御玉様は退屈
「のう、靖親。お出かけしたいのじゃ。」
奥宮では、御玉が靖親に難題を言っている。
「御玉様、まだ外にはマスコミが張り付いていて、和泉沢の出入りをチェックしているのです。
当分は安全に出かけられません。」
尾っぽを順番にパタパタさせながら、御玉がため息をついた。
同じように靖親もため息をついている。
「御玉様、現代のマスコミというのは、魑魅魍魎より恐ろしいものです。」
「靖親は魑魅魍魎を見たことあるのかぇ?」
「いいえ、ありません。」
華子はお出かけいいのぉ、と御玉が愚痴る。
「妾も見たことないから、わからん。」
魑魅魍魎とは、どれほど恐ろしいかを、二人して話し始めた。お互い想像上での話だ。
御玉は靖親が持ってきた紅白まんじゅうを食べながら、スマホを取り出した。
無事合格した大学の入学手続きに行っている華子から連絡が入っている。自分もスマホを持った御玉は、奥宮も電波が入るようにしたのだ。
「妾も大学とやらに行きたいぞ。」
大学のことは、雑誌や小説で知識があるだけで、よくわかってはいない。
行けばいいではないか、御玉が立ち上がり昔読んだ雑誌を探し始める。
代々の総領に持ってこさせた書物は山のようになっている。中には、何百年前の国宝級の書物も在るかもしれない。
探し出したのは、ファッション雑誌。華子と一緒に人気のスイーツを探す時に使ったのだ。
リダイヤルで広田を呼び出す。
「妾じゃ。」
まるで、オレオレ詐欺のような電話である。
「赤坂に行くから、車で来てたもれ。」
それだけで広田は悟ったのだろう。
「普通の料亭は、もうお昼の営業は終わってる時間です。」
「いつでもいい、と女将は言ってたぞ。」
「ああそうですか。」
投げやりな広田の返事である。
「御玉様、僕仕事中なんです。」
「そうか、悪かった。」
プチンと電話を切ってため息をつき、ポイとスマホをクッションの上に放り投げた。
退屈だ、と思う。何百年ぶりにこんな事を思うのだろう、と御玉は振り返る。奥宮から出るのが続いていたせいか、華子達といるのは楽しかった。
どれほどの時間が経ったのか、華子が御玉を呼ぶ声が聞こえる。しかも、大声で繰り返している。
「華子です、入れてください。御玉様。」
華子は、御玉様、御玉様と繰り返している。
誰にも会いとうない気分じゃが、華子が入れるまで呼ぶのは煩いしのぉ、仕方あるまい。
「入れ。」
と御玉が言うと、奥宮と御玉の神殿が繋がった。
転がり込むように入ってきた華子が御玉に抱きつく。
「御玉様、広田さんから電話が通じないって連絡がきて。」
電話と聞いて、煩わしくなり結界を全て閉じた事を思い出す。
「心配しましたよ!
私の電話もラインも通じないから。」
「悪かったのぉ、ちょっと寝てたのじゃ。」
御玉は長い時間を一人で過ごしてきた。いつか華子達も御玉をおいていく、いつもの事だ。鹿鳴館に一緒に行った子も気に入りであったが、御玉をおいていった。
「広田さんが、御玉様の電話の様子が変だって、心配してましたよ。
ご飯行きましょう。孝明と広田さんが待ってますよ、御玉様を連れて行くって約束したんです。
お店には予約してありますから、美味しいもの出してくれますよ。」
御玉が、スマホを手に取ると電波が通じるようになった。広田からのラインがまとめて入ってきた。
仕事が終わった、と書いてあるのもある。
そうか、仕事が終わって妾に連絡してきたのじゃな。
ふふふ、可愛いやつじゃのぉ。
「御玉様、庭の梅が見頃ですよ。見ながら行きませんか?」
「梅の季節か、忠久様と見たのじゃ、綺麗じゃった。小さな子達の手を引きながら見た時もあった。」
日も落ち肌寒くなった庭を御玉と華子が歩いていく。家から持って来たのだろう、華子の手には懐中電灯がある。
懐中電灯に照らされた梅の季は、見事な花が咲き誇っていた。
「綺麗じゃ。」
御玉が梅に見とれているのを華子は見ている。
「御玉様、女将が美味しいお酒が入ったと言ってましたよ。」
「それは、楽しみじゃのぉ。」
行くか、と御玉が振り返る。
「それでな、妾も大学に行きたいのじゃ。
じゃがのぉ、それは難しそうだから、魑魅魍魎を探しに行くのじゃ。」
料亭の離れの個室で、お酒の入った御玉は上機嫌である。
「御玉様、魑魅魍魎ってどこにいるのですか?」
相手をするのは広田。
「知らん、どこにいるんだろう?」
広田が御玉の盃に酒を注ぐ。
「御玉様、もし魑魅魍魎に会ってどうするのですか?」
「妾一人じゃ寂しいのじゃ。他にもいたらいいな、と思う。」
「はぁ、御玉様は魑魅魍魎の類ではないですよ。何言っているんですか。」
和泉沢家の事は調べてあるのだろうが、御玉様のことまではわからない広田が笑って答える。
「妾は。」
「御玉様は僕より年上のようですが、それだけですよ。」
そっか、美味い酒じゃのう、と御玉は微笑んだ。
あれから3ヶ月、大学生になった華子は学校帰りに孝明の会社に来ている、猫の姿で。
「どうして猫になるんだ?」
孝明の専務室でゴロゴロしながら華子が答える。
「せっかく猫になれるのに、必要がなくって。
ここならみんなのアイドルよ。」
和泉沢家はマスコミもいなくなり、以前の静寂に戻ったが、御玉が広田と魑魅魍魎を探しに行った。
『広田に寿命がきたら戻って来る。』
と御玉は出て行ったが、すでに先月戻って来た。広田とケンカしたらしいが、迎えに来た広田と、また出かけて行った。
「御玉様が戻って来れるように、和泉沢家の引き継ぎもしなくっちゃ。
是枝と和泉沢の家を継ぐ子供も欲しいね。」
孝明の操縦は上手い華子である。
今日も残業の孝明、黒猫の華子はソファーでうたたねをしながら待っている。
その姿は、奥宮の神殿の御玉のようだ。
「君が僕の側にいるのが夢のようだよ。どうか夢でありませんように。」
孝明の呟きは眠る華子には聞こえない。
孝明と華子の穏やかなハッピーエンドで終われました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
violet




