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後編

よろしくお願いいたします。

「お断りします!」

「「「えっ?」」」


 ルルティナの言葉にその場に居た者たちは皆、呆気にとられた。


 ここは王城の謁見の間。玉座に座る国王夫妻と傍らに立つ王子たち、その前に跪くバラモンド侯爵親子が居た。


「ルル、これは名誉な事なんだよ?」

「ルルちゃん、どうしたの? 貴女らしくないわ」


 ルルティナは両親の言葉に苦笑する。


(でしょうね。生前のわたくしは淑女の鑑とまで言われた令嬢だったのだから……この話を断るなんてあり得ないのでしょう……でも)


「わたくしでは聖女様の淑女教育など烏滸がましくて出来かねます。もっと相応しい方を選んでくださいませ」


(同じ道を歩んで殺される訳にはいかないのよ!)


 ルルティナの心の中は怒りに燃えていた。目の前には生前自分を死に追いやった面々が顔を揃えている。特に第一王子アーサーには今直ぐにでも息の根を止めてやりたいくらいの憎悪を抱いていた。


「ルルティナよ、そなたはアーサーの婚約者候補の中で一番優秀だと聞いている。右に出る者など居ない筈だ」

「そうですよ、ルルティナ。温和で清楚な貴女が平民から出てしまったあか抜けない聖女を何処に出しても恥ずかしくない立派な淑女に教育して欲しいわ」


 ひと月前に身体から光を発したシルミーナは神殿から聖女認定を受けていた。その後国王によって囲い込まれ王宮に居を移している。


「若輩者のわたくしより年配のご婦人の方々が相応しいのではないでしょうか?」

「実は熟年の婦人たちに教育を任せていたのだが……聖女が恐縮して上手くいっていないのだ」

「そうなのよ。だから同年代の貴女に白羽の矢が立ったの」


「ですが……」


「これは王命だ。覆す事は出来ぬ」


 しびれを切らした国王が王命を持ち出してきた。これでは断ることは出来ない。「式典までには立派な淑女にしてくれ」と言う国王の言葉に俯きながら下唇を噛むルルティナ。運命は変えられないのかとこれまでの事が脳裏をよぎった。


 □


 逆行転生して暫く経ったある日、バラモンド家に王家から茶会の招待状が届いた。


「ルル……お嬢様、旦那様がお呼びです」


 ルルティナは侍女アーサーに声を掛けられ(やっぱりきたか、クソ王家)と心で悪態をついた。


「きっと、わた……アーサー王子の婚約者選びですね」


 侍女アーサーは前世でのルルティナとの茶会を思い出し(あの日のルルは初々しくて可愛かったな)と、心がほんわかと温まっていた。


「チッ」

「えっ?」

「面倒だわね、仮病使おうかしら」

「ええ……!?」


 ルルティナの舌打ちと言葉に心を抉られる侍女アーサー。ほんわかと温まっていた心の温度が一瞬で氷点下にまで下がった。


「お嬢様は、王子との婚約をお望みではないのですか?」

「無い! あんな頭と性格が悪そ~うな顔だけ王子なんて金貨を積まれても嫌っ!」


 そんな風に思っていたんだ……と言う言葉を飲み込み心で血の涙を流す侍女アーサー。しかし、侍女アーサーは打たれ強かった。


「お嬢様は誤解しておられます! アーサー様は立派な王子です! 心優しく文武両道、慣れない公務も頑張っていらっしゃいます!」


 とんだ自画自賛である。


「やけに詳しいわね? まさか……」


 ルルティナの言葉にギクリと肩を震わす侍女アーサー。バレたのか? 中身がアーサーだとバレてしまったのか!? ゴクリと生唾を飲み込み冷や汗を流す。


「アーサー王子をお慕いしているの?」

「それは無い!」


 何故、己自身をお慕いしなければならんのだ! と心で突っ込む侍女アーサー。


「ほら、ごらんなさい」

「うっ……ぐっ……」


 そうじゃ無い! そうじゃ無いんだと弁解したくても出来ない侍女アーサーだった。


 その後ルルティナは茶会に無理矢理参加させられ婚約者候補に選ばれた。


 余談だが、茶会から帰ってきたルルティナに侍女アーサーがワクワクしながら王子の印象を訊いたところ「馬鹿に磨きがかかっていたわ」と返され(もっと頑張れ! 私!)と落ち込んだのだった。


 □


 そして現在、変えられない運命に歯噛みしつつ、それならば返り討ちしてやると心に決めたルルティナだった。


「畏まりました。謹んで聖女様の淑女教育をお受けいたします」


 ◆


(今の私って、身の程知らず……だよね?)


