第53話 交差する殺意
頭が重い・・・。
意識がはっきりしない。
朦朧とする意識の中、ジンが目を覚ます。
体を動かそうとした時、手足が動かないことに気付く。
手足が動かない。
目を開けているのに真っ暗闇だ。
どうなっているんだ?
遠い意識の中でロイスが懸命に叫ぶ声が聞こえた。
ロイス・・・。
「ジン!ようやく目が覚めたか!待ちわびていたよ。」
聞いたことのある声がゆっくりと近づいて来る。
この声は・・・。
その声の主がジンの目隠しと口を覆っていた布を外す。
「カリフィス・・・!」
ジンはカリフィスを見上げ、にらみつける。
「そんな怖い顔するなよ。今からお前に見せたいものがあるんだ。」
そう言うと、カリフィスはジンの視界から外れる。
その向こうに見えたのはベッドに横になっている、ロイスとフリーシアの姿だった。
「ロイス!フリーシア!」
ジンは二人に呼びかけた。
二人は手を後ろで結ばれ、足も拘束されていた。
もぞもぞと動き、「んー!」と答える。
良かった。
生きているみたいだ。
「ロイスを攫えばお前も来てくれると思ってたよ。」
ジンは魔法を使って拘束を解こうとするが・・・。
魔法は発動しなかった。
「魔法を使おうとしても無駄さ。三人共、魔法が使えなくなる手錠の魔道具で拘束させて貰っているからな。」
「何が目的だ!」
カリフィスはロイスとフリーシアの方へ歩みながら答える。
「望み・・・。そう、望みだ。見てれば分かる。」
カリフィスは二人の目隠しを外し、ベッドに上がると、ロイスとフリーシアをベッドの頭の板に背中を預けさせてジンと対面させるように座らせた。
「ロイスだけじゃ飽き足らず、こんなにかわいい子までたぶらかして・・・。いい身分だよな。」
カリフィスはフリーシアの頬にそっと手を添えて撫でる。
フリーシアはその感触に嫌悪感を抱き、首を振って抗う。
「やめてくれ、用があるのは僕だろ!二人には手を出すな!それに、フリーシアは王女だ!手を出したら極刑だぞ!」
カリフィスはジンの言葉を鼻で笑った。
「王女?誰が異端児の言葉を信じるか・・・。王女は表には顔を出さないと有名じゃないか。」
カリフィスはポケットから折り畳みのナイフを取り出す。
「さて、どちらから頂こうか・・・。異端児、お前はどこまで耐えきれるかな?」
「やめろ!」
ジンは必死に前に進もうとするが、拘束されていて体が少し前のめりになるくらいだった。
カリフィスはフリーシアの首元の服の襟を引っ張ると、そのナイフで服をお腹付近まで切り裂いた。
フリーシアはこの出来事に、目を見開き、首を横に振るしかできない。
「んんー!」
必死の抵抗も虚しく、カリフィスはジンに見えるようにフリーシアの服を剥がす。
「お前は、一体何を・・・。」
カリフィスが何をしたいのか想像できず、ジンは力なく言葉を漏らす。
「かわいいだけじゃないのか・・・。」
カリフィスの手が、フリーシアに触れようとした時、ロイスの体が揺れ、拘束されたまま、無理やり体を投げ出すようにしてカリフィスにぶつかる。
「んー!!」
鈍い音と共に、ロイスとカリフィスはベッドへと倒れ込む。
予想外の動きだったのか、カリフィスの動きが止まり、ロイスに視線を移す。
「ロイス!」
ジンの、ロイスの名前を叫ぶ声が震える。
ロイスは倒れながらもなお、体を起こそうと藻掻いていた。
「おい、ロイス・・・。」
カサリスは体を起こし、ロイスの髪を掴んで起き上がらせる。
「大人しくしてれば優しくしてやるって言ったよな?」
カリフィスは掴んだロイスをベッドに叩きつける。
ロイスはそれでもなお、負けじとカリフィスをにらみつける。
「そうか、ロイスは先が良かったのか。一番じゃなかったから嫉妬してるのか・・・。」
カリフィスはもう一度、ロイスを座らせると、フリーシア同様、ナイフで服を裂き、体の肌がジンに見えるように剥がす。
フリーシアはこの屈辱に無力さが込みあがり、思わず涙を流している。
「やめろ、やめろよ!!」
ジンは前のめりになったまま下を向いてこの状況を拒絶するように目を閉じる。
「ジン、目を閉じてる場合か?助けなくていいのか?」
カリフィスはジンの様子を楽しむように眺める。
カリフィスの手がロイスの肌に触れると、肩がビクッと跳ねる。
「んんー!」
「ロイス・・・。」
ジンはロイスの叫びに顔を上げる。
ロイスは必死に身をよじるが、拘束された体では逃げることもできない。
カリフィスはその動きすら楽しむように、その手は離れない。
「やめろよ・・・!」
ジンの声は震えていた。
目の前で起きている光景を止めることができない。
ただ、見せつけられているだけ。
それが何よりも耐えがたかった。
ロイスは首を振り、必死に拒絶を示すも、それすら意味を持たない。
「やめろ、やめてくれ・・・。くそ、魔法さえ使えれば・・・。」
ヤナとも約束したんだ!
ロイスを守るって・・・!
ジンの奥底から何かが徐々に込み上げてくるのを感じる。
「─ 人間の屑が・・・。」
─ゼン!?
「─ああ、俺も胸糞だ。腹立たしい!」
─僕もだ・・・。
「さぁ、ここからが見ものだぞ。」
「・・・?」
カリフィスはそう言うと、ロイスを寝かせて太腿に手を滑らせる。
ロイスはそのおぞましい感触に、必死の抵抗をするも効力にはならない。
「何すんだ、お前・・・。」
その刹那、ジンはヤナと交わした指切りのことを、はっきりと思い出す。
─これからもロイスのこと、守ってあげてね?
約束・・・だからね。
人差し指同士で交わす指切り・・・。
何だ・・・?
視界が、揺れる?
いや、ゆっくりと流れてる・・・?
ジンの聴覚から音が消える。
ロイスの声も、フリーシアのすすり泣く声も、自分の鼓動すら遠のいていく。
二人は目の前にいて、カリフィスもいる。
なのに・・・。
何も・・・感じない。
胸を焼いていたはずの焦りも、怒りも、恐怖も。
全てがどこかへ薄れていく。
代わりに残ったのは、ただ一つの冷たい認識だった。
ジンの奥で膨らむ何かも通り過ぎて行った。
─殺す。
「─殺す。」
ジンとゼン、二人の魔力が膨れ上がり、二つの魂がぶつかるでも、溶け合うでもなく・・・。
ただ、交差する。
魔法を使えなくする魔道具は、二人の聖魔人の膨大な魔力に耐えきれず、粉々に砕け、縄は弾けた。
カリフィスはゾッとするような魔力に反応し、手を止めてそちらに視線を移す。
その視界に入ったのは、拘束されたはずのジンが立ち上がった姿だった。
「拘束して魔法も使えないのに、何で立ってられる!?」
カリフィスはその姿が信じられないと言いたげな表情をしていたが、その言葉は彼らに届かなかった。
静かに開かれたその瞳は、左目は薄い紫色を、右には深い青色。
異なる光を宿した瞳が、ただ、まっすぐにカリフィスを射抜く。
「カリフィス・・・。」
「カリフィス・・・。」
僅かに遅れて二つの声が重なる。
「お前は僕を怒らせた。」
「お前は俺を怒らせた。」
二人の声に、温度は無かった。
カリフィスの背筋に、言いようのない寒気が走る。
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