで気休めにはなるのよ。ルート君、土の民だし」
「なるほど」
「しかし、ご迷惑では……」
「いいのよ。部屋はいっぱいあるし。食べ物も大喰らいが一人増えても大差ないから。元々何人もいるしね」
「……嫁入り前のご令嬢が住む家に男が入り込むのは如何なものかと
」
「私、別に構いませんよ」
「ミーシャ」
「母も言った通り、部屋は沢山ありますし。第一、提案の形をとってるけど、これ決定事項なんでしょ?母様」
「土の神子として、国に仕える優秀な人間をみすみす死なせるのは惜しいからね」
「やっぱりね」
「ルート君。お言葉に甘えさせて頂きなさい。君は薬師としての実力が十分にある。君をなくす結果は、こちらとしても避けたい」
「……分かりました。よろしくお願い致します」
ルート先輩らマーサに頭を下げた。
「早速だけど、引っ越しはうちの長男達にも手伝わせて、明日やっちゃいなさいよ。ルート君、一人暮らし?」
「はい」
「なら、さくっと終わるわね。うちの子達、こき使っていいから」
マーサがにこやかに笑った。
ルート先輩はぎこちなく笑い返した。
話は終わり、とマーサが手を叩くと、昼食が部屋に運び込まれた。様々な料理がならび、立食式のちょっとしたパーティーのようになった。マーサ以外の家族達も部屋へとやってきた。薬師局の面々と穏やかに話ながら、ゆったり食事をしていた。
ミーシャは食べ納めとばかりに、黙々と食べていた。明日からは自分達で食事を作る毎日が待っている。
そんなミーシャにルート先輩が話しかけてきた。
「ミーシャ」
「なんでしょう?ルート先輩」
「……本当に良かったのか?」
「何がですか?」
「……俺が一緒に住むの」
「あぁ。私的にはなんの問題もないですよ。さっきも言いましたけど、部屋は余ってますし。第一、ルート先輩は私にとってはある意味一番安全ですし」
「いやまぁ、そうかもしれないが」
「大丈夫ですよ。なんとかなります。私も貴重な先輩がいなくなるのは嫌ですから」
そう言ってルート先輩に笑いかけた。
「……そうか。明日からよろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ミーシャはルート先輩の骨ばった細い手を握って、握手した。
ーーーーーー
賑やかな昼食が終わり、いよいよ王都に戻る。
聖地神殿まで家族皆が見送りに来てくれた。皆とハグをかわし、転移陣へと向かう。薬師局長らもマーサ達と握手を交わしていた。ミーシャは帰りもマルクス先輩と手を握ることになった。
2度目でも緊張した様子のマルクス先輩をリラックスさせようと冗談を話していると、転移陣起動の時間になった。
神官長が起動までのカウントダウンを始めた。
「転移陣起動まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
「転移陣起動」
強い光が周囲を覆い、転移陣が起動した。
光がおさまると、そこは王都の家の中だった。誰かが安堵の溜め息をはいた。
「いやぁ、長いようで短い旅だったね」
「そうですね。あっという間でした」
「馬車を呼ぶ前にお茶をお淹れします。リビングへどうぞ」
ミーシャはそう言って皆をリビングへと促した。其々荷物を持って移動する。転移陣のある部屋から出ると、廊下にまでお茶の香りがしていた。
マーシャル達がいるらしい。
先頭に立ってリビングへ向かうと、マーシャル達がお茶の準備をしていた。
「おかえりなさい。もうそろそろかと思ってお茶を淹れてあります。どうぞお召し上がりください」
マーシャルがそう言って、皆をソファーに促した。それぞれに礼を口にして一息着いた。
「ありがと。マァ。ロブ」
「お安いご用だよ。ちょうど今日は休みだしね」
「ミーシャ君。紹介してもらえるかな?」
「はい、局長。弟のマーシャルと乳兄弟のロバートです。2人とも軍に勤めています」
「マーシャル・サンガレアです」
「ロバート・クインシーです」
「王宮薬師局長のビリーディオ・ハインケルです。この度はマーサ達方やミーシャ君にとてもお世話になりました」
「いえ、ご迷惑をおかけしておりますから、当然のことです。楽しんでいただけましたでしょうか?」
「はい。とても。楽しくてあっという間に旅行が終わってしまいました」
薬師局長はにこやかに笑った。
「マーサ様より話があるかもしれませんが、うちの局員が1人、こちらでお世話になることになりました。私からも、何卒よろしくお願い致します」
「ルート・ノヴィアと申します。よろしくお願い致します」
「事情は後から聞かせてもらいますね。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、双方頭を下げた。
馬車を呼び、大荷物の皆を見送ると、ほっとしたような空気が流れた。
「あー、緊張した」
マーシャルが胸のあたりを撫でながら言った。
「薬師局長って偉い人だもんねぇ」
「もっと偉い人ともよく会ってるじゃない。陛下とか。神子様とか」
「そうだけど、それとこれとは話が別だよ。だってよく会う偉い人は基本親戚じゃん」
「まぁね」
「それで、ルートさんとやらは、どういう経緯でうちに住むことになったの?」
「厄介な体質の改善のため、かな」
「厄介な体質?」
「私も詳しいことは知らないけど、器の大きさに対して、魔力をつくる機能が弱いというか、魔力を回復させるのに人より多くのものが必要になる体質なんだって。放っておいたら栄養失調で死にかねないとか母様が言ってたわ。風呂で見たらいいけど、実際すごいわよ。ルート先輩の体。本当に骨と皮って感じ」
「へぇ。難儀だなぁ」
「見たところ土の民だったし、王都ならここに住むのが一番だね。ここはマーサ様の魔力で満ちてるから」
「そういうこと」
「どういうこと?」
「魔力は食べ物だけじゃなくて、空気中の微量な魔力も取り込んで回復すんのよ。ここは母様の魔力で満ちていて、外よりずっと魔力の純度も濃さも高いから、居るだけでも回復するわけ」
「なるほど。色々納得した」
「ついでに言うと、ルート先輩は男専門で、本人曰く年上派だから、我々にとっては安全なのです」
「そうなのか」
「洗濯当番とかどうしよう?」
「明日引っ越してくるから、終わってから話したらいいんじゃない?」
「明日っ!?」
「急な話だねぇ」
「だって休みが明日までなんだもの」
「あ、そうか。ミィ達の休みは明日までか」
「俺達も明日も休みだから手伝うよ、引っ越し」
「よろしく。朝10時にルート先輩の家に行くから」
「先輩の家、知ってんの?」
「住所を書いたメモをもらってる」
「なら、大丈夫かな」
「ま、なんにせよだ。お疲れ、ミィ」
「ありがと。マァ。ただいま」
「おかえり」
マーシャルとロバートとハグをして、多少増えた荷物を自室に放り込んだ。
そのままベットに腰かける。
旅行は無事に何事もなく終わった。
その事を嬉しく思う。
明日からまた新しい住人を向かえ、今までと少し違う日常が始まる。ミーシャはどこかワクワクしている自分に気づき、不思議な気持ちになった。
(明日から、また頑張らなきゃ)
ミーシャは、気合いをいれて立ち上がると、ルート先輩の部屋を用意するために動き出した。
<完>