 神殿で聖女認定されたシルミーナは小さな町から王都へと連れて来られ今や高貴なご令嬢のような扱いを受けていた。住む場所も王族が住まう王宮へと移され身の回りの世話も王宮侍女が行っていた。それは聖女が他国へ移住しない為の措置だ。


 この国に聖女が誕生したのは二百年ぶりだった。知らせを受けた国王は直ぐに動いた。「囲い込め! 他国に渡してなるものか」と。聖女の不思議な力は滞在する国内でしか発揮されないのだ。


 囲い込まれたシルミーナは至れり尽くせりの高待遇を受けていた。王子や国王よりも気を遣われていると言って過言では無い。


「聖女様、何でもお申し付けくださいませ」

「聖女様、ご不便は御座いませんか?」

「国王陛下が宝石商を手配して下さいました」

「このドレスは王妃様からの贈り物です」


 シルミーナは身悶える。いつかこの待遇に不満を持った王侯貴族の面々が私を糾弾してくれる筈だと。取り囲まれて罵声を浴びる日が来る筈だと……。


「すみません! また失敗してしまいました」


「失敗しても大丈夫ですわ、何故なら聖女様なのだから」

「そうですわ、お勉強は止めてお茶にしましょう」

「もういっそ、式典は代役で良いんじゃありませんこと?」

「「「それですわ~」」」


 しかし、いくら待ってもそんな日は来なかった。聖女様、聖女様と傅かれる日々。近々執り行われる聖女誕生の式典に向けての淑女教育も教師陣は甘々で少しも罵ってはくれなかった。シルミーナはまたしても絶望を味わっていた。


(年配のご婦人方は駄目だ! 孫か娘のように接してくる。もっと若い情熱が必要なのよ! 主に私に嫉妬と憎悪を向ける令嬢の情熱が!)


 そしてひと月が過ぎた頃、王子マーサがシルミーナの下へとやってきた。


「何か困った事はないか?」


 シルミーナはチャンス到来とばかりに顔を曇らせ俯いた。


「どうされた? 何か気に病むことがあったのか?」

「あの……実は式典に向けての淑女教育が少しも進まなくて」

「ああ! 成る程……式典はパレードと晩餐会と舞踏会だったね」

「はい、パレードは問題無いのですが食事のマナーやダンスが上手に出来ないのです」

「だったら代役を立てたら良い」


(お前もか!)


 心で悪態をつきながら、よよよと目に涙を溜める。


「代役を立てると言うなら私はこの国に必要ないのではないですか? うっ……うっ……」

「それは誤解だ! あくまでも式典の場での代役でシルミーナはこの国に必要だ!」

「でしたら代役など用意せず私を厳しく指導して下さい」

「分かった! 厳しい教師を探そう!」

「出来れば同世代のご令嬢が良いのですが……」


 こうしてルルティナに白羽の矢が立ったのだ。


 そして後日、ルルティナとシルミーナの顔合わせが行われた。


 顔合わせは王宮のサロン。ルルティナ、シルミーナ、侍女アーサー、王子マーサが一堂に会した。


 ルルティナの目の前には憎き相手の聖女シルミーナ。ルルティナの手に握られた扇子がギリリと音を立てる。俯き加減だったシルミーナがその音に反応して顔を上げるとルルティナと目が合った。


「初めまして、聖女様。ルルティナと申します」

「あっ、初めましてルルティナ様、どうぞシルミーナと呼んでください」

「わたくしの指導は甘くありませんよ? 覚悟なさってね」

「はい! よろしくお願いします」


 シルミーナはルルティナの瞳の奥の憎悪を本能で感じ取っていた。そしてルルティナはシルミーナの僅かにほころぶ口元を見逃さなかった。


((この女、私を陥れようとしている))


