691.~700.
691.
洗濯機から妻の足が飛び出していた。がたんがたんと震える洗濯機。力をなくした膝ががくんがくんと揺れ、やがて中に引き込まれていった。しばし呆然としてから慌てて洗濯機を覗き込むが、何もない。妻も、洗っていた服もだ。お気に入りの服だったのに、どうなってしまったのだろう。
692.
「誕生日おめでとう」天井の小さな穴から、小さな声が降ってきた。自分にとっては天井でも、封鎖された室の外からすれば床になる。「プレゼント」嬉しそうな声と共に天井が砕ける。大きく大きく育った双子の弟がついに牢獄を壊してくれた。今日は誕生日。自由というこの上ない贈り物。
693.
世界が滅ぶことが分かった。どこかで見つかったナントカという物質が水に溶け込み、地球上のあらゆる生物に蓄積、人間も動植物もあと1年で死に絶えるという。這い寄ってきた混沌がニコニコ笑う。俺が未成年の時遊び殺した同級生が産む子供が、分解方法を発見する筈だったんだよ、と。
694.
お雛様のお腹が、ぷっくりと膨れている。まるで臨月の妊婦のように。毎年押入れから出すごとに、お腹が大きくなり続けている。暫くお雛様を見つめた後、箱に仕舞い直す。ごとんと凄い音に振り向けば、アンティークのピエロ人形が棚から落ちている。手の中で箱がゴトゴト震え始めた。
695.
嵐逆巻く空に三日月があった。真っ黒な雲の中で燦然輝く金の光は、底意地の悪い笑みに見える。ひっくり返った車の中でシートベルトに拘束されたままガソリンの漏れる音を聞く俺の耳に確かに届く、金属的な笑い声。嵐雲に浮かぶ月なら、速度超過で事故った莫迦を笑うくらいするだろう。
696.
とても綺麗な馬が道を駆けていく。銀色がかったクリーム色とでもいえばいいのか、夢のような幻のような、あまりに美しい姿。なぜ都会の住宅地に馬が。人々は次々道路に出て、後を追って走り出す。走り回る。#twnovel 「速報です。各地で人々が死ぬまで走り続けるという現象が起きています」
697.
手首を切るのはやめなさい、と色んな人に諌められる。死にたいとか、そんな理由から傷を作っているわけじゃない。赤い雫を黒い蛹に吸わせるのが楽しいのだ。光を当てると中で何かが動くのが見えたが、最近みっちり中身が詰まっていてよく見えない。暖かくなってきたし、もうすぐかな。
698.
少しずつ体が縮んでいく奇病が蔓延して五年が経つ。私は奇跡的に免疫があり、発病していない。肉体が縮んでいくが、なぜか命に別条はない。往来を頭部を乗せた手首が歩き、膝に目玉のある足だけが跳ねていく。TVでは胴体と口だけ残ったヒトが喋る。もはや私の方が数少ない存在だ。
699.
人面の仔が生れた。大昔に滅びた生き物にそっくりな頭部を持つ仔は、人間園で無菌状態で飼われているのを別にすれば、すべて不吉の象徴だ。出産した妻は恐怖のあまり自らの角を握り砕いて失神した。処置するのは夫で父である私の役目だ。弱々しく泣く我が子の首を尾を巻き付けてへし折る。
700.
不幸の蒼い猫という噂話を聞いた。不吉なのは黒猫で、青い鳥なら幸福だったような。コンビニで夕食を買った帰り道、噂話を思い返す。蒼猫に遭ったらカップ麺を渡せば良い。そして現れる蒼い猫。慌てずカップ麺を渡す。「お湯は?」「え」次の瞬間、私の首から熱い血が噴き出した。
692話の時、誕生日でした




