第三十七話『世界最強の男はド真ん中のストレートしか投げない』
十分ほど山を駆け回り、なんとも丁度いい塩梅の岩石が見つかった。 見つかったというより馬鹿でかい岩石をハンマーでぶん殴って解体した結果だが。
厚みは2m程。 縦横は5m×4mくらいの正方形に近い岩にうまく砕けてくれたので、その岩を担いでちろちゃんの元へ戻る。
「待たせたな、ちろる」
「もうなんでもアリやんか」
岩を地面に据え、ホームセンターからスティールしたツルハシで中央部をすり鉢状に掘る。 これは大変な作業だな、優しく繊細に削らないと真っ二つになってしまう。
◇
ふむ、所要時間は十五分といったところか。 平らな岩石に直径2mほどの窪みができた。 即席ハンドメイド風呂桶の完成だ。
後はホームセンターからホースと入浴剤ををスティールして、現世のスーパー銭湯に繋いで、と。
「ちろるー。 溜まったらすぐ入っちゃいなさいよー」
「うわビックリした、オカンみたいや」
スーパー銭湯から入浴セットをスティール。 シャンプー、リンス、ボディーソープ、身体をゴシゴシするやつ。 これで完璧だ。
「ちろるが立った……? 」
「たまには立つんやでぇ」
気怠そうに、ちろるは岩石風呂によじ登ってくる。
「もうすぐ溜まるぞ、一番風呂はちろちゃんに譲る」
「……ミナトくん、ありがとぉ」
『ありがとう』のイントネーションが可愛いくて仕方ないな。 ……なんだと? 俺の前で身に纏っていたボロ布を脱いだな。 背面のシルエットはとても洗練されていて美しい気がするが……。 しかし薄汚くてエレクトには至らん、やはり女は清潔感が重要だ。
「脱衣所を設けるべきだったか」
「ミナトくんだけやし、別に見られてもええわぁ」
「溜まったぞ、入れ。 湯加減は言ってくれれば調節する」
「あ゛あ゛ぁ〜……! これ最高や……たまらんわぁ」
潜った。 十秒ほど潜ったと思ったら、息継ぎをしてまた潜った。 まったく、こんなに動けるんじゃないか。
「ぷはっ! 気持ちええ、ほんまに気持ちええわ……生き返るってこういう事やんなぁ」
「ちろる。 シャンプーしてやるから頭をこっちにもってこい」
目の前にちろるの頭が浮かんできた。
シャンプーを頭に直接ぶっかけ、洗髪を開始する。
「あ゛あ゛ぁ〜……! 」
「気持ちいいか? かゆいところはないか? 」
「最高に気持ちええわぁ」
泡だらけになった髪にお湯をぶっかけて驚いた。 くすんだ銀髪だと思っていたが……。 どれだけ汚れていたんだ? 今はテッカテカのツヤッツヤだ。 なんて美しい銀髪なのだろう。
胸のトキメキを抑えつつ、ナイロンタオルでボディーソープを泡立ててやる。
「ほら、ちろる。 これで身体を洗え」
「えぇ……。 めんどいわ」
「お前よく十七歳まで生きていられたな」
湯船に浸かっていたちろるが風呂の縁に腰をかけ、渡したナイロンタオルで黒ずんだ肌を擦り始める。 全身が泡に包まれたところで、背中側からお湯をぶっかけてやった。
——な、なんだこいつは……!
真っ白だ、 限りなく透明に近い白肌だ。 月光を反射した肌が白すぎて眩しい。 天使か……? 俺は間違ってなかった。 こいつは本物だ……!
「うー、寒」
そう言って再び湯船に浸かる。
俺に後頭部を向ける形だが、湯の中で白く細い足がすらりと伸びているのが見える。 不覚にもエレクトしてしまった。
「ところでお前はなぜ銀髪なんだ? 現世でも睫毛まで染めていたのか」
「……神様が髪とか目の色弄れるゆーててん。 銀髪に憧れてたから変えてもろた」
「最初はちょっと楽しんでたのか」
「……うっさい」
ほう、耳が真っ赤になったな。 楽しむのはいい事なんだが。
「ちろちゃんは魔法を使えるだろう」
「あん? 使えるよ」
「ときめかなかったか? 魔法を使える事に」
「なんかな、初日で飽きてもうた」
「それ以来使ってないのか」
「うちなぁ、この世界で三回レイプされそうになってん。 そんときは使うたよ」
「……三回もか。 まぁ綺麗なちろちゃんは天使のように可愛いからな。 頭のおかしい奴が標的にするのも無理はない」
「………………。 」
「……なんだ? そんなに見つめるな。 照れるだろう」
「んふっ」
「なぜ笑う」
「……あんな、三回目に襲われたんはミナトくんと会った路地裏の近くやったんやけどな、魔法で追っ払ったのはよかったんやけどぉ、民家の壁をぶち抜いてもうてん」
「ほう」
「今の魔法使うたん誰やー! ゆうて、ボロクソに怒られて身ぐるみ剥がされてもうた。 アイテムボックスも空っぽや」
「その魔法を見せてくれないか? どんな魔法で壁をぶち抜いた? 」
「お水の魔法やんな」
ちろるはグーにした右手の人差し指と親指を立てて鉄砲の形を作った。
……湯船のお湯が球状に浮かび上がって、人差し指の先端に移動したな。 テニスボールくらいの、小さな水の球だ。
「BANG」
ズズゥーーゥン……。
打ち出されたただの水が大木を軽くへし折ったな。 おそらく『魔力が込められてるから強い』とかいうめちゃくちゃな理論だろう。 やれやれ、もはや水じゃないな。
「有象無象どもは詠唱的なやつをボソボソ呟くが、ちろるも要らんのか」
「一回目は……まほうしょ? まどーしょ? 読んで詠唱したんやけど、すぐ要らんって気付いてん」