 感情は真逆だが二人の心の声が一致した瞬間だった。


 そしてその陰で王子マーサは呟いた。


「あの侍女は……私?」


 ■


「私……記憶が戻ったみたい」

「「えっ? 今?」」


 ルルティナとシルミーナの顔合わせが終わり王子マーサは信頼する侍従と護衛騎士の二人と自室に戻っていた。侍従が茶を淹れ一口飲んでからの台詞だった。


「良かったですね! まあ、戻ったからと言って既に立派な王子ですから何の問題も無いじゃないですか」

「ですよね? まあ、今更感が否めませんが」


 アハハハと乾いた笑いがこだまする中、王子マーサは深い溜息を吐いた。


「問題大ありなのよ! 私、どうしたら良いの?」

「殿下? 口調が女性っぽくなっていますよ?」

「まさか……元の殿下はそっち系?」


 ダンッとテーブルを叩きキッと二人を見上げる王子マーサ。叩いた拍子にカップの紅茶がソーサーに零れた。


「私、アーサー王子じゃないわ! マーサ・ジェイクよ!」


「「…………はい?」」


 目が点になる二人を置き去りに王子マーサは頭を抱え項垂れた。


「二年前までは間違いなく子爵家の次女マーサだった! 奉公先のバラモンド邸で侍女見習いをしていたのに目が覚めたらこの部屋にいたのよ。どこだろうって部屋を出たら怖い顔の護衛が居て……その時は地獄の門番と思ったから逃げ出して……階段から落ちたのよ」


 二年前からの記憶喪失は意識下でマーサがとった防衛本能だった。


 事故当時は頭部の強打による一時的な記憶障害。そしてその後無意識に記憶喪失と言う名の現実逃避をしたのだ。


 ――ある日突然下級貴族の令嬢が自国の王子になったのだから。


「にわかには信じられませんが……」

「本当だってば! 私だって何が何だか分からないんだから!」


 冷や汗を流しながら呟く護衛に大声を出す王子マーサ。侍従が零れた茶を拭きながらニコリと微笑む。


「成る程……これはきっと神々の悪戯ですね」


 侍従の言葉に、お前何言ってんの? と言う顔を向ける護衛。王子マーサはポカンとしたまま「神々の悪戯?」と呟いた。


「悪戯好きの神に魂を入れ替えられたのです」

「えええ! そんな事があるの!?」

「よく有る事です」


 いや、無いだろう! と視線で訴えるも気付いて貰えない護衛だった。


「じゃあ、私の身体にはアーサー王子の魂が?」

「はい、そうなりますね」


 侍従は心でほくそ笑む。またひとつ輪廻界支部の神々を破滅させる証拠が見付かったと。

 そう。何を隠そうこの侍従、破壊神弟のカイだったのだ。下界に降り立って二年、輪廻界の支部の神々を糾弾する証拠を着々と集めていた。


 一方、護衛は心で慌てふためく。無かったこと作戦に問題が生じてしまっているぞと。

 そう。何を隠そうこの護衛、輪廻界の平の神クロウだったのだ。上司命令で嫌々下界に降り、取り敢えず王宮に潜伏しとこうと護衛騎士になったのだ。


「じゃあ、何故ここに乗り込んでこないのかしら?」

「きっと、愛するルルティナ嬢の傍に居たいのでしょう」

「まあ! きっとそうだわ!」

「はい。問題解決です!」


 なんだかんだと一件落着したが、問題はひとつも解決して無い!


 一方、クロウは魂入れ替わり事件が《無かったこと作戦》で起きたミスだと気付く。これは上司に連絡する案件か? しかし問題なさそうだ。よし、聞かなかったことにしよう! と自己完結した。上司が上司なら部下も部下だ。


