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後編

 ラジオのゼンマイは切れてはいなかったが、最大まで巻き直して他の局に周波数を合わせて情報を集めた。

 いくつかの局では限界までアルシノーイ市に接近し、国軍(こくぐん)の保護を受けつつ報道しているようだ。

 そして無謀な局は、怪しげな伝手を頼りに武装集団への接触を試みていた。

 それらを聞いている限りは状況は劣悪で、アルシノーイ市は占拠され、脱出できなかった市民は人質となっているらしい。

 脱出を試みた市民がどうなったかは、市を占拠した武装集団が自己紹介と共に淡々と披露していた。

 キウスキにテレビジョンの電波を受信できる装置はないが、唯一無事に解放された現地のラジオ局のリポーターたちの詳細な解説でそれは理解できた。


「……国軍は何してんだ」

「分からん。ワシは所詮願いを叶えるだけの魔人、願われなければ出来ることなど無いに等しい」

「…………」


 その唯一の例外らしき行動が、カズトの命を救ったのではあるが。


「他にワシに許されているのは、いくつかの些細な行動だけだ。たとえばカズトよ、おまえの心意気を汲み取って、自分で自覚できておらん欲望の種に多少なりとも形を与えてやる、とかな」

「……何だって?」

「おまえ、何とかしたいんじゃろうが? この電波の飛び交うお空のちょいと向こうで暴れとる、狼藉者どもをどうにかしてやりたい。あわよくばヒーローになりたい……そんなやんちゃな情熱のバラが見えるぞよ?」

「国軍を動かしてくれって願えば……」

「それは無理じゃ。あくまでおまえ自身の利益になる願いでなければ叶えられん。他者を脅してランプを探させ、魔人の願いを何度も利用しようとするような真似を防ぐための措置であるぞ」

「……俺を安全な国へ脱出させてくれって願ったとしたら?」

「おまえの利益になる願いじゃから、拒む理由は無いな。それが本心で無かろうと、誰かの強制ではなくおまえの意思でおまえの口から発してしまえば、どれほど嘘や偽りだろうとそれも願いさな。そのオンボロ巨人ごと、優しく安全なところまで送り出してやろう」


 逃げる。

 先程までちゃちな野盗に追われて鼻水を垂らしまくっていた彼にとってはありがたい話だ。

 だが、そうするのは本当の本心ではない。

 カズトに――四十歳に迫って未だに童貞、毛髪の前線は後退を続け、腹も出ている二重顎で冴えない髭面(ひげづら)の情けない中年男に――駐禁表示も見落とし買い物をしておきながら持ち合わせの無いことを失念していた間抜けな自分に――顔も所行も見た上で笑いかけてくれる娘が、あの町にはいるのだ。

 それが例え、営業スマイルだったとしても。

 そこまで黙考して、ようやく気づく。

 魔人は、自覚し切れていない彼の欲望の種に形を与えると言った。

 己の欲望と、ラジオから聞こえてくる遠くの状況とが、その瞬間、一本の糸で繋がる。

 そうと分かれば、根拠のない、しかし力強い自信が沸き上がってきた。


「……よぉぉぉし……」

「……決まったようじゃな」

「ああ、決まった! いいかよく聞け、ランプの魔人!」

「いいから早よう言え。よく聞けという要求は願いではないと解釈してやる」

「お、おう……」


 カズトはまたもうっかり願いと解釈できる発言をしてしまって一瞬肝を冷やしたが、冷静な魔人の取り計らいに感謝しつつ、気を取り直して続ける。


「この……この設計図の通りに、このキウスキを……俺の自動巨人を改造してくれ!!」


 魔人は一瞬良く分からないといった風に彼の取り出した紙を見ていたが、すぐにそれを理解したのか、にやりと笑った。


「良かろう?」







 そして、彼のキウスキはランプの魔人の不可思議な力で新生を遂げた。

 危急の時ではあるが、それでも一時間ほどを費やして、カズトはその把握に努めた。

 運転席に設置された真新しい液晶画面には機体の自己診断の状況が示されており、機体の全基幹回路、及び電気的に接続された装備の全てが彼の操作でいつでも行使可能ということを示している。

