あの人の名は
俺は小さな頃からモテていた。小学校で告白され、中学で告白され、高校に入った今でもすでに何人かから告白された。
だが俺は誰かと付き合う気は到底起きなかった。
その原因が二人の姉と妹だ。
姉達は俺がモテると見越してか、昔から女とは何か、女の顔は化粧で造ってる、男に媚びて生きている、女の話には必ず裏がある言ってることを鵜呑みにするな、などなどいかに女性が危険かをことあるごとに言っていた。
そして一つ下の妹も俺が誰かに告白されるたび、その人は二股してるだとか、俺と付き合うために誰かと別れたなど秘密を言ってくるもんだから余計に女性と付き合うのが怖くなってしまった。
そう俺は女性恐怖症になっていたのだ。と言っても普通に会話は出来るし触れることも出来る。ただ付き合って深い関係になるのが怖いだけなんだ。
その俺が初めて好きになったのがあの人だ。
この前の日曜日、家にいても姉妹達がうるさいから家を出た俺は立ち読みでもしようかと思い、それならたまには大きな店舗へ行こうと少し離れた場所にあるソフトオンへと出かけた。
そこで俺はあの人に出会った。
ソフトオンに来た俺はスポーツ用品でも見てから漫画を読もうかと思いながら歩いていたら、そこで知った顔を見かけた。
一人は学校で有名な早乙女姫子先輩。成績優秀スポーツ万能、美人で性格も明るく優しいと男子も女子も惚れてしまうような完璧な人だ。
もう一人も友達から聞いたことがあった。清水想叶さんだ。その友達が言うにはこの学年でもトップクラスの美人らしいが普段大人しく目立たないため、それに気付いてる人は少ないとか何とか。
そんな二人が並んでいる光景に知り合いだったのか程度に思って見ているとそこにもう一人女の子がいるのに気が付いた。
この二人と共にしているのがどんな人か気になり顔を覗いた瞬間、全身に衝撃が走り鳥肌が立った。この時はわからなかったがきっとこれが一目惚れという奴だと後からわかった。
すぐに異常は治まり、何だったんだと不思議に思いつつも小柄で可愛いと思っていた。だがここで姉妹達の言葉が脳裏を過ると一瞬で冷めた気持ちになってしまい、俺はその場を後にした。
その後、スポーツ用品をざっと見ながら漫画のコーナーに行くとそこにあの小柄な子が漫画を読んでいた。
何を読んでいるのか気になった俺はそっと隣に行き見てみると、なんとその漫画は俺が好きな少年漫画だった。姉妹達が見るようなラブコメ要素などほぼ無いバトルファンタジーの漫画だ。姉妹達には子供っぽいと馬鹿にされているが俺はこれが好きだった。
こんな可愛い人でもこの漫画を読むのかと驚きながらも、この漫画の良さがわかる女性がいたことが嬉しく思った。横で真剣に漫画を読んでは面白かったのか時に微笑んでいるこの人は姉妹達が言うような女性では無いのではと思えてくるほど自然な笑顔を浮かべていた。
そして気付けば俺はもっとこの人のことを見てみたいと思い、後を付けた。
早乙女先輩と清水さんが選んだ服を着たあの人はどちらの服も似合っていた。さりげなく荷物を持ってあげる優しさも持ち合わせていた。電車内で倒れそうになり助けられたとき、恥ずかしそうにお礼を言ったときも可愛らしかった。商店街でベンチに座っているだけでも絵になるように思えた。
だがそこで問題が発生した。
いつの間にか大学生らしき人達が二人の前に立ち塞がり、何やら笑ったり怒ったりと騒ぎ始めたのだ。
何やらよろしくない雰囲気を感じ、二人の元へ歩み出すと同時に清水さんが立ち上がり何やら話しかけていた。だが通じなかったのか真ん中の男が清水さんの腕を無理矢理掴んだ。その時、颯爽と立ち上がったあの人は男の手を払うと清水さんを庇うように立ち上がった。
その姿を見た俺は思わず足が止まってしまった。
頭一つ違う男に友達を守るために立ち塞がるその勇気。聞こえる声は男に媚びない凜とした言葉。暴力を振るわれそうになってもまっすぐ見つめるその勇敢なたたずまい。
まるであの漫画の主人公のようで、その全てが姉妹達が言っていた女性とは異なっていた。って、このままじゃ危ない!