 お前たち、そういうとこだぞ。


 ◆


「昼間のマーサ嬢の話どう思う?」


 受け入れるの早いな、と殿下呼びからマーサ嬢呼びに変わっているカイに苦笑いのクロウ。


「神々の悪戯で魂が入れ替わっているって話か? いつもの殿下の冗談だろ」

「そうかな? 俺は真実を言っていると思う」


 実はこの二人、二年前に知り合ってから割と仲の良い間柄だ。今も城下町の飲み屋で酒を飲み交わしている。言わずもがなお互いの正体には気付いていない。


「あり得ないだろう? 俺たちを驚かせたいだけだよ」


 まあ、実際はミスが起きて魂が入れ替わっている訳だけど天界にバレなければ問題無い! と心で呟くクロウだったが、次のカイの言葉に飲んでいた酒を思い切り噴き出した。


「クロウ殿は信じられないかもしれないが……実はこの世界、時間が巻き戻っている」


「ブオッホ!!」

「おいおい、大丈夫か?」


 ゴホゴホと咳き込むクロウの背中を擦るカイ。意外と優しい破壊神。


「なっなななっ何だって!?」

「信頼に値するクロウ殿だから話すけど……」


 カイはクロウに顔を近付け耳打ちする。


「実は俺、神なんだ」

「かっかかかっ」

「しっ! 誰かに聞かれたらマズい!」

「おっおう……」


 クロウは悩んだ……この男はどっちだと。


 ひとつは我こそは神だと名乗るイタい人間か、もうひとつは正体を隠し下界に降りた本物の神か。


 そして結論付ける。魂の入れ替わりを冷静に判断し、時間の巻き戻しに気付いたと言う事は本物の神だと。


 そして疑問に思う。


 一体この世界に何しに来たんだと。何処の神なんだと。まさか全知全能の神の使いで来たんじゃないだろうなと。自分の正体を隠しながら訊き出すにはどうしたら良いんだと。


「俺は兄者の無念を晴らす為に下界に降りてきたんだ」


 訊かなくても勝手に疑問に答えてくれる優しい破壊神。


「兄者の無念? あっお酒が空だね、お姉さん同じものをお願い」


 クロウは酔わせて吐かせる作戦を始めたようだ。


「兄者は外道な奴らに寄ってたかって葬られた」

「寄ってたかって? なんて奴らだ!」


 兄者生きてるし、なんて奴らの筆頭はクロウ、お前だ!


「だから俺は今、奴らに復讐するため動いている」

「奴らって誰の事かな? さあさあ飲んで!」

「輪廻界の支部の奴らさ!」

「あ~成る程~分かってきたぞ~さあさあ飲んで!」


 どうやらクロウはカイの正体に気付いたようだ。


「だから俺は奴らが犯した禁忌の証拠を集めて全知全能の神に密告しようと思っている」

「禁忌の証拠ね~? それは何処にあるのかな? さあさあ飲んで!」

「俺の隠れ家にある! 今度クロウ殿を招待しよう!」

「嬉しいな~絶対だよ!」


 カイ、万事休す。証拠は隠滅され、お前は葬られる運命だ。


 ◆


「やっと巡り会えた理想の方……あああ! あの親の仇を見るような憎しみの籠った眼差し! 凍えるような冷たい声! 私、耐えられるかしら? 思わず『もっと欲しい』と叫んでしまいそう!」


 深夜、王宮の一室で寝台に寝転び身悶えているのは言わずと知れたシルミーナだ。昼間、ルルティナとの顔合わせを終え期待と興奮で眠れない夜を過ごしていた。


「それとルルティナ様の侍女! 私を虫ケラでも見るような苦々しい顔にも心躍らされたわ!」


 まごう事無き変態である。変態の聖女で大丈夫なのか? この国。


「でも……二人だけでは足りないわ! もっと大勢に囲まれて罵られたい! 何か良い方法はないかしら?」


 深夜の王宮の寝台の上でウンウンと唸る変態。扉の外の護衛が心配そうに様子を窺っている。


「そうだわ! 前世で読んだ小説に婚約者のいる殿方と恋に落ちる平民の話があったわ! そしてその平民は……ふふふふ」


 深夜の王宮の寝台の上で不気味に笑う変態。扉の外の護衛が顔面蒼白で震えている!


