EP 9
90分の終焉と全滅エンド〜リアンの冷酷なる経営監査〜
ピポパーンッ♪
無機質で、どこか間の抜けた電子音が、タロキンの店内に鳴り響いた。
『お客様にご案内いたします。90分の食べ放題コース、終了のお時間となりました。本日のご来店、誠にありがとうございました』
魔導タッチパネルの赤い数字が【00:00】を示し、完全に停止する。
ルナミス帝国最大の巨大チェーン『焼肉タロキン』における、90分の死闘が、ついに終わりを告げた瞬間だった。
「お時間です。お皿をお下げいたしますねー」
青ざめた顔に引きつった営業スマイルを貼り付けた店員が、4番テーブルへとやって来た。
テーブルの上には、数百人前に及ぶ空の皿が、もはや狂気としか呼べない高さまで積み上げられている。
ルチアナ、キャルル、キュララはデザート部隊の睡眠魔法(血糖値スパイク)に敗れ去り、完全に夢の中。
そして、最後まで暴食の限りを尽くしていた芋ジャージの悪魔・リーザも、さすがに限界が来たのか、膨れ上がったお腹をさすりながら満足げに天を仰いでいた。
* * *
「……終わった。終わったのね……っ」
店員が片付けようとした最後の皿の上。
そこに、奇跡的にたった一切れだけ残されていた美しい霜降りのドレスを着た肉――【ハラミ姫】が、へなへなとその場に座り込んだ。
彼女の目からは、安堵と深い悲しみの入り混じった真紅のドリップが溢れ出していた。
カレーライス少佐の特攻。
飲茶の秒殺。
餃子の自己犠牲。
そして、己の身を挺してご飯を庇い、無慈悲に「プレミアム豚丼」として捕食されていった、誇り高き騎士・トンデモナイト。
「みんな……っ。みんなの尊い犠牲のおかげで、私、90分間を生き延びたわ……。
焼肉王国の誇りは、私が、私が絶対に繋いでみせる……っ!」
ハラミ姫は、空の皿の山を見上げ、散っていった同胞たちに向けて静かに祈りを捧げた。
「では、こちらのお皿もお下げしま……」
店員が、ハラミ姫の乗った皿に手を伸ばそうとした。
これで、ハラミ姫は厨房の冷蔵庫へと生還し、長きにわたるデスゲームから解放されるはずだった。
――だが。
「……待て。その皿はまだ下げるな」
冷酷な、氷のような声が、ハラミ姫の頭上から降ってきた。
ブラック企業の最強の経営者、リアンである。
「え? しかしお客様、お時間はすでに終了しておりますが……」
店員が困惑して動きを止める。
「時間が来たら『新規の注文』ができないのは当然だ。だが、バイキングにおける絶対的なルールがあるだろう?」
リアンは、魔導トングをカチャリと鳴らし、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「【時間が来ても、すでにテーブルに運ばれている分は、最後まで食べてよい】……。違うか?」
「ひっ……!?」
ハラミ姫が、絶望に悲鳴を上げた。
「あ、はい……当店では、食べ残しは別途料金をいただいておりますので、テーブルにある分は召し上がっていただいて構いませんが……」
「そうか。なら、残すのはマナー違反(赤字)だな」
リアンの無慈悲なトングが、光の速さで閃いた。
ハラミ姫の身体が、いまだに余熱を残している【灼熱の網】の上へと放り込まれる。
「いやぁぁぁぁぁっ!! トンデモナイトォォォォォッ!!」
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!
