131.~140.
131.
今夜なに食べよう。深きものの肉は臭みがあるから、すぐに血抜きして酒に浸けないと…面倒くさいな。うん、今夜は孵化したてのレンのクモを探そう。この間、夜鬼の臓物を捨てていたら藪からこっちを見てたからあの辺に巣があるはずだ。電ノコの充電を確かめて、おっと帽子も忘れずに。
132.
躾の悪い犬のように噛み癖があった。両親、姉に弟、みんな大好きだった。今でも大好きだ。濃密な霧の奥、古い墓石の下から現れた生き物に「それは「美味しそう」って気持ちだよ」と告げられた。食べたら、なくなってしまう。大好きなのにもう会えない。…でも食べちゃったんだけどね。
133.
生まれてからずっと、この蔵の中しか知らない。天井近くに小さな格子窓がひとつあるけれど、あんまり光は射し込んでこない。木の椅子に腰かけて、狭い窓から空を見るのが私の数少ない楽しみだ。特に霧が深い夜は、紐の塊みたいなのや目玉がひとつの大きな人が私に手を振ってくれる。
134.
毎年蝶を育てている。蝶好きだった父の影響だ。成虫を捕えるのも良いが育てるのもまた楽しい。餌の葉は野山で採集していたが、今年は木を庭に植えてしまった。私が育てた葉を食べ、立派な蛹となって数日。ぱくりと割れた背から溢れたのは、木の下に埋めた彼女に似た綺麗な黒髪だった。
135.「毎月14日はツイノベの日お題:運動会」
僕は運動が苦手だ。今年も運動会が行われる。公衆の面前で無様を晒す、地獄の一日。運動会を消してやろうと真剣に願った僕は、飼育小屋のウサギを生贄にしておじいちゃんから教えて貰った呪文を唱えた。翌日人類から「運動会」は消え、体育祭が行われている。
136.
台風が来た。十年に一度の強大な台風だそうだ。通勤通学の時間帯に直撃し、外出は控えるようにとニュースは繰り返している。それでも傘を壊され髪を振り乱しながら会社へ出勤していく人間たちの姿に、数多の奉仕種族たちは自らの神への愛はまだまだだと頷いた。
137.
はっと顔を上げると、電車内には私一人だった。つい読書に集中していた。人っ子ひとりいない…乗り過ごしどころか、車庫入れされてしまうのか。すると電車が止まりドアが開いた。慌てて本を鞄に突っ込み、傘を持って降りる。それから何日経ったのか、いまだに人っ子ひとりいない。
138.
子ども達のはしゃいだ笑い声が聞こえる。洗濯物を取り込みがてら覗いてみると、今時クラシカルに影踏みをして遊んでいるようだ。けっこう白熱していて、車が来ても気付かなさそうな程だ。人ではない形をした影だけが混じっているのに気付いたが、楽しそうなので黙って見守っていた。
139.
儀式は完璧だったはずだ。生贄も道具も、もちろん星辰も揃っていた。なのに我が神は顕現することはなかった。私の信仰心が足りなかったのか?もっと単純に儀式に不手際が…数カ月苦悩し疲れ果てた私の目に儀式翌日の新聞が目に入った。一面には山を焼く大きな文字の写真が載っていた。
140.
誰もいないはずの家の中で、誰かがくしゃみをする――帰宅すると、妻が青褪めた顔で言う。お隣さんとかじゃないのか、と適当にはぐらかした私は書斎に入った。隠し戸棚の奥に仕舞った、人皮で装丁された本は鳥肌立てて震えていた。書斎にエアコンを設置してやるか。




