もう嫌だ、と杖は言った。
「毎日毎日同じ味の朝飯、昼飯、晩飯。次の日が来ても同じ朝飯、昼飯、晩飯。……気が触れる! こんな暮らしもう嫌だ!!」
とある山の中腹にある魔女の棲みか。その食卓で、杖が嘆いていた。
ベルは、並んでいる食事を見た。
ツヤツヤの目玉焼きにカリカリのベーコン。真っ赤なトマトの輪切りに緑のレタス。パンにはバターも添えてある。
「……じゅうぶんでは?」
「どこが!?」
杖は吼えた。
ベルを育ててくれたばあちゃんが遺した、魔法の杖である。
生意気にも毎食一人前要求してくるので、こうやって出してやっているのだが。
「食べないなら、片付けるけど」
「わしを飢え死にさせる気か!?」
ベルは瞬いた。
「飢え死に……するの? 杖が?」
「……。わしが杖になる前、なんと呼ばれていたか知らんわけじゃないだろ。飢えたら死ぬかもしれん」
この杖はかつて、貪食の魔王と呼ばれた存在、その角であった。
大陸の三分の一を荒野に変え、それでも飽き足らず、魔力を求めて王族を生贄に要求した……それでついた名前が貪食の魔王。
数十年前に英雄たちによって倒された、その後も杖には意思が宿り、縁あってこの若き魔女の相棒となったのだが。
そうか、死ぬのか。魔王の遺物が。
「……朗報、では?」
「薄情!!!」
杖はわっと泣き伏した。杖なので涙は出ていないが。
ベルはさすがに謝った。
「いや、ごめん。個人的な感情というよりも一般論だった。悪かったよ」
「だとしても、おぬしがおむつの頃から見守ってきた、祖父のような存在になんたる仕打ち……。見殺しというか、兵糧攻めというか……」
「おむつを替えてたのはばあちゃんで、杖は何もしてなかったじゃん」
ぶちぶち繰り言する杖にいちおう突っ込むベルである。
「だいたい、そのばあちゃんだって、『出されたものに文句があるなら食べなくてよろしい』って教育方針だったでしょ」
「物事には限度というものがあるだろが」
ひょい、と杖は目玉焼きを放り投げた。誰かがかじったように、その端っこが虚空に消える。
「うん、淡白でぷりぷりした歯ごたえ。目玉焼きとしては文句ないな。塩味もよいアクセントとなっておる。あえて言うならわしは醤油派だが」
「はいはい」
「続いて……」
今度はベーコンが虚空に消える。
「淡白でぷりぷりした歯ごたえ。醤油がほしいな」
「ふうん」
気のなさそうに相槌を打つベルの前で、トマトとレタスも少しずつ消えた。
「うむ、淡白でぷりぷりした歯ごたえ……!」
「しつこいって」
杖は叫んだ。
「しつこいのはおぬしの料理だ! なぜ、ベーコンもトマトもレタスも目玉焼きの味しかせんのだ!
パンとバターなど、改めて試す気にもならんわ!!」
べしん、と卓を叩いて杖は熱弁する。
「いいか、食とはすべての基本、一にして究極、究極にして一。味のみならず、色味、方向、熱、時には冷たさ、あらゆる要素で人に情動を与える。人は食に癒やされ、食に駆り立てられ、そもそも原初の人の争いとて、食を巡ってのものであったという」
よく知ってんな、人でもないのに。さすがは元・貪食の魔王とでも言うべきか。
半眼になったベルに構わず、杖は熱弁する。
「だというのに、おぬしの作るものはなんだ! 食への熱意、敬意がまったくもって感じられん! これでは食事ではなく、ただの餌ではないか!」
「そこまで言う?」
「言う。今日という今日は言わせてもらうとも。元・貪食の魔王の名にかけて、『この食事には我慢がならん』とな!」
ムフー。と人間だったら鼻息を吐いていただろう杖の宣言である。
「……で、下げていい?」
「クール!!!」
杖はよよよと泣き伏した。
「ばあさんや、どうしてこの娘はこんな子に育ってしまったのかのう……」
「故人に語りかけないでよ」
どうやら下げてはよくなさそうなので、とりあえずそのまま放置することにした。
「よし。おぬしがそのつもりなら、わしにも覚悟がある」
ひとしきり嘆いたあと、杖は妙にしゃっきりして告げた。居直りの気配に、悪い予感がする。
「わしに美味い飯を供せよ。さもなくば、この身に残された最後の魔力を解放し、辺りを不毛の地に変えてみせよう」
「えっ」
ベルはおそるおそる尋ねた。
「本気?」
「おう」
「残された魔力、って……」
「本来ならば、向こう数百年くらいは存在できる魔力だな」
「詐欺じゃん」
何が飢え死にか。
「なに、美味い飯が食えずに生きておっても、死んだも同然。かくなる上は派手に爆散して、国の一つや二つ道連れにするのも魔王の花道というものよ」
「爆散やめて!?」
妙に覚悟が決まった様子の杖に、ベルは悲鳴を上げた。
「…………でも、私がこういうのしか作れないのは杖も知ってるでしょ。グラタンを作ったときもパイを作ったときも、同じ味だって言ったのはそっちじゃん」
「そうなんだよなあ……」
うーん。考え込む一人と一本である。
しばらくして、なにか思いついたらしい杖は頭を振った。杖の頭なのでただの先端だが。
「よし、ならばこうしよう。おぬし、わしを連れて旅に出よ」
「たび?」
耳慣れない言葉におうむ返しにしてしまう。
「そうだ。世にはおぬしの知らん、美味いものがあふれておる。わしはそれをもう一度味わいたい。杖の身でそれをするのは難しいが、連れ歩いてくれるおぬしがおるなら可能となろう」
「旅、かあ……」
ベルはほけっとしてしまった。
「不服か?」
「いや、考えたこともなくて」
首を振ると、杖は重ねて言った。
「ええ案だと思うぞ。おぬしもわしの知る美味を味わえる、わしは満足する。ついでに爆散もせずに済む」
「そこ、ついでじゃなくて一番大事だからね!?」
ベルは周りを見回した。住み慣れた我が家、小さなテーブルに台所、魔女の仕事に使う道具や少しの材料……。
どれもばあちゃんが遺してくれた愛用の品ばかりである。
──そのばあちゃんが言っていた。体が動かなくなって、ベルの手を借りずにはいられなくなった頃の話だ。
『いつか、ベルには広い世界を見てほしいんだよ』
すっかり、忘れていた。
「…………いいかも」
ふとつぶやくと、杖は大いに喜んだ。
「そうだろそうだろ」
そして宙に浮かんで、威勢よく宣言する。
「思い立ったが吉日! さっそく出かけようではないか!」
「今日!?」