「婚約者とその取り巻きに虐められる……」


 そして次の日。


「何回同じ事を言わせますの!? もっと足を下げて!」

「は、はい!」

「顔は正面を向きなさい!」

「は、はい!」

「プルプルしない!」

「は……はい♡」


 鬼と化したルルティナによる淑女教育が行われていた。前世の恨みを込めた猛特訓、もっと苦しみなさい! 足腰立たなくなるまで解放してあげないわ! と意気込んでいる。


 結果、シルミーナをこの上なく喜ばせた。


「ルルティナ嬢、聖女様が苦しそうだ。少し休んだほうが良いのではないか?」


 顔を真っ赤にしてハアハアと荒い息を吐くシルミーナ。見かねた王子マーサが声を掛ける。だがよく見ろ! それは苦しんでいるのでは無い! 喜んでいるのだ!


 そしてシルミーナは考える。ここで王子に助けを求めしな垂れ掛ったら周りの反感を呼ぶのではないかと。婚約者を誘惑する阿婆擦れと罵られるのではないかと。


「あら、この程度で音を上げるようじゃわたくしの教育にはついてこられないわ」

「しかし、聖女様が倒れでもしたら大ごとだ!」

「厳しくしてと言ってきたのは聖女様ですよ?」

「私には王族として聖女様を守ると言う使命がある! 休ませるんだ!」

「はあああ、だったらわたくし教育係を辞退しますわ」


 矢張りこうなるのね、とルルティナは落胆した。運命を変えられないのなら関わるべきでは無いと。


 一方、シルミーナはジレンマに襲われていた。ルルティナ(目の前にある餌)を取るか、王子(将来たくさん食べられる餌)を取るか。


「殿下、私は大丈夫ですから邪魔しないでください!」


 真顔で目の前の餌に食らい付いた。


「だそうです殿下。邪魔なので退室をお願いしますわ」

「わ、分かった」


 叱られた犬のようにしょんぼりと退室していく王子マーサ、護衛のクロウと侍従のカイが後ろを付いていく。


「さあ、邪魔者は居なくなりましたわ。お望み通りビシバシしごいて差し上げますから覚悟なさい!」

「はい! 喜んで!」

「喜んで?」

「あっ! 本音が……間違えました!」


 二人の様子を見ていた侍女アーサーが何事かと駆け付ける。


「おい貴様! お嬢様に何を言った!?」

「き……貴様♡ 久し振りに呼ばれた」

「貴様の魂胆はお見通しだ! 誰も見ていない事を良い事に王子に泣きつき、お嬢様を陥れようとしているだろう!」


 シルミーナの胸ぐらを掴み罵声を飛ばす侍女アーサー、シルミーナの顏がみるみる喜びに染められていく。シルミーナのタガが外れた瞬間だった。


「何か言ったらどうだ!」

「もっと欲しい」


 ゾゾゾ!! 侍女アーサーとルルティナの背筋を冷たい何かが這いあがる。悪寒とも言う。


((矢張りこの女は危険だ!))


 二人の心の声が一致した。


「お嬢様、逃げて!」

「駄目―! もっとください! ルルティナ様―!」

「いやああああぁぁぁ!」


 バーン!


