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夏祭りの夜  作者: 森好子


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第一話:帰ろう

夕方の風が少しだけ湿り気を帯びて、夏祭りのざわめきを運んでくる。

高校一年のヨシコは、駅前で待ち合わせたみどりと並んで歩きながら、内心ではため息をついていた。


「なあ、知ってる? 高槻第一中学の怪談。あそこの旧校舎の地下ってさ――」


みどりは、可愛い顔に似合わず怪談が大好きだ。

中学の頃からずっとそうで、今日もまた、祭り会場に向かう道すがら延々と怪談を語り続けている。


ヨシコは、怖い話を信じているわけではない。

むしろ、そんな話より――。


(高校離れて、みどりの近況とか聞きたいんやけどな……)


少しだけ、胸の奥がいらいらしてくる。


「でな、その地下倉庫で――」


みどりの声は弾んでいる。

ヨシコは、返事をするタイミングを失ったまま、祭りの灯りが見えてきたのをきっかけに話題を切り替えた。


「ほら、着いたで。人多いなあ」


屋台の匂いが一気に押し寄せてくる。

ヨシコは迷わず、いか焼きの屋台へ向かった。


「いか焼き、食べよ」


「えー、そんな可愛くない食べ物……」


みどりは顔をしかめながら、別の屋台へ走っていく。

戻ってきた手には、フルーツ飴。

それを持つみどりは、まるで魔法のステッキを振り回す可愛い魔女のようで、ヨシコは思わず笑ってしまった。


「似合うなあ、みどり」


「やろ?」


そんなときだった。


「お茶しょーや」


不意に声をかけてきたのは、ヤンキー風のグループ。

その中のリーダー格の男を見た瞬間、ヨシコは眉をひそめた。


(サチの彼氏やん……)


サチは今日バイトで祭りに来られないと言っていた。

それなのに、別の女をナンパしているとはどういうことだ。

ヨシコは心の中で毒づく。


(はよ別れろって言ったろ……)


サチ彼はヨシコに気づくと、みどりを指さして言った。


「その子、可愛いな。紹介してや」


その隣にいるヤンキーAは、ジャニーズ系の顔立ちで、みどりはまんざらでもなさそうだ。

ヨシコは、胸の奥がざわつく。


(みどりはいい子やけど、かわいいからナンパされるの面倒なんよな……

 あやこが来てくれたら楽やったのに……)


ヤンキーAがみどりの肩を抱き、連れて行こうとしたその瞬間。


「みどり、久しぶりやな」


低い声が割り込んだ。

振り向くと同じ高校の河井が、テキ屋の法被姿で立っていた。


「あー河井くん。元気そうやな。ヨシコと同じ高校やんね」


「そう。またこのブスと一緒やで。同じクラスやねん」


「ヨシコと同じクラスなんてうらやましいな」


二人は勝手に盛り上がり、ヨシコは心の中で叫んだ。


(ブス言うなや! みどりも友だちなら否定せえ!)


「河井さん、今日は仕事っすか」


サチ彼が急に敬語になった。

ヨシコは違和感を覚える。


(なんで年下の河井に敬語?)


「今日は池田さんの手伝いに駆り出されてな」


その名を聞いた瞬間、ヤンキーたちがざわついた。

池田さんは、地元で“やくざ”として知られる人物らしい。


「みどりは俺の幼なじみやからな。気軽に手出したらあかんで」


「わかりました! じゃ、失礼します!」


さっきまでの勢いはどこへやら、ぺこぺこしながら去っていくヤンキーたち。

残されたのは、ヨシコ、みどり、そして河井。


「もう、そろそろ帰ったほうがええで」


河井が言う。


「まだ焼きそば食べてへん。焼きそば食べたら帰るわ」


「えー? さっきイカ焼き食べたばっかやん」


みどりが嬌声をあげる。


「おまえ、太ったらさらに見栄え悪くなんで。食いすぎなや」


最後まで口の悪い河井はそう言い捨てて、持ち場に戻っていった。


ヨシコは宣言どおり焼きそばを食べ、みどりに声をかけた。


「さー、そろそろ家に帰ろう!」


その瞬間、右肩をぽんっと叩かれた。

まるで「帰ろう」という言葉に同意するように。

そして同時に右耳元で

ヒュゥ

という、何かを呼ぶような、口笛に似た音が聞こえた。


振り向いても誰もいない。

左側にいるみどりがわざわざそんないたずらをするとも思えない。


自転車置き場へ向かう道を並んで歩いていると、前方から声がした。


「よしこー」


自転車にまたがったきみこが、意味ありげにニヤニヤしながら近づいてくる。

高校は同じだが、正直、仲が良くない。


(可愛いみどりの横にいるだけで、嫌味言ってきそうや……)


「きみこ、また明日学校でな」


ヨシコはかかわりたくない一心でそう言い、みどりと話しているふりをした。


一中の前を自転車で通るのが少し怖い。

みどりの怪談が頭に残っている。


パンッ。


派手な音とともに、自転車のライトが消えた。


「あー、真っ暗やん……また修理代かかるやん……」


ぼやきながら、ヨシコはみどりに声をかけた。


「みどり。ライト消えてもうた。一緒に走ってくれへん?」


みどりは快諾し、二人は並んで自転車を走らせた。


そのまま、夏祭りの夜は静かに終わっていった。

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