「お前らその手を……!」
「あなた達、私の家族と友達に何のようかしら?」
止まった足を動かし助けに入ろうとしたその前に、早乙女先輩が乱入していた。
再度歩みが止まってしまったが、美人の早乙女先輩が加わったところで相手が喜ぶだけだ、早く助けないと、と思った次の瞬間、その蹴りを見て背筋が凍った。
結果俺の助けなど必要も無くその場は片付いた。先輩の蹴りを見ていた男性は皆股間を押さえていたと思う。俺もそうだ。いっそ相手が不憫に思えるほど容赦の無い一撃だった。
その後逃げていく男達を見ていたら、先輩達を見失ってしまい仕方なく家に帰ったが、夕食中でも風呂の中でもベッドに入っても、あの人の可愛らしい勇姿が頭から離れなかった。
俺はあの人の姿をまた見たい。会って話をしてみたい。お近づきになりたい。そこまで思い悩んで、
「ああ、俺はあの人に惚れたんだ」
好きになっていたことに気が付いた。
一度理解してしまうともう歯止めが効かなかった。あの人を思うだけで胸が高鳴る。今すぐあって話したくなる。これが恋という物なのかと思いながら、いつの間にか俺は寝ていた。
朝起きても、その気持ちは変わらず、いや一層強くなっていた。
だから俺は……、
~~~~~~~~
「だから俺はもう一度会うために手がかりである君達を頼ったんだ」
「……」
虹川君の回想が終わった。
彼の話し方には熱意が込められ、僕にもその想いが嘘じゃないことが伝わった。だけどそれ以前に……、
すごく恥ずかしい。話の中のこの人って本当に僕? 颯爽と立ち上がって凜とした声で話すってこれ誰だよ。完全に別人じゃん。周りの人にはこう見えてたの? 漫画の主人公みたいに? うわー恥ずかしいー!
「この恋は本気なんだ。俺の、初恋なんだ!」
「……」
なんか、すいません。大事な初恋僕なんかですいません。あと聞いてるこっちが恥ずかしくなるから恋とか大声で言わないでください。
「おい、早乙女。聞いてたのか」
「うん……、ばっちり僕のメンタルに効いたよ。なんかごめんね」
「何故謝るんだ。それより俺は全てを話した。だから早乙女もあの人のことを話してくれないか」
「そっかぁ、そうだよね」
正直すごく恥ずかしい話だったけど、虹川君の真っ直ぐな気持ちははっきりと伝わった。
だからかな、そんな彼には今度は誤魔化さずに答えないといけないような気がしている。僕とあの人の秘密を。
「わかったよ。ちゃんと教える」
「本当か!」
「うん。その前にこれから言うことは誰にも言わないでくれると嬉しいかな」
「わかった、誰にも言わない。約束だ」
「お願いね。これから言うことは全部真実だけど、それをどう受け止めるかは虹川君次第だよ」
「ああ、わかった」
よし。今後の学校生活を考えると怖いけど、僕も覚悟を決めよう。
「すぅはぁ……。虹川君が言うあの人は、僕が女装した姿なんだ」
「……は?」
「姉さんが、あと清水さんも僕に女装をさせるんだけど、日曜に出かけたときも二人に女装させられていて、虹川君が出会ったあの人ってのはその時女装していた僕のことなんだよ」
「…………は?」
まぁそうなるよね。僕も逆の立場だったら固まると思うよ。だって、初恋のあの人は女装した男だから。なんて言われたって理解できないでしょ。あー、この後どうしようかな。
「あの、虹川君。大丈夫?」
「……はっ! いやいや、いやいやいやいや早乙女! いくら何でもそんな冗談笑えないぞ! あの人が君だって? 背丈は近いかもしれないが髪の長さが全然違ったぞ!」
「それはウィッグを付けてたからで」
「だとしても。いやそもそも君が女装してるのもおかしいし、したところであの人のような可愛らしさにはならないだろ」
