931.~940.
931.
毎朝同じ車両の同じ席に座っている彼女。同じ上着同じ鞄同じ髪型で、同じ体勢で寝ている。けれど顔は毎朝違う。女性であること以外は相貌も年齢も肌の色も髪の色も違う。先に降りるので、どこの駅まで行くのかは知らない。一度で良いから見届けたいが、絶対にやめた方が良い気もする。
932.
うちは今でも養蚕をしている。私は家を継がなかったが、最近不思議に思うことがある。蚕をどこから仕入れているのだろう。後継ぎとなった妹に問うと、笛を吹くのだと教えてくれた。祖母から習った曲を奏でると、山から蚕が下りてくるのだと。私が妹の手話を読み間違えてないなら。
933.
外来種を撲滅するために池の水を抜くと、たくさんの人面魚が捕らえられた。日本固有の絶滅危惧種よりも話題になり、人面魚たちは水族館で飼育される事になった。中に一匹、自分か知り合いに似た顔が見つかるという噂がある。ちなみに外来種は素敵に調理して全部食べた。
934.
息子が釣りあげて、煮て食べてしまったのは沼の主の鯰だった。あんなデカいものをよくもまあと呆れ半分、どんな災いが降りかかるのか震え上がった。だが何も起こらない。ただの大きいだけの鯰だったのだろうか。ある日大雨で沼が溢れた。濁水に息子は泳ぎ去り、私や我が家は流された。
935.
聖堂の中央に祝福された鎖と杭で繋がれ宙吊りにされている生き物から滴る深緑の体液が、この村の名産品には欠かせない。体液を石の器で集めるのは孤児たちだ。帰化した体液を吸えば三日で肺が腐り落ちるがゆえ。けれどその三日間、快適な寝床を得、生き物の甘い肉を喰う権利を得る。
936.
首を刎ねた生き物が死ななくなった。事の発端は遊具で遊んでいた子どもの事故。首がスッパリ胴体と泣き別れしたにも関わらず、子どもは生きていた。だが首を胴につけたら死んだ。動物実験の末、首だけで放っておけば死なないと分かった。ネット通販でギロチンの売上が急上昇中である。
937.
笑顔が怖いと思ったことはないだろうか。最近流行りのロボットペット、その飼い主たちの笑顔が怖い。手を繋いでニコニコとお散歩している。楽しそうだし、彼ら彼女らは良い人なのだが。袖を引かれて振り向く。ロボットペットがいた。ああ、そうなのか。手を繋ぎ、笑顔で歩き出した。
938.
暑かったので朝着てきたコートを脱いで歩いていると「いらないならくれませんか?」と足元から言われた。驚いて飛び退くとマンホールの中から再び同じことを言われた。「いるので、だめです」なんか怖いし。「本当に?」一つ先のマンホールの中から問い。「い、いります」「本当に?」
939.
流行りのDIYをしようと、お店の人にやり方を教えて貰い、何時間も迷ったカラフルなタイルで、トイレを若干けばけばしく飾った。翌日タイルが一部落ちていた。貼り直す。また落ちる。何が悪いのだろうと悩みながら暫く眺めていると、壁の向こうから出てきた指がタイルを落とした。
940.
ゆっくりと、しかし確実にそれは私の元へ近付いている。最初はバスと電車で1時間離れた職場の窓から見えた。花柄の真っ赤な着物に黒い和傘を差した山犬だ。目玉と唇だけがびくびく動く。一日ごとにアパートへ近付いている。今日は4つ前のバス停。母の肋骨を研ぎながらその日を待つ。