ちろるは風呂のお湯を操って遊び始めた。 棒状に浮かせたお湯を飛び回らせたり、球体をいくつも作って上から落っことしたりしている。
「洗面器一杯分くらいならな、わりと自在やねん」
「すきるぶーすと」
「なんて? 」
「気にするな、独り言だ。 ちろちゃん、ステータスを見せてくれ」
「一回見せへんかった? まぁええけど。 すてーたすおーぷん」
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千炉流 舞花 【チロル・マイカ】 Age17
Lv. 4
種族*人族 ♀
職業*蒼ノ魔導士
ATK/8957
DEF/38465
HP/2018
AGI/3264
MP/69272
RES/10953
LUK/12350
特殊スキル・蒼ノ精霊・召喚強化Lv.120
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ふむ、スキルブーストを掛けると全体的にステータスが底上げされるのだな。 ちろるはステータスを覗こうともしない。 まぁここまででわかる通り、あまり魔法とか強さとかに興味がないのだろう。
「この特殊スキルは……」
「それなぁ。 全然あかんよ、やる気なさそうなちっこいバケモン出てくるだけや」
「どんなバケモンだ? 」
「あんなぁ、こんな感じで……。 とらえもんみたいな型の水やねん」
ちろるの操るお湯が、寸胴で手足の短いバケモノの形を作った。
「こんなんに触覚みたいなん生えててな、怠そうに喋るねん。 要らんわおもて即消ししたった」
「今度見せてくれ」
「なんか儀式みたいなんやらなあかんしなぁ、詠唱もせなあかん。 ごっつい面倒なんやでぇ」
「召喚した精霊が身の回りの世話をしてくれるんじゃないか」
「えー、使えなさそうな奴やったしなぁ」
星が綺麗や、と呟いてちろるは沈黙した。 それにしてもよくのぼせないな。 女は長風呂という噂は本当だったか。
「なぁなぁ、ミナトくんと一緒におったら、いつでもケンチャッキー食べれるん」
「あぁ。 ケンチャッキーが潰れない限り、いつでも食べれるぞ」
「こんなお風呂に毎日入れるん? 」
「入れる」
「すごいなぁ……」
「ちろる」
「なんや……? 」
「俺を好きにならなくてもいいから、まずは俺のチート能力を愛せ。 毎日うまい飯が食えるし、毎日あったかい湯船に浸かれる。 ストレスフリーで欲望を満たせる生活が送れるぞ」
「食べたい時にケンチャッキー食べれて、毎晩お風呂に入れるのはええなぁ」
俺は今日、非合法旅団『湊一家』を立ち上げたことをちろるに伝えた。 クラプトンの街を裏で牛耳る事もだ。
「やっぱミナトくんイカレとるわぁ」
「そっちのテントでな、チョリスという名の現地人が眠っているんだが、そいつと発足したパーティだ。 メンバーはまだ二人……と、一匹か。 ピンク色の可愛いドラゴンもいる」
「パーティってあれやんな、ワイワイやっとるやつ」
「そうだ」
「何度か陽キャみたいなんに誘われたわ。 合わへん思て断ったんやけどな」
「『湊一家』に入れ、ちろちゃん」
「……いやぁ、ミナトくんってめちゃ強いやろ? うちはなんもでけへんよ。 戦うとかめんどうやし、座ってるだけでええの」
「かまへん。 座ってるだけでええ」
「うちマネージャー的な動きも一切やれへんで。 めんどいし……不器用やし。 協調性もゼロや」
「構わへん。 ちろちゃんは存在してるだけでいいんだ。 隣で座って見ててくれるだけで力になるからな、一切何もしなくていい。 俺の側にいて、思ったこと、感じたことを率直に口にしてくれればいいんだ」
「役に立たんてぇ……。 うちなんか」
「ウジウジとやかましいぞ。 役に立つか立たないかで勧誘するなら、そこのテントで寝てるチョリスというポンコツはミジンコより役に立たない生物だ」
「初期メンバーを初期からボロクソに言うやん」
「ちろる、俺のパーティに入れ。 捨てようと思っていた命なら俺にくれ。 座ってるだけでいい、存在しているだけでいい。 この世界が面白いかどうかはまだ保証できないが……。 確かめてみる価値はあると思う。 俺たちと一緒に冒険しよう」
「……なんやの。 もう」
……ん? ちろちゃん泣いているな。 お風呂のお湯を何度も顔にかけて誤魔化しているが、目が真っ赤だ。
「ほんなら、入れてや。 湊一家……。 旅するんやろ? 死に場所を探すテンションで付き添ってええの」
……よし、釣れた。 パーティ初のハーレム要員だ。 ハーレムNo1.グダデレちろちゃん。 チョリスみたいなホモに愛されても嬉しくないからな。
「ちろちゃん。 早速なんだが……。 今晩ヤらせてくれないか? もうおちんちんが限界でな。 本来なら『契りの盃』で一杯やりたい所だが、酒は飲めないだろう? パーティ加入記念に一発やらせてくれ」
「ミナトくんはほんま狂っとるわ。 ……でもおもろいから好きや」
「好きならやらせてくれ」
三秒くらい間が空いた。
ちろるが星空を見上げるように顔を上げると、「わははっ」と可愛らしい透明な笑い声が響き渡った。
「あんなぁ、ミナトくん。 そういうのは、お互いをもっと知ってからの方が気持ちいいんちゃうの。 ……知らんけど」
全く女というやつは……。 結論より過程を重視する生き物なのだな。 やれやれ、まったく……。 まどろっこしいたらありゃしない。