「うぐっ」
うぅ、そうだよね。男が女装して出歩くのおかしいよね。自分でもわかってたけど誰かに言われると思ってたよりも傷付くなぁ。
はぁ、やっぱり信じられないよね。言わなきゃ良かったかなぁ。でもあの話をしていた虹川君には対等に話したいって思っちゃったんだよなぁ。
この場をどうやって収めようか、と考えているとこの踊り場に一つの影が舞い込んだ。
「纏衣が言ったことは全部本当よ!」
「ね、姉さん!」
「なっ、早乙女先輩」
どうして姉さんがここに! しかも話を聞いてたのか。いつから聞いてたのか知らないけど姉さんまで認めれば虹川君も信じるかもしれない。何故か人望は厚いから。
そこまで考えているとこの踊り場に、もう一つの影がぬるりと滑り込んできた。
「ふふ、ふふふふふ。シキ×マト、有り。大有りだわ。纏衣君は完全に受け、それ以外有り得ない。いや、たまには攻めも。ふふ、腐腐腐」
「「……」」
どうして清水さんがここに……。しかも話を聞いててそれか……。て言うか清水さん、腐ってる人だったんだね。女装といい、これといい、趣味というか業というか深いね、色んな意味で。また清水さんのキャラがわからなくなったよ……。
「虹川君、あなたが言っているあの人は女装した纏衣の事で間違いないわ。これは纏衣にとって重大な秘密だから纏衣から言い出さない限り、私からは話さないことにしたの。話したら纏衣の意思もなく秘密がバレてしまうことになるからね」
「姉さん! そこまで僕のことを……!」
「もし女装のことが広まって纏衣がしたがらなくなったら私達の楽しみがなくなってしまうからね!」
「姉さん……。どこまで自分のことを……」
期待した僕が馬鹿だったよ。そもそももしバレても姉さんなら無理矢理やって来て女装させるでしょ。でも広まりたくはないし、そう判明しただけでも良かったと思うことにしよう。
「……いくら先輩が言ったとこでも、そんなこと信じられない。二人があの人の親戚だから嘘ついて、話さないようにしてるんじゃないのか!」
「そうでしょうね。普通は言っても通じないわよね」
「姉さん諦めないでよ!」
「あ ら、私は諦めてなんかないわよ」
僕を見ながらそう言った姉さんの目は妖しく輝いていた。
これはマズい、と危険を察知するがどうすることも出来ないことは今までの人生で何度も経験している。
「よし、虹川君。それなら今からあの人に会わせてあげるわ」
「えっ? 本当ですか!?」
「ええ、本当よ。だから今から家に来なさい。想叶ちゃんも来るわよね?」
「ちょ、姉さんまさか!」
「勿論行きます!」
「清水さん! いつの間にゾンビから復活したんだ!」
今まで腐腐腐って笑ってたのに! 姉さんが話しかけた途端にいつもの清水さんに戻るなんて、姉さんは白魔道士だった? いや、格闘が得意だからモンクか。
「行けば会えるんですか?」
「会えるわ」
「なら、俺はどこへでも行きます」
「それじゃあ、私の家まで案内するわ。いやぁ楽しくなってきたわ!」
「姉さん……」
それから僕は皆を連れて家に帰ってきた。
そして、案の定これから着替えることになった。
「じゃあ虹川君は纏衣の部屋で待ってて」
「先輩、あの人に会わせてくれるんですよね?」
「ええそうよ。だから来るまで待っててちょうだい」
「わかりました」
案内された僕の部屋に入った彼を置いて、僕を引き連れた二人は姉さんの部屋へと嬉々として入った。
「ねぇ、本当に着替えるの?」
「あんたもしつこいわね。学校では自分から話してたじゃない」
「それはそうだけど、女装して会うとなるとまた別というか」
