第三十六話『ミナトと血だらけのチロちゃん』
街を抜け、来た時とは別の山に登ってみた。 最初とは違うアングルで俺の街『クラプトン』が見下ろせる。 チョリスは相変わらず間抜けヅラで気絶しているな。 治癒魔法をかけてやってもいいが、うるさいからこのままにしておこう。 おいリア、起きているか?
【zzz……zzz……】
愛らしい寝息が聞こえる。 キャンプの達人の技術をトレースしたかったが、今日は俺のガイドで疲れているだろうし、そっとしておいてやるか。
「さて、では己の力のみでキャンプを設営するとするか」
閉店後のホームセンターからテントとランタン、寝袋をスティール。 お気に入りのホームセンターなので、経営難に陥らないようディスプレイされていたテントにした。
テントの中にチョリスを放り込み、流れ作業で着火剤とチャッカマン、リクライニングチェア、簡易テーブル、ランタン、カセットコンロ、レトルトシチュー、ミネラルウォーター、ワイン、サラミ、ピスタチオをスティール。 ちょうど立ち枯れしている巨木を見つけたので、チェーンソーと燃料をスティールしてバラバラに刻み、あっという間に焚き火が完成した。
締めて六万八千円、所要時間は四十五分くらいか。 この程度の出費と手間であっという間にキャンプが出来るのだから、ホームセンターの底知れないポテンシャルには畏敬の念を抱かざるを得んな。
「最高だな……。なんて光景だ、現世でこんなにまったり星空を眺めたことなどなかった」
深い藍色の夜空は瞬く星の密度が異常に高い。 木々のざわめき、穏やかな風、火の爆ぜる音……。 やれやれ、まるでソロキャンプの醍醐味を過剰アピールする落ちぶれた芸人だな。
ズッ友からの着信です
ズッ友からの着信です
ズッ友からの着信です
おっ。 多分さいかわネロちゃんだな? 夜中に起きてしまってまた寂しくなったか。
「ステータスオープン」
リクライニングチェアに寝転がりながら、満天の星空を背景にステータスウィンドウを展開。 四回スワイプして、と。
◇
ズッ友リストだお☆
↓
【ズッ友No.1】
⚪︎リオーネ=ネロロ・マスカルディア
【ズッ友No.2】
⚪︎ヨバンレ=フート・バレンシア
【ズッ友No.3】
⚪︎千炉流 舞花 〔ちろる・まいか〕
◇
なに……? ちろるの名前が点滅しているだと……? あのちろちゃんが手の甲にミナトくんと話しかけたのか。 ちょっと想像がつかんな。 しかし胸が踊る、即タップだ。
「もしもし、ちろちゃん……か? 」
ウィンドウには顔面血だらけで無表情のちろるが映し出された。これは完全にホラー映画のそれだな。
「おぅ……。 どうしたちろちゃん、顔面が血だらけじゃないか」
「ミナトくん、なんかな、さっき街でな、ごっつい戦闘やっててん。 どがぁん、ぼごぉんゆうて」
「こんな穏やかな夜に襲撃なんてとんでもない魔物がいたものだな……」
「せやねん……。 あんな、ほんでな、割れたレンガ飛んできよって……デコにゴッチーン食らってしもた」
「待っていろ。 今すぐ治癒魔法をかけに行ってやる」
「い、いや! ……ええわ。 こんなんはどうでもええねん、もう収まったみたいやし」
「どうでもいい……? 怖いぞちろちゃ……ん? 」
血にばかり目がいってしまっていたが、口の周りが油まみれでテロッテロだ。 さてはこいつケンチャッキーがっついたな?
「美味しかったか? 」
「なにが? 」
「ケンチャッキーだ」
「……え? 」
「なぜすっとぼけるんだ。 ケンチャッキーをプレゼントしただろう」
「……あぁ。 あれな、いや、食っとらんけど……。 餓死待ちや言うとるやん」
どうして食ったことをしらばっくれようとしているんだ。 意地の張り方が歪みすぎててよくわからん。
「あ、あんな、その……。 ミナトくん、ありがとう。 なんや……。 久し振りに美味しかったし、う、嬉しかったわ……。 それだけ言いたかってん……」
「たまらんな。 お前は良い子で、本当に可愛い奴だ」
「あ、あかん、こっ、こ、この通信しとるとひ、ひ、疲労感がエグいわ、ほな」
通話を切られたと同時に山を駆け下りていた。 走り出した心が、足が、トキメキが止まらない。 ……こりゃまいったな、こんなJ-POPの歌詞みたいなモノローグを吹かす凡庸な男に成り下がってしまうとは……。恋のチカラは恐ろしい。 会いたくて震えたり、毛布に包まって朝まであなたの名前を呼んでた気持ちもわかるってもんだ。
そういえばチョリスを置いてきてしまったが、魔物に喰われて栄養になるなら奴も本望だろう。
「十五秒で下山か。 新記録だな」
街に入り、建物の屋根を伝ってちろるの元へ向かう。 怠惰なちろちゃんの事だから場所を移動してる可能性は低いだろう。 いやしかし、レンガが頭に直撃しているし流石に避難しているか?