 ルルティナの悲鳴で退室していた三人が戻ってきた。


 逃げ惑うルルティナと侍女アーサー。追いすがる聖女シルミーナ。そんな混沌たる状況について行けない王子マーサと護衛クロウ。


 ただひとり笑いを噛み締める侍従カイ。


「禁忌の証拠が揃い踏みだな。今こそ全知全能の神を呼び出し、輪廻界の奴らを糾弾してやる!」


 カイの言葉を聞いたクロウが舌打ちした。


「偉大なる全知全能の神よ! 我の言葉をお聞きください!」


 その時、眩しい光が辺りを包み込んだ。


 ◆


「ここは……?」

「う……ん……」

「あれ? 私……」

「えっ? えっ?」


 真っ白な空間で目覚めたのは……ルルティナ、侍女アーサー、王子マーサ、シルミーナの四人だ。


 ⦅こんにちは諸君、お目覚めはいかがかね?⦆


 空間に響き渡る声に全員がピクリと肩を震わす。ルルティナと侍女アーサーは抱き合い、王子マーサはポカンと口を開け、シルミーナは歓喜に震えていた。


「一体ここは何処なのですか!?」


 流石、淑女の鑑ルルティナ。皆を代表して疑問を口にした。


 ⦅ここは……下界の異空間。諸君らが住む世界の時間を止め、ここへ招待した⦆


 また時の神を使ったな。


「あなたは一体何者?」


 ⦅俺は……ゴホン!我は神。諸君らの住む世界の崩壊を回避したとても偉い神だ⦆


「世界の崩壊? 矢張り時間が巻き戻ったのは神の御業か……そして世界を崩壊させたのは……」


 侍女アーサーがルルティナを抱き締めたまま声を荒げる。そしてシルミーナを指差し叫んだ。


「この悪女だ!」

「はうっ!」


 何故悪女と呼ばれているのか分からないが罵倒され喜ぶシルミーナ、ブレないなコイツ。


 ⦅以前、この世界を崩壊させようとしたのはシルミーナの身体を乗っ取った破壊神だ。今のシルミーナは関係ない⦆


「えっ? うそ……」

「邪悪な気配を感じたのに……」


 衝撃の事実を聞かされ反省するルルティナと侍女アーサー。


「きつく当たってごめんなさい」

「知らなかったとはいえ聖女様を罵倒するなんて……申し訳ない」

「いえいえ、出来ればそのままで」

「「えっ?」」


 ⦅さて、本題に入ろう⦆


 微妙な空気を一新するいいタイミングだ、クロウ!


 そう、威厳に満ちた喋り方をしているが声はまんまクロウだ。きっと上司に押し付けられたのだろう。


 あの眩しい光は時を止める光だった。その後カイは取り押さえられバク同様ボコボコにされ逃げ出さないよう拘束されている。そして予めクロウが掴んでいた隠れ家から証拠となるルルティナたちの言動を残したデータを破壊し証拠隠滅を図った。


 しかし、全世界の人々の中からこの四人を探し出したカイは矢張り優秀だ。


 ⦅諸君らは本来無い筈の記憶を持って転生してしまった⦆


「えっ? そうなの?」


 今まで口をポカンと開けて固まっていた王子マーサが、やっと正気を取り戻したようだ。


 ⦅えっと……殿下は特殊なんで後で説明するよ⦆


「はーい」


 ルルティナに知られたら社会的に抹殺される侍女アーサーに配慮しての言葉だった。空気読めるじゃないか、クロウ!


 ⦅単刀直入に言おう! 次の転生時、特典つけるからこの事は墓場まで持っていってくれないかな?⦆


 地が出ているぞ、クロウ!


「特典とは?」


 食い付き早いな、シルミーナ!


 ⦅ん~? 例えば大富豪の家に生まれるとか?前世の記憶持ちだとか? 凄い能力持ちだとか?⦆


「いくつか特典つけてくれれば墓場まで持っていきます」


 欲望の為なら妥協しないな、シルミーナ!


