Ep.1-Ex.4 騎士の少女と冒険者の町(2)
次の日、彼女はクランの体験会のため、町の外を歩いていた。
目指すのは裏山と呼ばれる場所の奥地。人数は全員で七名。クランから三名と体験会の参加者が三名だ。
無論、昨日とは別のクランだ。
――『心血剣団』。
どこかで聞いたことがあるそのクランでは、ほとんどの団員が純粋な武術のみを使うらしい。受ける依頼は戦闘を伴うものばかりだとか。
体験会が実戦中心であることと、武術中心で戦う親近感から、彼女は参加を決めた。
出発時、クランの団長が参加者一人ひとりと握手し挨拶していった。
その壮年の男性は銀色の全身鎧に大剣という出で立ちだ。兜はつけていない。他の団員の格好も、ばらつきはあるもののおよそ似通っている。ただし、暗い赤のマントと、突き出た腹が目を引くのは団長だけだ。
「よくぞ集まってくれた。私が『心血剣団』の団長である。またの名を『ダブルバラード』ともいう。覚えておいてくれたまえ」
そして一行は裏山を昇る。
山中に慣れていない者もいたものの、クランの団員が揃って重装備だったため、集団の速度は遅い方に合わせられた。遅れる者は出なかった。
小一時間ほど歩いたあたりで空き地に着いた。一人だけ立ったまま警戒を始めたのもの、他の全員が腰を下ろした。
「昨今は何もかもが複雑化している。武術に魔術、それらの複合。魔物に、資源がもたらす奇怪な技術。加えて、物理法則を無視して各地に存在する迷宮――冒険者を取り巻く環境は複雑化の一途を辿っている」
団長は参加者の顔を順番に見ながら話を続けていく。
「我々は今一度自分時を見つめ直す必要がある。私はそう考えている。少なくとも、自分自身が制御できる物事の範囲に於いて、全てを可能な限り単純にすべきだ。そうすることで複雑な問題に対処する余裕が生まれる。『心血剣団』が「シンプルたれ」という言葉を大事にしているのはこのためだ」
団長の主張は騎士の少女にもある程度理解できた。集団への命令は単純明快ほど効果を発揮しやすい。
「いざ戦闘となった時、重要なのは全力を出すことだ。仲間を信用して全力で剣を振るう。そう、全力だ。皆が全力で当たれば倒せぬ敵などない。仲間とはかくあるべきだ……」
そこで、立っていた団員が、団長に耳打ちする。
「む、アクティブ・ベアーか」
団長が立ち上がる。遅れて全員がそれに倣った。
「諸君には少々荷が重い。手本を見せよう。下がっていたまえ」
木々の間から、黒い、大きな生物が四足歩行で寄ってくる。
彼女は熊というのを見たことがなかったため、大きさに驚いた。両腕が地についた状態でも団長の胸ほどの高さがある。四肢は人間の胴体ほどに太い。
巨体が近づいても団長は全く怯まない。悠然と両手で大剣を握り、中段に構えた。
「初撃は私が決める」
団長の言葉に他の団員が頷き、アクティブ・ベアーを取り囲むように散った。
アクティブ・ベアー団長の目前まで近づく。剣を振り払うように払いのけ、一気に大きく動いた。丸太のような右腕による強烈な一撃を、団長はひらりと回転することで躱す。
「高、速、剣!」
躱した時の回転に遠心力を加え、鮮やかな動きで大剣を叩き込んだ。
簡単な動作に見えたものの、その速度と威力が尋常ではない。
アクティブ・ベアーは見るからにダメージを受け、大きく仰け反った。
「ハァ……今だ諸君!」
団長の合図で、残りの団員二人が同時にアクティブ・ベアーに襲いかかる。団長ほどではないものの、剣を思い切り振りかぶって、踏み込みと共に振り下ろす斬撃は速く重い。
すぐに団長も加わって、三方向から滅多打ちにし始めた。
少女はこんな戦法を習ったことがなかった。味方も敵も近すぎて、同士討ちの危険が高い。とてもではないが真似が出来ない。
しかし、この団員たちは異様に連携が取れている。絶妙な時間差で攻撃して、同士討ちを避けつつ敵に一切の反撃を許さない。