 機体は全て、彼の望んだ最新鋭、もしくは最高の相性を求めたパーツで構成されていた。

 全身に内蔵された高分子金属アクチュエータも最高品質のものを使用し、瞬発力と持久力が高い次元で両立している。

 駆動液は最高純度のものが後部の増槽にまで充満し、今か今かと戦闘レベルの駆動を待っていた。

 循環・濾過系も主・補機類を含めて正常に稼働、駆動液は常に濁ることなく機体全体を循環している。

 人間で言えば常に血液に潤沢な酸素が供給され、筋肉に乳酸が蓄積することもない、つまり出力最大で暴れ続けることが出来る状態だ。

 そしてそれらの比較的柔らかい系統を保護する装甲は必要最低限、しかし高品質のアクチュエータはそれ自体が強度の高い防弾装備として機能し、更にそれを内部骨格となって支える駆動フレーム自体の強度が、装甲に匹敵する難断裂性(なんだんれつせい)の高硬度合金で形成されている。

 搭載機器も、予備を含めたカメラに電波(レーダー)熱源(サーマル)音響(ソナー)の各種センサーを完備、それらを同時に起動してなお強力な電子戦闘を自動で行う演算装置、衝撃吸収機能に優れ脱出機能すら備えた運転席の環境まで、カズトが戦闘に必要と考える全てを備えていた。

 大量の機器を積んでもなお、本体はその大重量を感じさせない機動を行うことが可能だろう。

 最後に、その全身に備えられた幾つもの武装、そして後部に延びた高速展開用クラスタロケット。

 ちなみに、カズトの服装も付属物ということなのか立派な耐機動服になっており、背中などは専用の固定具がシートの窪みとかみ合って強固に固定される仕組みになっている。

 操縦を補助する機能については、他にも挙げていけばきりがないくらいだ。

 およそ、現代の自動巨人として望める最高のパーツや機材を最高のバランスで構築(アセンブリ)したといっていいだろう。

 少々えげつない装備もあるが、全て実在するパーツだ。

 自動巨人に夢見た男の、面目躍如といえるか。

 カズトの妄想でしかない未来的な技術を使用した機材などを用いることはランプの魔人の限界を超えているようで、あくまで「資金を惜しまず現代の最高性能のパーツを集めてどこまで強力な自動巨人が構築できるか」というカズトの思考実験を具現化しただけの物ではあるが。

 それでもこの超常の力によって生まれた新キウスキは、まさに小さな独立個体軍スモールスタンドアロンフォースと呼べる性能があるだろう。

 いや、もはやキウスキと同じ部品は一つとして残ってはいない。

 強いて言えば、ゼンマイ式のラジオだけだ。

 少し寂しくはあるが、彼は新たに生まれ変わった愛機を“シャインゲート”と胸中で名付けた。

 新たな門出を記念する名前。

 自動巨人シャインゲート、システム全て問題無し(オールグリーン)

 いつでも出発できる。

 場所は変わって、魔人の作った無人の街だ。

 クラスタロケットの力でアルシノーイ市まで緊急展開をするには、滑走路が必要となるのだ。

 残念ながら、魔人の力では滑走路までは巨人の付属物とまではみなせなかったらしく、この都市のように見える地形の大通りを流用するしかなかったのだ。

 滑走路とするには少々不安な凹凸がいくつもあるが、仕方が無い。

 カズトは近くにまだいるはずのランプの魔人に何か礼を言おうと、胴体の装甲を開いた。

 彼は変わらずそこに佇み、穏やかな笑みを浮かべていた。


「魔人、その……ありがとな。割と思い残すことは無ぇ」

「ふむん。こんな化け物をこさえて、おまえはどうする気じゃ?」

「……お前に言うのもなんだけど、俺……来年で四十になるんだ」

「ほう」

「ガキの頃からろくな取り柄が無くてよ……自動巨人でかっこよく戦う男になりたかったんだけど、ようやく入った傭兵団も、この前首になっちまった」

「ほうほう」

「……だからよ……こんな歳になるまでろくな晴れ舞台もないまま生きて来た俺が、一世一代の大仕事を出来たら――なんて夢が……閃いちまったんだ」

「…………」


 くどくどしく述懐(じゅつかい)するカズトに、魔人は何も言わない。

 賞賛してもらえるような欲望ではないが、少々の小言だけで一トンの金塊さえ授けてくれた彼ならば、少なくとも悪し様には言わずに聞いてくれるだろうと言う見込みというか、願望があった。