「わたくしは今世で長生きできれば特典は要りませんわ」

「私もお嬢様と共に長生きしたいです」

「まあ、わたくしと共に? それは嫌だわ」

「お嬢様~!」


 ⦅えっと……侍女殿も後で話がありますから残って下さい⦆


「はあ? 何故?」


 ⦅アンタの為だ! 察しろ!⦆


 そして別の異空間に移動してきた侍女アーサーと王子マーサ。


 ⦅君たちは魂を間違えて入れてしまったらしい⦆


「えっ? 神々の悪戯じゃなかったの?」

「私が二人居る訳ではなかったのか」


 ⦅で? どうする? 元に戻る?⦆


 う~ん? と首をひねる侍女と王子。


「どうします? アーサー様」

「ルルと結婚出来るのなら元に戻りたいけど、望み薄いからな」

「そうなんですか?」

「君と顔を合わせて帰って来るなりバカ王子と連呼していたよ」

「ルルティナお嬢様、酷い!」


 結局二人は元には戻らず、その事も墓場まで持っていくことにした。そして侍女アーサーはこっそり来世でルルティナと結ばれる特典を付けてもらうようお願いしていた。


 再び時間が動き出し神と制約を交わした四人の人生が始まる。


 その人生に幸多からんことを願う。


 ◆


「フンコロガシに転生されるのだけは何だか嫌だな……」


 無かったこと作戦から早や十年、果ての果ての世界は穏やかに時を刻んでいた。


「どうしたんだ? アレ」

「さあ? さっきからあの状態だ」


 輪廻界の支部の神々がアレ(上司)を指差しコソコソと耳打ちしている。そこへ慌てた様子で下界から戻ってきたクロウが駆け寄ってきた。


「大変だ! 創世の女神がこの支部に来るらしい」

「何だって!?」

「一体何をしに!?」


「もしかすると……無かったこと作戦がバレたのかもしれない」


 その言葉に支部の神々がポカンと口を開ける。


「そんなバカな」

「作戦は問題無く完遂した筈だ」

「ああ! 寝る間も惜しんで完璧に仕上げたんだから」


 どの口がそれを言う。


「きっと他の用事で来るんだよ」

「だよな! 他の世界の事だと思うぞ」

「絶対、果ての果ての世界の事じゃないさ」


 神々がざわつく中、女神到着の知らせが届いた。支部の面々は一同会議室に集められ整列させられた。創世の女神が冷ややかな眼差しで集まった支部の神々を見渡す。上司の喉がゴクリと鳴った。


「果ての果ての世界に問題が生じました」


(((バレてるーー!!)))


 上司筆頭に支部の神々は心で絶叫した。完璧と豪語した作戦は蓋を開ければ穴だらけ、バレない訳がない。しかし時間を巻き戻したと言う証拠は隠滅した、一縷の望みを掛けて続く言葉を聞く。


「天界の禁忌に触れる事なのだけれど」


 終わった、減給確定だ、いや間違いなく天罰だ、と心で嘆き悲しんだ。この際、時の神も道連れにしてやろうと過激な事を思っていたのはクロウだ。


 しかし女神の次の言葉に一同は戦慄する。


「創世の女神とした事が重大なミスをおかしていたの、テヘ」


 舌を出し頭をコツンと自分で叩く女神を目の当たりにして支部の神々はポカンだ。何やってんだコイツ? とか、バレたんじゃなかったのか? とか突っ込みたいが突っ込めない状態。上司に至っては(あまりの恐怖に)意識を飛ばしていた。


「重大なミスとは?」


 シンと静まり返る室内に勇気ある神の声が響いた。勇者だ! いや実際は平の神クロウなのだが……女神は一同に視線を向け微笑む。ちなみに上司はまだ意識を飛ばし中だ。


「聖女が通う学園を創り忘れていたの」

「聖女が通う学園?」

「そうなのよ~果ての果ての世界は乙女ゲームを実体化した世界なの! その舞台である学園を創り忘れてたのよ~」


「乙女ゲームですか」


 乙女ゲーム、とある世界で婦女子がこぞってプレイすると言われている娯楽の事だ。ヒロインと呼ばれる平凡な少女が攻略対象と呼ばれるイケメンをあの手この手で落とし疑似恋愛を謳歌するというご都合主義ゲーム。


 どうやら果ての果ての世界は創世の女神が乙女ゲームを真似て創った世界らしい。


「ところで、サラージュ王国に聖女が誕生している筈だけど……何歳になったか分かる?」

「確か……二十三歳になった頃かと……」


 無かったことにされなければ三十三歳なのだが言える訳がない。


「やっぱり遅かったか」

「何が遅かったのですか?」

「学園は十五歳から通うのよ、二十三なら完璧アウトだわ」

「そうですね」


 だったら学園創るの諦めて帰ってくれ、と皆が心で叫んだ。だがしかし女神は諦めなかった。


「時の神を拉致して時間を戻して欲しいのよ」


 爆弾発言に支部の面々は驚愕する。


「心配しなくても彼の弱み(浮気の証拠)は握っているわ」


 懲りないな、時の神!


「しかし、全知全能の神にバレたら……」

「全世界を監視している御方なのよ? こんな果ての果ての世界なんて眼中にないわよ」


 ところがどっこいガッツリ監視しているよ。


 自己紹介がまだでしたね? どーも、全知全能の神です。


 さて、コイツ等どうしてくれよう?


 創世の女神に唆されて、また下界の時間に干渉したら女神共々天罰確定にしようかな。漏れなくフンコロガシ転生ね。


 だって今の果ての果ての世界はこの全知全能の神のお気に入りだからね!




 無かったことにはさせないよ!



読んで頂きありがとうございます。


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