411.~420.
411.
こつんっと何かが頭に当たった。偶然手でキャッチできたそれは、硬貨だった。五百円硬貨…だが少し違和感が…。薄曇りの空から、何枚もの硬貨が降り注ぎ始めた。雹のそれより重く硬い音が響き渡る。道行く人々が騒ぎ始める。何枚か拾い上げて気づく。鏡に映したように刻印が逆だ。
412.
祖父の代から庭で鶏を飼っている。昔は違っただろうが、今は交雑種なので色とりどりだ。今朝も卵をいくつか失敬して朝食の用意を始めた。フライパンの角に当てて割ると、へんな生き物が出てきた。小さな蛸、かと思ったが、悲鳴が晩年認知症になった祖父の叫びに酷似している。
413.
妹が引き籠って十三年が経った。原因は陰湿ないじめ。心の傷を癒す為には必要なことだろうと考えて見守ってきたが長過ぎる。両親と相談し扉を開けようとすると、火の手が上がった。私と両親は逃げて助かったが、妹は行方不明だ。焼け跡からは右手と左足の骨だけが十数人分見つかった。
414.
「ねえ怖い話聞きたい?」「別にいい」「俺の住んでるマンションさ、一カ月前から水の味が変って騒がれてて。で、貯水槽調べたら、ご遺体が」「ふーん」「怖いのはここからでね」「はあ」「全然人間の味とかしなかったんだよね。本当に貯水槽の水なのかな」「流石怖いポイントが違う」
415.
うちの学校の美術室には絵が一枚もない。有名な絵の複製も、生徒の書いた絵もだ。けれど時々りっぱな額に入った絵が飾られていることがある。誰もが知っている名画だ。ごく自然にずっと前からあるようにその絵が飾られている日、必ず教員か生徒が死ぬのである。
416.
男が警察に出頭した。半月前からTVを賑わせていた犬の死骸の遺棄の犯人だという。なぜ出頭したか問うと「捨てても捨てても戻ってくるんだ」と言う。留置されてからも男は「また戻ってきた。代わりに捨ててきてくれ」と懇願し、数日後に死んだ。男の入っていた部屋は妙に獣臭かった。
417.
友達が死んだ。なんらかの事故、なのだろう。殺人事件だとしても、意味が全く分からない。友達はナイフが何十か所も突き刺さって、失血死したのだ。だが凶器のナイフは、友達の部屋の天井に柄の方から突き刺さり、天井じゅうに血の跡が残っていた。
418.
わたしはある人に恋をした。でもその人は両想いの相手がいる。最初は辛かったけれど、わたしは二人の幸せを心の底から祝福できるようになっていった。ある時二人が「君以外なにもいらない」というから世界で二人きりにしてあげた。喜んでくれるかと思ったのに狂って死んでしまった。
419.
ヤケ喰いをしたからか、ニキビができてしまった。鏡に映る自分の顔を見ていたら不意に凶暴な気分になって、ニキビを爪で潰していた。どろりと垂れる白い膿と赤い血と、黒い髪の毛?気持ち悪いのでティッシュで拭って棄てた。翌日恋人を寝取った女が二本の鉄骨に潰され死んだと知らされた。
420.
儂の形見分けは絶対に受け取るな―ずっと祖父に言われていた。祖父の言いつけどおりにした僕だけが、血の海の中でひとり息をしている。特注の三角錐の骨壷から出てきた悪夢の住人のような、青い粘液を滴らせる犬に似た獣達が親族たちの脳を注射針のような舌で啜っている。