 いつのまにやら、この数時間ですっかり気を許していたのだ。

 これでは餌付けされた獣だ。

 だが、こんなことを話して鼻で笑わないのは、彼くらいだろうとも思う。

 あるいは、整備工場で彼に助け船を出してくれたあの娘。

 ひょっとしたら、この新しい自動巨人で英雄になれば。

 浅薄で卑俗な妄動を自覚しつつ、しかしカズトは同時にそれで死んでもいいとも考えていた。

 そこに魔人が、少しだけ考え込むようにしてから口を開く。


「悪いが、おまえの人生自体はどうでもいい。おまえのことは嫌いじゃないが、重要なのは望みが満たされたかどうか。

 願い自体はこのデカブツを手に入れることだろうが、ま、それを使って間接的に達成したい願いがどういう結末を迎えるのか、ワシだけは案じてやるぞな」

「お、おう。ありがとな。

 そーいや、願いを三つ叶えたら、またどこかでこの都市状何とかってのを広げて弱者が一人で来るのを待つんだろ?

 気の長い話な上にそんなところに弱者が一人で来れるかって思うけど、これはそのくらいの制限はするべき力なのかも知れねーな、確かに」

都市状放射地形ロゼット・アーバノイドじゃ。まぁ、言ったところで信じられまいから、言いふらしたきゃ好きにするがいい」

「おう。誰にも言わねえ。でもお前のこのとんでもねープレゼントは、生涯忘れねーぞ」

「正直、女が寄りつくようにしろと言わんのが意外じゃった」

「うるせえ。じゃあな!」


 カズトはそう吐き捨てるとキウスキの運転席を装甲で閉鎖し、その裏に設置されたモニタ類を睨んだ。


「……じゃあな」


 呟いて、操縦装置の操作を再開する。

 駆動モード、戦闘(コンバット)へ。

 高速展開クラスタロケット、接続良好、待機動作(アイドリング)解除。

 各武装の最終安全ピンは全て取り除いてある。

 クラスタロケット、点火。

 シャインゲートは固体燃料ロケットの束から吹き出す眩い暖色の炎の反動を得て、火災かと見紛う大量の白煙を後方へ吐き出しながら加速。

 誰も知らないカズトだけの自動巨人が、青い布を突く針のように空へと飛び出した。


「じゃあの、カズト・ヴァーズナよ」


 離陸を見守っていたランプの魔人は、一言呟くと忽然と姿を消す。

 それに従い、周囲の都市を模した構造たちも大気に溶けるように消えていった。

 持たざる者の欲望の原始的な美しさを見て、満足したかのように。






 奇襲から三時間、それに伴う音や噴煙、出火などが一通り沈静化して、砂漠の町は遠目には平穏を取り戻したようにも見えた。

 この時のアルシノーイ市の状況の全貌を、正確に把握できていた者はいない。

 だが、武装勢力は市街をほぼ完全に制圧しており、完全な奇襲を受けた現地の国軍部隊は大きな打撃を受け、一時的な撤退を進めていた。

 彼らがいつ市を奪還しに戻ってくるのかは分からない。

 少なくとも、反撃の目処が立つまではこのままだろう。

 脱出しようとした者は殆どが殺され、敵の手で市の主要な施設は全て占拠された。

 兵士たちの服装や言動などから、政権奪取に失敗した隣国の革命政府らしいことは、徐々に知れ渡っていった。

 だが、通商で栄えた砂漠の中規模都市に、敗残兵とはいえ陸空の機械化戦力を備えた軍隊に対抗できる力は、今や無かった。

 民間の自動巨人は、基本的に武装を禁じられている。

 午後のアルシノーイ市を、不安が包む。

 父の経営する自動巨人の整備工場で働くアイシャも、工場の資材を徴発されて怒っていた。

 だが、せいぜい武器になりそうなものと言えばバーナーや工具程度の彼女の家では、銃を向けられては従うほか無い。

 女や食料を出せとまで言い出す無法者の群ではなかったのは幸いだったが、戒厳令まで出されて、父たちは愚痴を言いながらガレージで酒まで飲み始めた。

 酔いが回って妙なことを始めなければよいのだが。

 アイシャはそんな心配をしながら、日の傾きかけた空をふと見上げてみた。

 その空に、流星。


「……?」


 だが願い事をしようと思い立つ前に、それは流星でないと分かる。

 筋雲を引いたその影はじわじわと大きくなり、地上から発射された高射砲をかわして飛んでいるらしい。

