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第12話 先生が強すぎてヤバい!

 先手を取ったのはマリアだった。

 中心を構える赤色の魔法陣が一際輝くと同時、骨すら残さぬ人10人は吞み込もうかという灼熱の炎球がメアへと発射される。


 視界を埋め尽くす豪炎、小型の恒星と言っても過言ではないそれを眼前に、メアは弓を継がえたまま動かない。否、動く必要がない。


「っち!!!」


 炎球にメアが呑み込まれた瞬間、対してマリアは咄嗟に横へと飛ぶ。

 突然、炎球内部から矢が射られたのだ。


 マリアは考える。

 すり抜けは魔法に対しても有効、且つメアだけでなく、弓と矢まですり抜けて来るのか。

 矢が体もすり抜けてくれれば楽なのだが、恐らくそんな甘い事はない。

 何らかのダメージを負うとみて間違い無いだろう。


 一方的に干渉してくるとは、ここまで厄介なのか。


 灼熱が過ぎ去ってもなお、空気が熱で歪んでいる中、メアは次の弓を継がえたまま余裕の表情を崩さない。


「その余裕、これでも崩れません事?」


 弓を継がえた彼女の足元に巨大な魔法陣が生まれる。


「空間ごと削り取って差し上げますわ!」


 魔法陣が光ると同時、マリアの後方から爆風が襲いかかる。

 メアの魔法? 否、削られた空間を埋めるため空気がそこへと殺到しているのだ。

 削られた空間の跡地にメアの姿は無い。

 避ける素ぶりすらも無かった。


「終わりですの? 意外と呆気なかったですわね」


 人間とは勝利を確信した瞬間こそ最大の油断を生む。

 眼前に展開する夥しい数の魔法陣を解こうとしたその瞬間、そこがマリア最大の敗因となる。


「言ったわよねぇ? 私は1人じゃ無いってぇ」


 真後ろから聞こえるメアの声、神出鬼没とは決してマリアの特権などでは無い。

 とは言えマリアの油断も余裕から来るものだった。

 既に体力は回復していたのだ。


 これこそが本来の使われ方、時間停止による緊急回避。

 全身に魔力を通し──瞬間、マリアの左足が爆発する。


「っ!!!」


 今度こそマリアの油断が決定的な敗因となる。

 一度使った魔法を強敵相手に使うという油断。

 飛び散る鮮血、身体が崩れ落ち、倒れゆく視界の中で考える。一体なぜ?


 メアが追撃する事はない。

 地べたに這い蹲り、苦痛に視歪みきった視界の中、左足を確認する。

 血塗られた太ももの裏側から深々と刺さった淡い翠の矢。

  本来は新緑を連想させるそれだが、今は禍々しい毒の矢にしか見えない。


 いつ射られた? 痛みは一切無かった。

 取ろうとするが、矢は手をと通り抜け触れる事が出来ない。


 幸いにもマリアは《魔人族》だ。

 矢が刺さったままとは言え、既に左足は殆ど修復され終わり、立ち上がっても支障の無いレベルで回復している。


浄化(リフレッシュ)


 立ち上がったマリアが発動した魔法は、身体を清潔にするだけでなく、呪いなども解呪する高等魔法。

 付着した血は完全に取り除かれ、清潔感溢れる艶やかな肌が戻って来るのだが、突き刺さった矢が消える事はない。


 ──この矢は呪いの類では無いのですわね。


 ほんの少し全身に魔力を通し、調子を確認しようとし、気づく。

 左足から、正確には矢が突き刺さった部分から魔力が堰き止められていることに


「やっと気付いたかしらぁ? マリアちゃんの身体強化魔法はぁ、完全に封じさせて貰いましたぁ」


 今まで一切の干渉をしてこなかったメアが漸く口を開いた。

 完全なる勝者の余裕、その軽い口調にはマリアの勝機が一切ない事を示している。


「わたくしが生徒という事に救われた……のですわね」


 時間停止とはいえ、完全な時間停止などでは無く、極限まで高められた身体強化が織りなす時間停止と寸分違わぬ世界を作り上げる奇跡。

 その血中に含まれる多大な魔力を内部から堰き止められれば、待っているのは制御しきれなかった魔力が血管から逃げ出す事のみ、それが爆発という極端な事象で現れた。


 もしこれが首などであれば、絶命は免れなかったであろう。


「私も驚いたわよぉ? まさか私を一人殺すなんて、これはレイ君本当に勝てるのかしらねぇ。ちょっと向こうで話しましょうかぁ」


 彼女の目線の先は、闘技場の観客席。要するにもう戦うつもりは無いという事だろう。


 はぁ、とため息を吐いたマリアは今度こそ魔法陣を解除し、メアへと歩み寄り、手を差し伸ばす。


「敗者に選択する権利は無いですわ。転移致しますので、その魔法を解除して下さいまし」


 はぁいといい、マリアが彼女の手を握ると、今度は触れた感触があった。


「《瞬間移動(テレポート)》」




 まだ固められた砂を氷土が覆い、白い冷気が覆う空間を眼下に収めながら、ウッドチェアに腰かけ、隣り合うメアとマリア。

 いつの間にかマリアの太ももに刺さっていたはずの矢は傷跡など一切残らぬまま消え去っていた。


「……精霊になることが……出来るのですの?」


 先に口を開いたのはマリアだった。しかしその口調はどことなく自信がなく、懐疑的


「あらぁ? どうしてそう思うのかしらぁ?」


「貴方の矢に痛みなどは一切ありませんでしたわ。しかも足を動かすことへの支障も一切なし、その上で魔力だけに干渉する矢。考えれば似たような存在に思い当たりが有りましたわ。