「あんたの気持ちはもう聞いてないわ。これからは大事なのは虹川君の気持ちよ」
「そうだけど。なんか理不尽」
あれよあれよと女装が進み、数分後には日曜日と同じ、なんちゃって女子高生の姿に変身した。
最終チェックも終わると清水さんが虹川君を呼びに行き、すぐにノックがなった。
「いいわよ、入ってきなさい」
「失礼します」
何だか面接みたいだなと現実逃避しかけた僕を余所に、入ってきた虹川君はとても嬉しそうに声を上げた。
「あなたは、本当に、ああ、もう一度あなたに会いたかった!」
「……」
僕を真っ直ぐ見つめ手を取り話しかけてくる彼にかなり引きつつ、恋って本当に盲目なんだなぁと落ち着いた部分で考えていた。それとこれからすることを思うと彼が不憫に思い、声を掛けることもできなかった。
「さて 、虹川君。この人はあなたが言ってる人で間違いないかしら」
「ああ、この人だ! この可愛らしい姿、あの時見た人に間違いない」
「ぷぷ。可愛らしいですって良かったわね!」
「うーん、何だが私複雑な気持ちになってきました。ブツブツ……シキ×マトは有りだけど……纏衣君は取られたくない……ブツブツ……」
虹川君の純粋な気持ちが強ければ強いほど、この後が怖い。いや、ここまで来たらハッキリしたいと決めたんだ、このまま誤魔化しても辛いし面倒になるだけだ。
「虹川君。学校で私が言ったこと、覚えてるかしら」
「学校で言ったこと?」
「纏衣が言ったことは全部本当よって言ったわよね」
「ああ、言っていたな。でもあれは、……そう言えば早乙女はどこだ。一緒にここへ入ったような。一階にでもいるのか」
「……君の目の前にいるよ」
それだけ言うと僕はウィッグを外し、化粧を拭い、服を脱ぎ捨てた。
「なっ!?」
そして僕は、学校の知り合いの前で、肌着にボクサーパンツ、ニーソ姿になった。……死にたい。
「これで私達が嘘を言ってないとわかったかしら」
「えっ、なっ、おまっ、早乙女、なのか」
「そうだよ。今まで誤魔化していたのは女装のことを秘密にしたかったからなんだよ。学校でも言ったけど、あの人は僕なんだよ、ごめんね」
いそいそと制服に着替えた僕は目の前で起きたことが信じられないような顔をしてる彼に諭すように言う。
「あの人が、そんな、女装……」
「これが真実よ。これをどう受け止めるかは虹川君、あなた次第よ」
「……すまない。今日は帰らしてもらうよ」
「わかったわ。しっかり現実を見なさい」
「お邪魔しました……」
僕の予想とは異なり、怒るでも悲しむでもなく呆然と考え込んでいるような虹川君はフラフラした足取りで家から出て行った。
姉さんの提案に乗ってやったけど、本当にこれで良かったのかな。僕としてはハッキリ出来て良かったのかもしれないけど、虹川君のあの様子を見てしまうともっとオブラートなやり方が良かったのでは無いかと思ってしまう。それで通じるかは別だけど。
「フラフラでしたけど、彼大丈夫ですかね?」
「きっと大丈夫よ。彼の話を聞いてそう思ったわ」
「纏衣君のこと、広まりませんかね」
「同じよ。彼は真っ直ぐだもの。人の秘密は守ると思うわ」
「ふふ。そうですね」
そうだった。虹川君は僕の女装のことを実演で教えてしまったんだ。自分の事まで考えが至らなかった。その点、姉さんも清水さんも流石だな。虹川君のことだけでなく、僕の事まで気に掛けてくれていたみたいだ。そういうとこは優しいなと思う。
でもそれは置いといて、
「ねぇ、姉さん」
「ん? なにかしら」
「最後の台詞。あれ僕が学校で言った台詞だよね」
「さぁ生意気言った罰として、このままお着替え始めるわよ」
「待ってました!」
「理不尽だ!」