 アイシャがそれを飛行する自動巨人だと判別できた時には、その見たことのない型式の機体は大きな音を立てて彼女の家の上空を通過。

 そのまま一直線に、市街地の中心へと向かうようだった。






 クラスタロケットの奏でる轟音は、もちろん運転席にいるカズトにも伝わっている。

 高度が高い時はそれでも優雅なものだったが、町に接近する前にロケットを切り離し、安定翼とパラシュートによる滑空に切り替えねばならない。

 ロケットの分離に伴い機体がやや大きく揺れ、パラシュートの展開で減速する。

 対空放火は思ったよりもまばらだが、しかし減速時を狙われるのは危険だった。

 手足を操作して重心をずらし、何とか僅かでも軌道を変えようともがくが、結果としてカズトとシャインゲートは対空放火を交いくぐって市街中心の、庁舎前の広場にまで着地することに成功した。

 庁舎前には車両が十両以上、自動巨人が七台。

 そしてクラスタロケットでかっ飛ばしてきたカズトに振り切られた回転翼機(ヘリコプター)が二機。

 着地寸前にパラシュートが、武装勢力の物らしい自動巨人にうまく引っかかり、一台を引き回しの刑のごとくに転倒させることに成功した。

 無我夢中でそこに右腕に把持したライフル砲を発砲する。

 雄叫びの一つも上げたいところだったが、攻撃のためのそのような機転が利いただけでカズトとしては上出来だった。

 無言で顔をひきつらせ、とにかく胴体に向かって三発を撃ち込むと、搭乗者が死んだのか、その自動巨人は動きを止めた。


「う……!」


 殺して動揺したのではない。

 機体のカメラが捉えた画像から、シャインゲートのセンサーと演算装置がカズトに対していくつもの砲口を向けられていることを解析、耳障りな包囲警報を発したのだ。

 離脱!

 武装や駆動液、蓄電池に操縦席の備品やカズトの体重までを含めた重量は十一トンを超えるシャインゲートだが、ふくらはぎの位置に設置された履帯が展開、猛然と回転することで機体を押し出し、かろうじて火砲の餌食となることを防いだ。

 その背後にあった家屋は爆破解体されたように崩壊し、瓦礫と噴煙が巻き上がる。


「ま……ま、まずは一つ、ってか……!? ハァ、ハァ……」


 ランプの魔人の元からここまで飛んでくるまでに心拍数は限界に達したと思っていたが、甘かったようだ。

 自分の鳩尾(みぞおち)の奥のあたりが、己の体の一部とは思えないほどに暴れ続けているのが意識できた。

 だが、それを落ち着かせる暇など無く、キャタピラで庁舎前から逃走するシャインゲートを追って、複数の車両、自動巨人と回転翼機(ヘリコプター)が追ってくるのが分かる。


「え、煙幕!」


 六回分を胴体後部に搭載していた煙幕投射機スモーク・ディスチャージャから煙幕弾が発射され、ぼうと音を立てて破裂、白い煙を広範囲にまき散らす。

 そこでカズトは真っ先に迫りきた回転翼機(ヘリコプター)によってそれが吹き散らされてしまうことに意識が回り、別の武装を選んだ。

 機体の上半身を左に九十度回転させ、その照準を合わせる。

 その名も、機関散弾砲マシンショットキャノン

「当たれよな!」


 緊張に声が裏返る。

 当たるに決まっている、そのように作られたのだから。

 照準速度はシャインゲートの方が早かった。

 高性能な射撃管制機器が狙いを固定し、カズトの親指が左の操縦桿のスイッチの一つを押すと、機体左腕に構えた重厚な砲が発砲する。

 砲口からは数メートルに達する発射炎が噴き出て、雷もかくやという大音響が周囲に響き――回転翼の音で相対的に小さくなってはいる――、一発あたりの弾丸の合計重量がニ四○グラムに達するタングステンの散弾が五発、機関砲のように一瞬で連射された。

 回転翼機(ヘリコプター)は数百メートルも距離を離れて飛んでいたが、二台ともがその一斉射で破壊され、路面に落ちて残骸が散らばる。


(住民の巻き込みは……無し)


 シャインゲートがそうした分析を寄越してきた。

 攻撃の際に巨人などに搭乗していない生身の人間を巻き込む可能性があればそうした警告が生じるようになっており、これは貰い物の力とはいえヒーローになろうとする孤軍のカズトにとって非常にありがたいものだった。