ハラミ姫の美しい霜降りが、無情にも網の上で黄金色に焼かれていく。
「ふむ、ハラミは焼きすぎると硬くなる。このミディアムレアが一番だ」
リアンは、焼き上がったハラミ姫を特製のタレにサッと潜らせた。
「やめ……っ! みんなが、みんなが命を懸けて繋いでくれた私の命が……っ!!」
「あむっ」
モグモグ。ごっくん。
「…………」
ハラミ姫の悲痛な叫びは、リアンの喉の奥へと一瞬で消え去った。
「うん。最後にふさわしい、上質な脂だ」
リアンはお茶をすすり、口元をナプキンで優雅に拭った。
ここに、焼肉王国は完全に【全滅】した。
どれだけ熱いドラマを紡ごうとも、どれだけ命を懸けた自己犠牲を払おうとも。
最強のブラック企業による「ルールに則った完全なる捕食(利益回収)」の前には、いとも容易く蹂躙されてしまう運命にあったのだ。
* * *
「ふぅ……食った食った。まさかタロキンの在庫を本当に空にするとは思わなかったがな」
店の外に出たリアンは、夜風に当たりながらタローマン製防刃ジャージの襟を正した。
背後では、泥酔したルチアナと、血糖値スパイクで爆睡しているキャルルとキュララを、お腹がパンパンになったリーザが台車に乗せて運んでいる。
「いやぁ、リアン様。素晴らしい監査(タダ飯)でしたわーっ! わたくし、向こう3日は何も食べなくても生きていけそうですの!」
リーザが、幸せそうにゲップをする。
「さて、経営者としての視察結果だが」
リアンは、巨大なネオン看板を冷たい目で見上げた。
「カレーライスを入り口付近に配置し、原価の安い炭水化物で腹を膨らませる動線。そして、最後にデザートで血糖値を急上昇させ、強制的に満腹感(睡魔)を与えて退店を促すシステム。……店側のトラップとしては、教科書通りの見事な配置だった」
リアンの脳内で、タロキンのビジネスモデルが冷徹に数値化されていく。
「だが、銀貨3枚という破格の値段を維持するために、メイン商材である『肉』の仕入れコストを削りすぎている。
ハラミやカルビの脂は上等に見えたが、下処理が甘く、ドリップ(旨味)が逃げていた。……あんなクオリティでは、最初は物珍しさで客が来ても、すぐにリピーター(LTV)は底を突く」
リアンはフッと鼻で笑い、結論を下した。
「ウチの『ポポロ亭』の定食が持つクオリティと顧客満足度には、遠く及ばないな。
わざわざ潰すまでもない。放っておいても、いずれあの店は自滅する」
食欲だけでなく、ビジネスとしても完全にタロキンを「食い破った」リアンの宣言。
ポポロ村の経済は、やはりこのブラック企業の掌の上にあった。
「さぁ、帰るぞ。明日も朝からポポロ亭の営業(労働)だ。……おい、イグニス。いつまでそこに突っ立ってるんだ」
リアンが振り返る。
そこには、タロキンの入り口の横で、絶望の表情を浮かべたまま石像のように固まっている竜人の戦士がいた。
「…………」
イグニスの右手には、90分間一度も網に乗せられることなく、ぬるくなってしまった『生の人参』が、ただ一本だけ虚しく握りしめられていた。
「おい、イグニス。もう終わりだぞ。さっさと歩け」
「……リアン」
イグニスが、焦点の合わない目でリアンを見つめ、掠れた声で呟いた。
「……ポポロ亭に帰ったら、厨房の魔導コンロ、貸してくれないか……?
俺様のキャロットが、まだ……焼けてないんだ……っ」
90分間、最強の悪魔たちの中でただ一人、人参の順番待ちをし続けて終わった男の悲哀。
「……チッ。しゃーねぇな。帰ったら塩コショウくらいは振ってやるよ」
リアンが呆れたようにため息を吐く。
「う、うおおおおんっ! カカロットォォォォォッ!!」
イグニスの泣き声が、ポポロ村の夜空に虚しく響き渡るのだった。
かくして。
食材たちの血みどろの防衛戦と、最強の暴食コンビによる容赦なき蹂躙劇は、ここに幕を閉じた。
タロキンに平和が訪れるのは、彼らブラック企業が去った後のことである。
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