——いや、居たな。 出会った時と全く場所を移動していない。 ちろるとすんなり再開できた高揚感から社交ダンスのステップで近づいていく。
「あ、ミナトくんや。 近くにおったんや」
「まきしまむひーりんぐぶらすたぁ〜」
「んふふっ、なんやのその動き」
笑ってしまったのが恥ずかしかったのか、ちろちゃんは下を向いてしまった。
「ふぇ? なんや……この光」
降り注ぐ光の粒に驚いている。
「その光はマキシマムヒーリングブラスターだ」
「だからなんやのそれ」
……お? ガリガリにやせ細っていた身体や、こけた頬に肉付きが増していく。 この治癒魔法は本当に万能だな。 それにしてもやはり俺の見立ては間違いじゃなかった。 健康的な身体になった途端に可愛さが八割増だ。
「しかし相変わらず臭いな、ちろる」
「あんな、げっぷするとな、ケンチャッキーの味すんねん」
「頭の悪い奴しか使わないセリフだな」
ちろちゃんは民家に挟まれた路地裏の、窮屈な夜空をゆっくりと見上げて静止する。 俺のマキシマムヒーリングブラスターが傷口を塞いだだろうから、パーカーの袖で顔面の血を拭ってやった。
「怖かったか? 街が魔物に襲撃されていたんだろう」
「あんな、もいっこレンガぶつかったらな、死ねるんちゃうかと思ってん。 ……でも飛んでけぇへんかった」
小刻みに震えている。 ちろるは奴隷が着るようなボロ布一枚を纏っているだけだ、きっと寒いのだろう。
「ちろる。 お風呂に入りたくないか? 体の芯から温まったら、生きる気力が湧いてくるかもしれんぞ」
「お風呂……。 ちょっと入りたい」
「よし、よく言った。 用意してやるから付いて来い。 山の上にテントを設営しているから、そこでハンドメイド風呂を作ってやる」
「歩くのめんどいわ……。 うちな、二本の足でな、身体を支える気力もないねん」
「おんぶしてやる、乗れ」
ふむ、ちろちゃんが俺の背中に覆い被さった。 背中に感じる胸の膨らみは……DよりのCか。 こんなか細い身体にだいぶ夢と希望が詰まっているようだな。 柔らかさも質が高いし、こりゃ満点と言っていいだろう。
「ちろちゃん、悪いがちょっと寄り道をしてくぞ」
屋根を伝ってジェフの家の様子を見に行く。 ……おっと、ジェフここぞとばかりに民衆からボコされてるな。 まぁ予想通りだ、日頃からヘイト溜めてただろうし、これだけ暴れたんだからな。
「ミナトくん、あれ誰なん」
「あぁ、奴はジェフと言ってな。 クラプトン最強の呼び声高い男だ」
「最強の男どえらいリンチされとるやんか」
踵を返し、立ち去る。
「屋根を飛び移って……。 忍者みたいや」
「中二の頃は本気で自分が忍者の末裔だと信じていたからな」
「なんで信じてしまったん」
「休み時間に折り紙で手裏剣を折ったら、なんだか懐かしい感じがして心が落ち着いたからだ」
「それ折り紙にノスタルジー感じただけちゃうん」
街を出たので、山に着くまではゆっくり歩こう。 ちろるにも負担がかかるしな。 おっと、ちろるが俺の首元に顔を埋めてきた、こそばゆいし、臭い。
「ちろる、あまり頭を顔に近付けるな。 臭くて鼻がもげそうだぞ」
「ええやんべつに……。 ミナトくんやって香ばしいスメル放っとるよ」
「だろうな。 臭いだろうから風呂にしようと思ってたところだ。 ちろちゃん寒いだろう? 」
「ミナトくんの背中ぬくいから平気や」
山の麓についた。 俺の背中が暖かいと言っても、ちろるの背中はひゃっこいだろう。
「さて……。 ここでちろちゃんに問題だ。 この山、何秒で駆け上がれると思う」
「あー……。 二時間以上? もっとかかるやろ 」
「……十三秒や」
「関西弁が移ってもうてるやん」
「ちろるぅ……。 貴様パロディがわからんやつだな。 今度全巻スティールしてやるから読め」
「なぁ、うち絶対降りんで? 山登りなんか半分拷問や。 『あ、山あるから登ったろ』なんて最初に考えた奴は確実にイカレとるよ」
「マラソンランナーなんかもそうだが、苦しみの先に見える微かな光に一歩ずつ近付くのが好きなんだろう。 まぁそんな奴は大抵ドMだろうがな」
「……ミナトくん、ようわからんけど頑張ってやぁぁぁっ、おぉぉぁおおぁおぉおーーーっ! 」
よし、着いた。
「すまんちろちゃん、十九秒掛かってしまった」
「休み時間に折り紙折ってた男の身体能力とは思えんわ……」
「風呂を作るからそれまでは毛布を掛けておけ、ホームセンターでスティールしてくる」
「風呂を作るって結構なパワーワードやんなぁ」
さて……。 リアはゆっくり休ませたいし、スキルには頼れんな。 ドラム缶風呂をイメージしていたが、タンスを現世に繋いだとしても、手軽にドラム缶が手に入るような場所は見当もつかない。
現世のモノに頼らず風呂桶を作るとなると……。
ふむ! さすがアイディアマンミナト。 閃いたぞ。
「ちろちゃん、ちょっと待ってろ。 巨大な岩石を拾ってくる」
「それも相当なパワーワードや」




