Ep.1-Ex.1 ある剣士と刀匠(1)
剣士の少年は腰に提げた剣を鞘から引き抜き、ゆっくりと構えた。
そのまま静止していると、ひらりひらりと落ち葉が風に流れて来る。
その落ち葉が間合いに入った瞬間、剣士は目にも留まらない速度で剣を振るった。
「……」
落ち葉はそのまま地面に落ちた。剣はかすっただけで全く斬れていない。
剣士は苦い顔で手元の剣に視線を落とす。真っ直ぐな剣身は本来の半分ほどの長さしかない。落ち葉が斬れなかったのも当然だ。
前回の冒険で少し無理をしてしまったせいか、剣は折れてしまった。
その翌日には町の武器屋を何軒か訪ねてみたものの、当然買い替えを薦められるだけだった。
剣が悪いなどと言い訳をしても、剣がそれを聞き分けるわけでもない。
そして、パーティのリーダーに同じ言い訳をしようものなら、怒涛のように小言をもらうだろう。
実際やってみたらそうなったのだから、間違いない。
とはいえ、このままではろくに依頼をこなせない。
「……もう一度あいつに相談するか」
それから一悶着あった。もう一人のメンバーの仲裁がなければ喧嘩になっていたかもしれない。
喧嘩自体は珍しいことではないとはいえ、今回は長引くほど皆が損をするだけだ。最終的にはパーティの資金を使って、新しい剣を買うところまで合意ができた。
買い替えとなれば、かねてから欲しかった刀だ。刀を買おう。
剣士は以前に武器屋で一通りの刃物を色々試したことがあったが、最も相性が良かったのが刀だった。実際のところ、素手の戦闘術を基礎にしているせいか、これまでの剣はしっくりきていなかった。
ではなぜ早く買い替えなかったかというと、単に資金が足りなかったというだけだ。
目的地は町の目と鼻の先、鍛冶屋が多くいるという村。町でも刀は買えるものの、町へ下りる刀鍛冶は少数派らしい。良い刀を探すのであれば村に行くべきだとギルドで薦められた。
町の裏山の川沿いを上流に向かって進むと、ほどなく村が見えてきた。傾斜を活かして段差に設けられた畑が真っ先に目に入る。
目印に辿ってきた川は、村の真ん中を突っ切る形で村の反対側から下ってきている。川の両脇にはそれぞれ道があり、ところどころに木造の建物が並ぶ。
どの屋根からも煙突が伸びている。鍛冶場なのだろうか。
そういえば、一人の職人が火と水を存分に扱うために山の中に居を構えたのがこの村の起源だとか。剣士はギルドで聞いた話を思い出した。
村の入口に畑仕事をしている村人がいたため、剣士はそのうちの一人に声をかけた。
「あんた剣士か」「この兄ちゃん剣士だってよぉ」「けんしー」「ほう。若いのに重心が定まっとる」
剣士は気づけば村人に囲まれていた。
最初から畑仕事をしていたのが二人、近くから歩いてきた老人が三人、まだ足取りの拙い子供が二人と、その母親らしき人物。
剣士が目的を伝えると、四方から答えが返ってきた。
「刀を探しにきたって? そりゃあいい、ここの鍛冶はどこも腕がいいからな」「久々だねぇ」「最近の若いは安物ばかり売れるからなぁ」「ありゃあ脆いからいかん」「もろいってなにー?」
「刀匠? ああ、いるよ。どの刀匠だい?」「え、一人じゃないのかって?」「そりゃあここは職人の町だからねぇ、何人もいるよ」
「誰がいいかって?」「『灰匠』だろう」「おいおい爺ちゃん、『灰匠』は引退しただろう」「そうだったかの」
「今は『炎匠』の時代だな」「あの子はいずれ刀爺になるぞ」「おいおい爺ちゃん、キエンはもう一年も前から刀爺だろう」「そうだったかの」
「刀爺が何かって? そりゃあそうか。刀爺ってのはな、ここで一番優れてる刀匠の呼び名だよ」「この村の誇りだなぁ」「ほこりー」
「あんた剣士なら、キエンに会った方がいい」
「あいつが刀を打ってくれるかは、会ってみないと分からないけどな」
