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第七章 次のひとつ

朝食の片づけを終えたところで、外から足音がした。


由美が振り返る。


「あ」


昨日の男だった。


「エダン」


名前を呼ぶと、エダンが由美を見る。それからミラと何か話し始めた。

もちろん、分からない。

途中でミラが由美の方を見た。エダンも見る。


「……また私の話してる?」


本人がいるのに、本人だけ分からない。昨日から何度目だろう。

エダンはしばらく由美を見たあと、持っていたものの中から一つを取り、由美の前へ差し出した。


「ん?」


由美は受け取った。エダンを見る。エダンも由美を見る。


「…………」


何をすればいい。


渡されたことは分かった。でも、それだけだった。


「これ、どうするの?」


当然、答えは分からない。

由美が困ったまま持っていると、エダンは同じものをもう一つ取った。そして、由美の前で手を動かす。


一度。


由美は見る。


「…………」


エダンがもう一度やった。由美はその手元を見る。


「あ」


分かった。


「これを、こうするのね」


エダンには通じない。でも、今はそれでいい。

由美は渡されたものに手を伸ばし、見た通りにやってみた。途中でエダンの手が出る。


「違う?」


少し位置を直された。


「あ、そこか」


もう一度やる。今度は最後までエダンの手が出なかった。

由美は出来上がったものを見る。エダンを見る。

エダンが頷いた。


「……できた」


もう一つ取る。今度は最初からやってみる。

何も言われない。

由美は少しだけ口元を緩めた。

一度分かれば、二度目はできる。

三つ目に手を伸ばそうとしたところで、エダンが動いた。残っていたものをまとめて由美の前へ置く。


「…………」


由美はそれを見る。エダンを見る。


「全部?」


返事は分からない。

エダンはもう別のことを始めていた。

「そういうことね」

由美は一つ取った。やり方はもう分かっている。

一つ終える。次を取る。また一つ。

最初は何をすればいいのか分からなかった。でも、教えてもらった。分かった。やってみたら、できた。


分からなかっただけだった。


分かれば、できる。


由美はそのまま手を動かした。


しばらくして、人の気配がした。顔を上げる。


「レイ」


昨日より自然に名前が出た。

レイが由美を見る。由美は少しだけ手を上げた。


「おはよう」


レイが何か返す。

やっぱり分からない。でも、たぶん挨拶だ。

レイはエダンのところへ行き、何かを話し始めた。途中でこちらを見る。


「…………」


由美は手を動かしたまま二人を見る。

「だから、本人の前で本人だけ分からない話するのやめてほしいんだけど」

もちろん、それも二人には分からない。

レイがこちらへ来て、由美の手元を見る。


「何?」


レイは答えず、由美が終えたものを一つ手に取った。見る。もう一つ見る。

由美は少しだけ緊張した。


「エダンに教えてもらったんだけど」

言ってから、意味がないことに気づく。

レイが由美を見る。

由美は手元のものを一つ取り、やって見せた。


「これ」


最後までやる。

レイが見る。

少しして、頷いた。

「あ、合ってる」

由美も頷く。


言葉は分からない。でも、やって見せれば伝わることもある。


由美が次へ手を伸ばそうとすると、レイが別のものを持ってきた。目の前に置く。

「……今度は何」

由美が見る。

分からない。

さっきまで一人でできていたのに、物が変わればまた分からなくなる。

レイが一つ取り、手を動かした。由美はその手元を見る。


「…………」


終わった。

でも、よく分からなかった。

レイが由美を見る。由美も見る。

「もう一回」


言ってから、レイの手元を指した。さっきのものを指し、それからもう一度同じ動きをするように手を動かしてみる。

レイが少し由美を見る。

そして、もう一度やった。

今度はゆっくり。

由美はその手元を追う。

「ああ」

つながった。


「そういうこと」


由美は自分を指す。

レイがそれを渡した。

やってみる。途中でレイの手が伸び、少し直される。


「あ、そこね」


もう一度。今度はできた。

レイが頷く。


「よし」


由美も頷いた。


二つ目は最初からできた。

三つ目をレイが取ろうとした。その前に、由美が手を伸ばす。

「もう分かったから」

当然、通じない。


でも、そのままやる。

できた。

レイは少し由美の手元を見たあと、自分の作業へ戻った。

由美も続きを始める。

エダンから任されたものをやる。レイから教えられたものもやる。

分からなくなれば見る。一度分かれば、次は自分でできる。

いつの間にか、誰も由美の横にはいなかった。

ミラはミラのことをしている。エダンも、レイも、それぞれ自分のことをしている。


由美は手を止め、少しだけ周囲を見る。


誰もこちらを見ていない。


昨日は、何をするにも誰かについていくしかなかった。今朝は、トイレの場所すら分からなかった。


でも今は、自分が次に何をすればいいのか分かっている。


由美は手元へ視線を戻した。


「…………」


さっきより増えている。


エダンから渡されたもの。レイから渡されたもの。


いつ増えた。


由美はエダンを見る。自分のことをしている。

レイを見る。こっちも普通に別のことをしている。


もう一度、自分の前を見る。


「……私、働かされてない?」


レイが顔を上げた。目が合う。


「いや、分かんないよね」


レイは由美の言葉が分からない。ただ、手が止まっているのを見て、由美の前にある次の一つを指した。


「…………」


由美はそれを見る。レイを見る。


「はいはい」


また手を動かした。


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