 《エルフ族》は精霊魔法を使う際、対価として魔力を与える。

 どういう原理かは知りませんが、少なくとも精霊とは魔力に干渉できる存在。

 しかも精霊にもし、わたくし達が触れる事が出来たならば、何かの拍子でぶつかってもおかしくありませんわ。

 しかし、そんな話は一切聞いたことがありませんわ。

 だからこそ、《エルフ族》以外では存在すら理解出来ない存在

 こう考えればすり抜けも辻褄が合いますわ」


 合っているのかと問いただすような鋭い視線を向けるが、メアは相変わらずのほほんとしている。

 このマイペースも彼女の武器なのだろう。

 事実マリアはメアの表情から答え合わせが出来ていない。


「でもぉ? それだけじゃ無いんでしょぉ?」


 メアは理解している。マリアがどういう思考でその結論に至ったのか

 否、その結論に至る為のヒントを自分を殺すというリスクを抱えながら与えたのだから


「えぇ、よくよく考えてみれば何故貴方は、《エルフ族》が妖精のなり損ないでは無く、精霊のなり損ないである事を知っているのか、しかも確信的に。

 あの頭の固いハイエルフ共がそんな真実、もし知っていれば確実に揉み消して居たでしょうに」


 遠い目をしつつメアは語りだす。


「私ねぇ、この魔法を手に入れたのは本当にたまたまだったのよぉ。価値観も全部変わったわぁ。《エルフ族》が本来の存在意義から外れていることも分かったわぁ。」


 だからぁと言う彼女がどこを、何を見ているかはマリアすらも分からない。


「私は妖精様を救いたいのよねぇ。何で彼女が封印されなければならなかったのかしらぁ。本来《エルフ族》は妖精様を支えるべき存在なのにぃ、何で勝手な劣等感で彼女を目の敵にしたのかしらぁ」


 それは彼女の夢なのだろう。だが


「それを何故わたくしに話したのです?

 あくまでわたくしは王族ですわ。協力を仰ぎたかったとしても、民の不利益になる事は出来ないと分かっているでしょうに」


「その調子だと《魔人族》にはまだ回ってきてないのかなぁ?

 もう妖精の祠は壊されたわよぉ? 世界は既に動き出してるわぁ。 もうその段階は過ぎたのよぉ」


 思わずマリアは立ち上がる。

 それ程までに重大な事実


「一切聞いておりませんわ! いえっ、誰があの祠を破壊致しましたの!」


「そんなの知らないわよぉ〜、でもまだ私達に関係はないわぁ。

 彼女が表舞台に上がることがあったらその時こそ、貴方達王族も、私達民草も、断罪を受ける時なのでしょうねぇ」


 座ったまま闘技場を眺めるその顔に諦観の色はない。むしろ当然の事を受け入れているかのようで


 ふっとメアの頬が緩み、暖かい眼差しを向けられる。ポーカーフェイスとは違う打算なしの微笑み。

 全てを受け入れる母の表情。


「ねぇマリアちゃん? 私っておせっかいなのぉ。それこそかの妖精様を救いたいって思うくらいにはぁ。

 思い悩むのも人生よぉ。でもねぇ、その悩みを先生にも共有してくれると嬉しいなぁ。

 ほらぁ、私ってマリアちゃんよりも強いしぃ? 世界を敵に回すくらいの覚悟は出来てるからぁ、じゃんじゃん頼りなさぁい」


 決してメアはマリアを否定しなかった。

 それこそ彼女の強さとは一人で築き上げて来た物、それをメアも気づいていたからこそ、それまでの人生を否定せぬよう、一人で培ってきたそれを否定せず、あくまで今は一人では無い事を訴えかけた。


 その努力は少しだけだが、形を見せることとなる。


「精霊もどきがこのわたくしを救いたい? 先程も申しました通り、ありがた迷惑ですわ」


「精霊もどきじゃなくてメアよぉ?

 あ、向こうも終わったみたいねぇ。

 転移しても良いわよぉ?これから宜しくねぇ」


「はぁ、向こうでは一体何を吹き込んだんですの?

 まぁ教えてはくれないのでしょうね。

 《瞬間移動(テレポート)》」




 一人残ったメアは氷漬けの闘技場を見ながら


「この魔法解除して貰うの忘れてたわぁ」


 後で事務員さんに怒られる未来を想像するのだった。


ここまで読んで下さった皆様に格別の感謝をm(_ _)m

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