 そう、孤軍。

 一度始めてしまったからには敵を追い払うか、自分が死ぬまで終わりは無い。

 どうせ二度とはない晴れ舞台だ。

 腹を括るのだ。

 カズトは煙幕弾を消費しながら市街地をジグザグに疾走し、一般道から高速道路へと繋がるジャンクションを見つけ、そこに向かった。

 追いすがってきた自動巨人には右手のライフル砲を撃ち込み――中には彼の乗っていたのと同じ機種(キウスキ)もあった――、前方に車両が回り込んでシャインゲートに対地ミサイルの照準を合わせようとすると、やはり被照準警告。

 後ろには後続の自動巨人、左右は建築物。

 カズトは慌てて跳躍回避を選択し、シャインゲートの両肩口の開口部から何かが飛び出す。

 それは鋭い直線を描いて四十五度ほどの仰角にあった高架の側壁に突き刺さり、その(やじり)のような形状の射出体に接続されていた炭素合金製のワイヤーがシャインゲート本体に内蔵された超電導モータによって巻き取られ、猛烈な勢いで機体を上へと牽引した。


「のほぉっ!?」


 アンカーフィップ。

 自分で搭載するよう願った機能だったが、猛烈に体がシートに押しつけられる感覚に呻く。

 機体は上手く挟撃を回避して跳躍、そのままアンカーを突き刺した箇所よりやや低い手前のもう一つの高架道路に着地してアンカーを抜き、そのまま疾走を再開する。

 ライフル弾を撃つと自機より性能に劣る巨人は大破、一台また一台と数を減らしてゆく。

 射程外から飛来した対地ミサイルは機関散弾砲で撃ち落とし、足の履帯と肩のアンカーで縦横に動き回り。

 カズトはなるべく町には被害を出さずに敵を片づけていった。

 もちろん、敵が攻撃してくるのだから回避する分被害は出るのだが、今のところ、シャインゲート自体の被弾はゼロ。

 単独の自動巨人による市街戦のスコアとしては信じられない数値だった。

 そこかしこから突撃銃やロケット砲で狙ってくる歩兵などの攻撃も、回避している。

 友軍からの情報も無しに戦場を分析して敵の少ない位置を示し続ける単独戦闘支援プログラムが、機体に実装されているためだが。


「こいつは……ゲホッ……強力すぎる」


 そして強力な緩衝装置のおかげで、出発直前にさんざんに袋に食物を納めたカズトの胃袋から、その中身が逆流してしまうこともなかった。

 さすがに吐き気を催しはしたが、それだけだ。

 集中砲火を受けないように移動は継続しているが、カズトは攻撃が止んだのを訝って、レーダー類を見て周囲を確認した。

 よく見れば、シャインゲートの使った以上の量の煙幕が焚かれてはいないか?


(!?)


 そこに急速に生じたのは、さえずるような包囲警報。

 慌てて機体後退させようとすると、猛烈な轟音がシャインゲートの周囲に巻き起こった。


「うおおお!?」


 なおも続く攻撃、何とかその発射元を演算装置に解析させながら走り続けると、左手の爆煙の合間に、何かが見えた気がした。

 そして今度は、近接警報。

 砲弾やミサイルのような速度ではないが、向こうから急速に接近してくるものがあるのだ。

 この速度は、車両か自動巨人。


「こ、この!!」


 カズトはカウンターで機関散弾を当てようとするが、いくら高性能な巨人に乗ろうと、まともな実戦を始めて経験するカズトの反応では遅すぎた。

 シャインゲートにも劣らない重厚さの灰色の自動巨人。

 その機体の腕が機関散弾砲の砲身を弾き、続いて肩口からの体当たりが、シャインゲートを襲う。

 猛烈な衝撃が胴体を貫通し、カズトは悲鳴も上げられずに頭を揺さぶられた。


(こいつ、強いのか……!?)


 間抜けな感想を胸中で漏らしつつ、しかしシャインゲートの自動平衡装置は機体を容易には転倒させず、カズトの巨人はその大重量の装備にも関わらず受け身を取った。

 だが、その隙に弾丸が殺到する。

 一台のものではない。

 複数で取り囲まれ、集中砲火を受けているのだ。

 煤や埃にはまみれたものの、まだまだ真新しかったシャインゲートの装甲が、徹甲弾の連射を受けて爆音を上げながら削り取られていく。


「うわあぁぁぁっ!?」


 びいびいとうるさい警報は、被弾を訴えていた。

 そこから慌てて離脱すると、逃げた先でまた弾雨。

 機関散弾砲が破壊された。

 完全に動きを読まれ、翻弄されている。


(くそっ……やっぱ本職には勝てねーのか!?)