剣士は好き勝手に喋る村人達からようやく解放され、得た情報を頭の中で反芻しながら村の奥へ向かった。
――第十五代刀爺、『炎匠』のキエン。
皆が彼女の名を口にしていた。
通常、鍛冶師は下積みの後に五年や十年かけてようやく一人前。そこから四半世紀も続けると、次第に名が売れて『灰匠』のような称号で呼ばれるようになる。
そうして自らの作品に絶対の自信を持つ匠達が、それでも自分より優れていると認めた者を、敬意を込めて刀爺と呼ぶらしい。
『炎匠』キエンは、そんな刀爺に若くして上り詰めた稀代の天才だとか。
息をするように炎と鉄に触れてきただとか、生きてきた時間のほとんどすべてを費やして刀を打っているだとか。
職人気質の村人の中でも特に変わり者だとか。
あのお姉ちゃんは遊んでくれないだとか。
刀鍛冶としては確かにとびきり優秀だけど、あれじゃあねえ、だとか。
彼女の評判は様々だったものの、腕を認めない声はなかった事は共通していた。
「……ここか」
他の建物から少し離れた場所に彼女の工房はあった。
建物自体は村の他の建物と変わらないように見える。時折金属音が聞こえる。
扉はない。入口から中を覗き込むと、そこらに木や金属で出来た道具が積まれ、あるいは転がっていた。
そして、入口に背中を向ける形で誰かが工房の奥に座っている。その人物が手を振り上げ、振り下ろす度、澄んだ音が響く。
勝手に入っていいものか分からず、剣士は戸の代わりに柱を軽く叩いてみた。
聞こえないはずはない音量だが、反応はない。
それならば声を掛けようとした時、様子を見ていたのか、隣の家から男が駆け寄ってきた。
「お客さんかな。構わないよ、入って入って」
男は手招きしつつ工房の中に入ると、工房の奥に怒鳴った。
「嬢ちゃん! お客さんだよ!」
やはり噂の匠だったその背中は、振り返らず一瞬だけ左手を挙げた。
聞こえているということらしい。
男は肩をすくめる。
「……まあ、いつもあんな調子だよ。道具に触らなければ問題ないから、近くで話してみな」
「分かった」
「あんまり期待するなよ。嬢ちゃんは人を選ぶからな。駄目だったら二軒手前の工房がおすすめだ」
そういって男は去っていった。
剣士は、そこらに散らかった鎚や木材、重しの乗った紙束を避けて奥に進む。
熱い。
工房に入った時から分かっていたが、奥にある窯に火が入っていて、焼けるような熱が伝わってくる。
髪が焼けているような錯覚に、剣士は思わず前髪を撫でる。熱が手のひらに伝わってくるだけで無事だった。
剣士よりずっと火に近い位置で、彼女はその熱を全く意に介さず、鉄を打ち続けている。
彼女の側面に回り込んだ剣士は仰天した。
その刀匠、いや刀爺は、若いと聞いていたものの、想像よりも更に若い。
二十や三十だと勝手に想像していたものの、彼女の精悍な顔つきにはあどけなさも残っている。
十代半ばだろうか。剣士自身と同じくらいか、もしかしたらそれよりも若いかもしれない。
彼女は鉄を打つ手をそのままに、剣士に視線を向けた。数秒ほどそうした後、視線を手元に戻した。
そして彼女は、見た目通りの溌剌とした声で話し始めた。
「いい筋肉のつき方だ。鍛えてるね。剣と、無手だろ」
「あ、ああ」
快活ではあるものの前置きも何もない会話に、剣士は彼女が村一番の変人であるという評判を思い出す。
「それと、兄ちゃんはあれだ。魔力が使えない体質だな」
「……分かるのか?」
「見りゃ分かる」
そんなはずはないと思う一方、自信満々な彼女には、人と違う何かが見えているのかもしれない。そう思わせるだけの何かがあった。
剣士は切り出した。
「俺に刀を打ってほしい」
彼女はあっさりと返事をした。
「いいよ」
彼女の指が剣士の後ろ、工房の隅を差す。
「代わりにちょっと、そこの水を取ってくれ」




