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“ほら、ね”

 しかし暫くしてのちに、ヒカゲが向けてみせた顔にもう傷はなかった。

“どうせ本物の体じゃないし、気持ちしだいでどうにでもなるの。便利でしょ。ちょっと疲れるんだけどね”


 確かにさっきまでよりいくらか元気がないようだ。もっともヒカゲが幽霊の類であるなら、少しぐらいアンニュイな方がふさわしいかもしれない。

 ぐいぐい迫ってこられるよりは相手もしやすい。


“あの、訊いてもいいですか?”

“なあに?”

“ヒカゲさん、自分のこと呪霊って言ってましたけど、それって何なんですか? どうしてわたしの涙なんかで、火傷したみたいに……”


“それは”

 ヒカゲは急に真顔になった。予想以上に重い事情がありそうだった。

“あの、答えにくいならいいんです。気にしないでください”


“んー、実はわたしもよく分ってなかったりして。ごめんねー、あははー”

“自分のことでしょう!? ちょっとは悩んだり考えたりしないんですか!?”

“頭使うのって疲れるしさー。だからこんなふうになっちゃったのかも”

“ヒカゲさんって、本当は高校生なんですよね。それがどうして”


“えっとエンコーしに行ったらね、相手に感度がよくなるよーってクスリ勧められて、飲んでみて気付いたらもうって感じ。ちょーウケるでしょ”

“……一つも笑えるところがないんですけど”


“ハルちゃんも、初めて会う人には気をつけた方がいいよ。よかったら今度、優しくてお金もいっぱいくれるおじさんとか紹介してあげる”

“いらないです。わたしそんなことしませんから”

 櫻子は肩を落とした。疲れる。悪い人じゃないとは思うけど、たぶん自分とは別の世界で生きている。


“わたしもう帰ります。きっとみんな心配してると思うし、自分の体がどうなってるのかも気になるので”

 おそらく今はいわゆる幽体離脱状態にあるのだろう。陽虎と晴日が上手くやってくれているとは思うが、いつまでもこのままではいられない。


“それはだめかなー。だってもう捕まえちゃったし、ここにいてもらわなきゃ困るの”

“こっちはもっと困ります。だいたいどうしてわたしが捕まらなくちゃいけないんですか”

“だって覗き見しようとしてたじゃない。そしたらヴラド様も怒るよ。ハルちゃんだって、おトイレしてるところを盗撮とかされたらやでしょ? それともそういうの興奮しちゃう系?”


“すいません、ちょっと言っている意味がよく”

 要は屋敷の中の様子を探ろうとしたのがばれた、ということなのだろう。晴日が心配した通りになった。せっかく止めようとしてくれたのに、無下にした櫻子の自業自得だ。

 じくじくと心が痛む。だけど後悔してる場合じゃない。


“ヒカゲさん、誤解なんです。わたしは大事なものを探してただけで、悪気なんか全然なくて……だからもう帰してください、お願いです”

 櫻子は足に付くぐらいの角度で頭を下げた。分ってほしいと心から望んだ。

 ヒカゲは櫻子を撫でると朗らかに笑った。


“だいじょうぶ。ハルちゃんはここにいればいいんだよ。わたしと一つになって、ずーっと、ずーっと一緒にいるの。ちょー楽しみ。仲良くしようね”

“いい加減にしてよ。わたしは陽虎の体を取り返すためにここに来たの。あなたに構ってなんかいられないの。ずっと一緒なんて冗談じゃないわよ”


 櫻子が半ギレになつても、ヒカゲは薄笑いを浮かべたままだった。だが瞳だけが奇妙に平板になり、光を失う。

“そっかー、じゃあしょうがない。気持ち良くしたげたかったのに。ハルちゃんがいけないんだよ?”


“んんっ!?”

 櫻子が逃げようとする間を与えず、ヒカゲは再び唇に吸い付いた。突き放そうとしたが、ずるずると体から力が抜けていき、最後には意識の火が消えた。

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