 当然といえば当然だが、カズトは悔しさに震えた。

 だが、諦めれば新しい自動巨人を穴だらけにされるのを待つだけとなってしまう。

 魔人に願って手に入れた、恐らく彼の人生で二度と乗れぬであろう現代最強の自動巨人を。


「んなこと出来るかぁぁ!!!」


 カズトは雄叫びを上げ、シャインゲートの右手に残っていた機関散弾砲の残骸を投げつけた。

 シャインゲートの起重出力、つまり人間で言えば腕力に当たる力は、魔人の力で最高品質のパーツを集めたことで通常の自動巨人の数倍に匹敵する。

 通常の自動巨人の投擲であれば回避されただろうが、シャインゲートの投げつけたそれは見事にヒットし、敵の巨人の頭部を吹き飛ばした。


「うおおおおお!!!!!」


 その隙に突進、頭部を失った自動巨人に掴みかかって機勢を入れ替え盾にした。

 さすがに射撃が止む。

 側面から回り込もうとした一台に向かって、カズトは衝動的に無事だったライフル砲を撃ち込んだ。

 倒せこそしなかったが、弾は敵の右肘に当たってそこに保持していたライフル砲を取り落とさせる。

 盾にした敵自動巨人を前方に蹴り飛ばして囮にし、シャインゲートが突進する。

 追いつめられた獣の必死さで、横に回り込んだその機体に向かって。

 装備や装甲、フレームや駆動系の重量も含めて普通の自動巨人の倍近い重量があり、右腕を失った敵巨人はたまらず吹き飛んだ。

 そしてその巨人の落としたライフル砲をひっつかみ、機関散弾砲の代わりに構え、同時に連射する。

 機関散弾砲ほどの猛烈な破壊力はないが、一台を破壊した。

 破損部分から駆動液を漏出させて倒れる仲間から離れ、残った三台はシャインゲートになおも射撃を浴びせる。

 街路を縫ってこれもまた回避。


(数が減っても連携が乱れねぇ……やっぱりプロなんだよな)


 敵の焦りを察知できるほど戦場慣れしているカズトでもなかったので、それは単に攻撃が苛烈になったという認識しか与えなかった。

 だが、カズトが意識できていなかったことに、シャインゲートは彼らの占領した町に突如飛来して大損害を与えている所属不明、形式不明の自動巨人なのだ。

 情報が錯綜してはいるが、それでもこの自動巨人は恐怖を与えていた。

 あるいは、行けるかも知れない。

 カズトは機体の左手の空になったライフル砲を捨てると――元は敵の武器だ、惜しくはない――、そこに腰のホルダから取り外した榴弾砲を懸架した。


(爆発物は使いたくなかったがしょうがねぇ!)


 これだけ弾丸をばらまいておいて今更ではあるが、弾幕の切れ目を狙って建物の陰から左腕だけを出し、それを発射する。

 シュボ、シュボと自動巨人用の兵器にしてはいささか地味な音が響き、次いで激しい衝撃と爆発音をシャインゲートのセンサーが捉えた。

 だが、飛散する煙の中からなおも接近警報。


「!?」


 敵の体当たりの直撃を受けて、カズトのシャインゲートは十メートルほども吹き飛んで民家に突っ込み、反対側の道路まで転がった。

 噴き上がる粉塵、だがカズトは何とか機勢を立て直し、倒れたまま穴だらけにされることは何とか避けた。

 もう少し体当たりの威力が低ければ、三方を民家に挟まれて即座には動けず、穴だらけにされていただろう。


(クソッ、灰色のやつか!?)