ついにはアクティブ・ベアーが力を失って仰向けに倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……よしィ。よくやった諸君! このように! 我々の連携の前では、巨大な獣でさえ敵ではないのだ」
腕を突き上げる団長の姿に、参加者から自然と拍手が起こる。
「ハァ……ハァ……さあ、毛皮でも回収して帰ろうか」
肩で息をする団員が指示を出した、その時だった。
「団長、後ろっ」
参加者の一人が叫ぶ。指差した方向を全員が見る。
倒したアクティブ・ベアーの奥から、更にもう一体、アクティブ・ベアーが現れた。しかも、先の一体よりも大きく見える。
走り寄ってきた二体目の鋭い爪による襲撃を、団長は躱しきれなかった。マントが半分ほどに引き裂かれる。
「くぅ小癪な」
団長はアクティブ・ベアーに向き直り、後退しながら距離を取ろうとするものの、離しきれない。二体目はなぜか団長に執着し、左右の腕を交互に振るってくる。
団長はその度大剣で攻撃を打ち払っているものの、明らかに息切れしている。
「ええぃ、くたばれい! 高、速、剣!」
団長は焦りからか、剣を大きく振り振りかぶった。しかし、最初の動きのキレはもうない。大きな隙をアクティブ・ベアーは見逃さなかった。
「ぐぅ」
団長の腹部に強烈な一撃が入る。鎧で防御されているものの、団長は後ろに吹っ飛ばされて剣を取り落とし、尻餅をついた。
無防備になった所に追撃が迫る。
「危ない――!」
騎士の少女の身体は、意識せず動いていた。
大盾を手に団長の前に身を滑り込ませ、アクティブ・ベアーの一撃を受け止める。続く攻撃も盾で弾いた。
「今のうちに!」
「くぅ……恩に着る、少女」
団長は半分になったマントを翻し、落ちた剣を拾って号令をかけた。
「ハァ……各自退却! 一旦安全圏まで退避する」
体験会の参加者が団員達に誘導され、逃げていく。
残った少女はアクティブ・ベアーと睨み合いになった。
大盾を左右に動かして牽制を続けているものの、攻撃に移るほどの余裕がない。
かといって、逃げられると思えない。すぐに追いつかれて後ろから襲われてしまうだろう。
(どうしよう)
後悔しても遅い。参加者達を避難させた団長が戻ってくるのを待つか?
そもそも戻ってくるのだろうか。さすがに戻ってくると思いたいが、それはどれくらい先なのか。
少女の首筋を汗が伝う。
「――誰か狙われてる、助けよう」
「おう」
どこか、少女の後方で声がした。睨み合いは続いている。
森の中を駆けてきたのか、少女が対峙するアクティブ・ベアーの横に、剣を持った少年が躍り出る。
「構わないよな?」
「も、もちろん!」
短い確認の後、剣士の少年が加勢する。
団長のような威力はないものの、小回りでアクティブ・ベアーを翻弄する。攻撃を確実に回避しては、その度に一撃二撃と反撃を加えていく。
攻撃が分散されて余裕が出てきた少女は、アクティブ・ベアーの顔面に盾を打ちつけた。アクティブ・ベアーが顔を反らして怯んだ。そこに剣士が斬りかかる。
二人の連携に恐れをなしたのか、アクティブ・ベアーは背を向けて去っていく。追いかけることはしなかった。
「魔術の用意してたけど、要らなかったね」
「おう。これくらいなら一人でもいける」
アクティブ・ベアーが完全に去った事を確認した少女は、始めてその二人組の顔を見た。
一人は加勢してくれた剣士。少年というべきだろうか。最低限の防具に身を包み、片手剣を両手で持っている。
もう一人は少女。杖は見えないものの、魔術士の装いをしている。
見た所二人だけで、他には誰もいない。
「なんでこんなところに一人で?」
魔術士風の少女が口を開いた。
騎士の少女は緊張が解けてきて、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
「あはは……なんでだろ……」
そのまま空を見上げる彼女を心配したのか、二人が傍に寄ってきた。
結局、クランに行ったのは成功だったのか失敗だったのか。
その時の彼女には分からなかったものの、結果的にこの日の出会いは彼女にとってかけがえのないものになった。




