第1話 名の無い絵本と異界の門
部屋の静けさの中、本棚に手を伸ばしたその時だった。
コトッ━━━
一冊の本が指先に触れることなく滑り落ちた。
それは、名の無い絵本だ。
床に落ちたそれを拾い上げる。
少し色褪せた表紙、見覚えがある。
「・・・懐かしいな、この本。」
思わずそう呟き、絵本を開く。
その瞬間──
絵本の文字にノイズが掛かる。
「・・・ん?」
目の霞か、違和感に思わず目を擦り
もう一度絵本へと視線を戻す。
本は・・・何とも無い。
一瞬だけ文字が読めなかった?
いや、違う。
読めない文字に見えた気がした。
「何だったんだ?今の・・・。」
気のせいか、と思いながらページをめくる。
その度、鮮明に小さい頃を思い出す。
「──これはな、この世界に一冊しか無い絵本だ。」
「これは異世界からやって来た聖魔人とその仲間達の物語である。
この世界が闇に覆われ、人々の抵抗は届かなかった。
闇に包まれ、支配されようとした時──
そこに現れたのは聖魔人と呼ばれる存在だった。
長い戦いの末、闇は退けられ、この国に平和が戻った。」
父親の声はそこで途切れ、静まり返った部屋に
はっ!と我に返る。
「そういえばこの本・・・誰が作ったんだ?」
ジンは不思議に思いながら本を閉じ、その絵本の表紙を少し眺めて本棚に戻そうとした。
その時、コンッ、コンッ、コンッとドアを叩く音が聞こえた。
「ジン?ご飯出来たわよ。」
母親が晩御飯の準備が出来た事を教えに来てくれたのだ。
「はーい、今行く。」
そう、返事を返して絵本を本棚にしっかりと戻す。
一瞬だけ手が止まったが、気にすることなく部屋を後にした。
リビングに入ると、暖かい匂いが広がっていた。
テーブルには既に料理が並べられている。
席に着くと、母がどこか優しげに微笑んだ。
「いただきます。」
「いただきます。」
しばらく穏やかな時間が過ぎる。
食事をしながら、ふと思い出したかのように母親が口を開いた。
「そう言えばジン、明日は誕生日でしょ?」
「・・・うん、そうだね。」
「今日はあんまり夜更かししちゃダメよ?」
「分かってるよ。」
少し笑いながら答える。
晩御飯を食べ終わり、自分の部屋に帰ってきて
そのまま仰向けにベッドへと倒れ込んだ。
そっか、明日で十五になるんだな・・・
そんなことを考えていたら急に睡魔に襲われた。
なんか、急に眠くなってきた・・・。
ジンはそのまま眠りに付いた。
「・・・ン、ジ・・・ン、ジン」
───夢の中、白い影が名前を呼ぶ。
「誰だ?」
ジンは白い影に手を伸ばす・・・。
手が白い影に触れた時、ジンは目を覚ました。
「はぁっ!はぁっ!」
呼吸は荒く、鼓動が鐘の様に早くなり、油汗をかいていた。
ジンは息を整えながらふと、時計に目をやると時刻は11時30分だった。
「まだ、こんな時間か・・・」
ジンは額に腕を当て、ゆっくりと深呼吸をした。
呼吸も鼓動も落ち着いてきた頃、体勢を横に変えて、もう一度寝ようと試みた。
しかし、胸の奥が嫌に締め付けられる。
「散歩でもするか・・・。」
ジンは気づけば玄関へ向かっていた。
靴を履き、玄関から出ると、ジンは行く宛ても決めず、気づけば歩いていた。
絵本、読めなかった文字、夢・・・
そのことを考えると、頭の中がざわつく。
「ああ!考えても分っかんね!」
ジンはそう漏らしながら空を仰いだ。
満点の星、なんだかいつもより明るく輝いて見えた。
不思議に思ったジンは辺りを見回した。
時計台のある中央広場まで歩いて来てることに気づく。
「なんだ、こんな所まで来てしまってたんだ。」
ふと、周囲の異変に気づく。
「この時間だといつもはもっと家に電気が付いてるのに・・・。」
そう、街中の電気が全て消えていた。
ゴォォン!ゴォォン!
時計台が深夜零時の時刻を伝えると同時に足元が
光出した。
「な、なんだ?」
光はやがて魔法陣を描き、音をたてながら地面から扉が出現する。
ゴゴゴゴゴゴ!
ジンの身長をゆうに越して、そして分厚い鉄の扉。
その傍らには扉と同じぐらいの高さの仮面を被った
何かが存在していた。
呆気にとられている暇も無かった。
仮面の存在が、静かに口を開いた。
「──その扉の先は、君の知る世界ではない。」
「いや、良く知っている世界だ。」
何重もの声が低く響く。
「・・・何なんだよ、これ。」
ジンは一歩後ずさる。
「幻界へと繋がる門だ。」
「幻、界?」
現実味がない。
だが、目の前の光景がそれを否定させない。
「今、その世界は滅びに向かっている。」
「・・・え?」
「闇に呑まれ、やがて全てが消える。」
心臓がドクンと鳴る。
「・・・なんで僕にそんな話をするんだ?」
仮面の奥から、鋭い視線を感じる。
「君だからだ。」
「意味わかんないよ!」
苛立ち混じりに吐き捨てる。
だが──
「本当に、そう思うか?」
「・・・っ」
その一言で、胸の奥がざわつく。
思い出す。
読めなかった文字。
夢の中の声。
なぜか感じていた違和感。
「君は普通ではない。」
「・・・。」
何故か否定できない自分がいる。
「この門をくぐれば、もう元の日常には戻れぬかもしれん。」
「そんな・・・。」
静寂が訪れる。
逃げる理由は、いくらでもある。
「だが──」
仮面を被った存在が続ける。
「行かねば、あの世界は確実に滅びる。」
その言葉が、ジンの心に重くのしかかる。
ジンは俯く。
そして、小さく笑った。
「なんだよ、それ・・・。」
顔を上げる。
「選べ、ということ?」
返事はない。
だが、それが答えだった。
「・・・はぁ。」
深く息を吐く。
「訳がわかんないけど・・・。」
一歩、扉に近づく。
「このまま何も知らないままの方が、気持ち悪い。」
光が強くなる。
「・・・行くよ。」
仮面を被った存在に視線を移した。
その瞬間──
扉が轟音と共に開いた。
ゴゴゴゴゴゴ……
「──来い。」
ジンは迷わず踏み出した。
父さん、母さんごめん・・・。
僕、行ってくるよ。
眩い光がジンを包み込む──
この先に降りかかる、理不尽な運命に立ち向かうことになることなど、ジンは知る由も無かった。
最後まで読んで頂きありがとうございます✨️
異界の門から始まる異世界ファンタジー
少しでも続きが気になって頂けた方
ブックマークと評価、感想やレビューを
よろしくお願いします!
励みになります