 度重なる被弾で、シャインゲートの出力が低下している。

 包囲警告、損傷警告、警告音が重なりすぎて、よく分からない不協和音を奏でた。

 それに苛立ちつつもライフル砲を撃とうとするが、そこで、弾が出ない。

 操作画面を見れば、機体の右腕ごとどこかに吹き飛ばされていた。

 続く衝撃、追いすがってきた灰色の自動巨人が、取り回しの難しそうな細長い砲身の携行砲をこちらに向け、発砲した。

 出力の低下は速度の減少を意味する。

 回避が間に合わない。


「ぐぅっ……!?」


 衝撃。

 股間部に砲弾の直撃を受け、両足がフレームごとひしゃげた。

 そのままシャインゲートは回転しながら仰向けに転倒し、カズトは慌てて機体の両腕で操縦席を庇った。

 脱出装置は機体の背後に向けて作動する。

 両足を破壊されて仰向けに転倒したこの状態では、死ぬのを待つだけだ。

 再度の攻撃で、今度は左腕が榴弾砲ごと破壊された。

 四肢の全てが駆動不能状態に陥っているのが、画面の表示でこれ以上ない分かりやすさで図示されていた。

 ただ、センサーはかろうじて生きていた。

 つまり、機体の周囲の状況が把握できる。

 あれだけの砲火を受けても、その衝撃で攪拌された運転席のカズトが挽き肉になっているということも無く、カズトは息を切らして動揺していた。

 灰色の自動巨人はこちらに武装が残ってないことを確認したのか、こちらに徐々に近づいてくる。

 カズトが単独で突撃してきた事実は既に割れていてもおかしくはないが、実際の所は分からない。

 そのまま敵はシャインゲートの四肢を破壊したものらしい長大な砲身を運転席の装甲に突きつける。

 至近距離で見てようやく判別できたが、老舗メーカーの滑腔砲(かっこうほう)だ。

 そのまま発砲すれば確実に運転席をカズトごと破壊し尽くすだろう。

 だが、滑腔砲から砲弾が飛び出す前に、灰色の自動巨人の外部スピーカーが起動した。


『……所属と姓名を名乗れ』


 ここで「カズト・ヴァーズナ、フリーの傭兵だ」とでも名乗れればそれなりに絵になったのだろうが、今の彼の脳にそうした選択肢はなかった。


「俺は……!」


 あったのは、怒りだけ。


「俺はまだ戦ってるんだよぉ!!!」


 シャインゲートの肩口の射出口は、奇跡的に両方とも破壊を免れていた。

 カズトの操作でそこから射出された変形する錨、アンカーフィップ。

 彼らがいるのは、貯水池の上を通る高架道路の上。

 その近くに立ったビルに向かって、シャインゲートの両肩から伸びた鋭い錨は灰色の自動巨人の胴体の両脇をそれぞれすり抜け、背後のビルの外壁に突き刺さった。


『!?』


 そのまま両肩の超伝導モータが巻き取られ、四肢を破壊されたシャインゲートが、ワイヤの牽引力で灰色の自動巨人に向かって突進を始める!

 胴体の装甲が、慌ててこちらに向けられた滑腔砲の砲口を弾き、カズトの自動巨人はそのまま敵に激突した。

 モータの出力なおも上昇、鋼鉄よりも強靭な素材で出来たワイヤは二台の自動巨人の自重を牽引してなお千切れない。

 シャインゲートとその肩口から伸びた二本のワイヤに挟まれて、灰色の自動巨人はもがいた。


『うっ!? 何を……止めろ! やめ――』


 だが、出力を上げてカズトを振り払う前に、灰色の自動巨人は高架の外に押し出され、貯水池に落下していった。

 どん、と水柱が上がる。

 カズトとシャインゲートもその後を追うかに見えたが、彼らにはワイヤで繋がれたビルがある。そこに激突、ついでにさらに落下して派手にガラスとコンクリート片をばら撒いたものの、シャインゲートは落水を免れたのだった。


「……生きてる」


 彼の理想の自動巨人には中枢耐水防護バイタル・ウォーター・レジスト処置が施されていたが、落水すれば、戦闘の損傷でそこに生じた亀裂から水が入って、脱出装置も作動せずに溺れていたはずだ。

 四肢を破壊され、ビルに激突後さらに落下してほぼ大破したシャインゲートの中でも、カズトは生き残ったセンサーで周囲を把握することが出来た。

 周囲に、残っている敵の自動巨人などはいない。

 カズトが倒してしまったのが全てだとは到底思えず、恐らくは状況を好機と見た国軍が戻ってきたか、単に彼らの反撃の準備が整った所に運よくタイミングが合っただけなのだろう。

 全ての武器は使い果たしてしまい、移動も出来ない。

 運転席は胸部の装甲が変形してしまったせいか、爆破ボルトを使用しないと扉が開かなくなっていた。

 安全のためにも、しばらくの間は外に出ないほうがいいだろうか?


「……まー、割と思い残すことはねぇや」


 カズトは少々の寂しさと大きな満足感を胸に、やってきた睡魔を受け入れようとした。

 だが、カンカンと運転席を覆う装甲を叩く音がして、慌てて外部を確認する。


「……あいつは」


 朝方、カズトを連行して散々聴取をした女警官だった。


「運転手、聞こえてる!? 生きていたら反応しなさい! 救助は呼んだから!」


 瓦礫から調達したと思しい鉄材以外に武器らしきものを持ってはおらず――拳銃くらいは持っている可能性もあるか――、聞こえてくる言葉は彼を、というか彼女にしてみれば謎の自動巨人の運転手を助けようというものだったため、カズトは悪い気はせずにスピーカを起動し、彼女に下がるよう指示して運転席装甲の緊急爆破ボルトを作動させた。

 ばがん、と大きな音を立てて装甲の周囲から煙が上がり、カズトは運転席の下にあった手斧をてこ代わりにして装甲を排除、何とか外に顔を出す。


「……!? あなたは!?」


 女警官の驚く顔は、率直に言って見ものだった。

 彼を十把一絡げの犯罪容疑者同様に連行した美女の前に降り立ち、先ほどまでの緊張も忘れて彼は笑った。

 傍から見れば薄気味悪い表情だったかも知れないが、この女の、この反応を見られただけで、命を張った元は取れたような気がする。

 カズトはその場の勢いと下衆な感情で色々とまくしたてたかったが、すっかり使い果たした彼の度胸では無理な話だった。

 何より、すがすがしい気持ちなのだ。


「……あんた、警察だったよな。見逃してくれ。その代わりに、この自動巨人の中に隠してある金塊をやる。俺が暴れて壊しちまった町の復興に使えるように計らって欲しい」

「な、何を言ってるの……?」

「聞こえただろ……二度はいわねえ。俺を疑って連行したことは、それで、ゆ、許してやる」


 カズトは、ボソボソとそう言うと彼女に背を向けて歩き出した。

 シャインゲートが壊れてしまえば、内部に隠した金塊を運ぶ手段は無くなる。

 ならば、せめて何の後ろ盾も無いカズトとしてはこうしてしまうのが最も気が晴れるやり方だ。

 幸い、女警官は追っては来なかった。

 カズトは胸中で祈って、足を早める。

 ありがとうな、キウスキ、シャインゲート。






 この時のアルシノーイ市の状況の全貌を、正確に把握できていた者はいない。

 だが、一部報道機関の撮影機器や破壊を免れた一部の公的施設及び民間の警備監視カメラに捉えられた映像などがあった。

 何より、一部の市民たちは見ていた。

 たった一台で謎の武装集団――これはしばらくして、隣国のクーデターが失敗して逃げてきた反政府軍だったと判明した――の自動巨人や回転翼機(ヘリコプター)をなぎ倒していった、よく分からない自動巨人の姿を。

 その運転手や機体の出所については諸説が流れたが、アルシノーイ市の奪還と破壊された市街の修復、治安の回復に伴って、それらは徐々に忘れ去られていった。

 謎の自動巨人は外国の秘密組織のものだったとか、市街地の復旧に出所不明の資金が使用されているだとか、そういった情報を聞くことはあったが、アイシャも徐々に、あの時見た流星のことを思い出す機会は少なくなっていった。


「あいオーラーイ! オーラーイ!」


 彼女の父の経営する整備工場の整備員が、車道を走ってやって来た自動巨人を工場の中へと誘導する声が聞こえる。


「どわぁ!? ちょっ、あーっ!!」


 新入りだった。

 誘導を間違えて、入ってきた自動巨人の頭部が運搬用のクレーンの首に当たってしまったのだ。


「くぉらヴァーズナっ! おめぇは何度やらかしゃ気が済むんだコラァ!!!」

「す、すんません!?」


 父も部下には厳しい。

 その怒鳴り声に身をすくめるようにしつつも失態を挽回すべく動き回っているのは、先日入社した中年の男だ。

 以前客としてきたときに乗っていた巨人は、残念ながら廃棄してしまったらしい。

 技術に特に秀でている訳ではないが、真面目な勤務姿勢でそれなりに評価はされていた。

 少々へまは多いが、それが全てではないだろう。

 アイシャはガレージに出ている全員分のコーヒーをカップに入れ終えると、よく冷えたそれらを大きなトレイに載せてガレージへと持っていった。

 屋根一つない階段に出ると、注意して一段一段を降りる。

 そこには、適度に雲の群れた気持ちの良い青空が広がっていた。

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