イケメンの壁ドン
僕の名前は早乙女 纏衣。
今、僕は大きな悩みに直面している。
「お願いだ、答えてくれ!」
「そ、そう言われても……」
「どうか頼む! 俺は、俺は、一目見たときから、……好きになってしまったんだ!」
「え、えええぇぇぇええ!?」
なぜなら隣のクラスのイケメンに壁ドンされながら告白されてしまったからだ。
事の始まりは、女装のない平和な平日が過ごせると思っていた月曜日の昼休み。そう、姉さんのタマ蹴り事件の翌日だ。
その日。朝、清水さんと話して後は普段通りの穏やかな授業が続いていた。そして午前の授業が終わり昼食も済ませた僕は、残りの昼休みを一人ぼーっとスマホを弄っていた。
別にハブられてるわけじゃないよ。話しかければ男子も女子もちゃんと応えてくれるし。でもなんか、特に男子に話しかけると焦ってると言うか、ソワソワし出すと言うか、兎に角挙動不審になることが多いから普段はこうやって一人でいるだけだから。
とまあ僕の学校事情は置いといて、その日の昼休みに突然、彼がやって来た。
「早乙女! 早乙女はいるか!」
「は、はい!」
まだ昼休みに時間がありそれ程人が多くない教室に、僕を呼ぶ声が響き渡った。その大きさに驚き、反射的に返事をした僕は声のした方、前の扉へと視線を向けると凄く顔立ちが整った男子生徒がいて、目が合うと早足でこっちにやって来た。
「君が早乙女か。済まないが聞きたいことがあるからちょっと付いてきてくれないか」
「えっ、あの、ちょ、ちょっと!」
僕の机まで来た彼はそれだけ言うと、サッと翻し教室を出て行ってしまった。
いきなりやって来た他クラスの人の行動に教室にいたクラスメート達も呆然としていた。僕は我に返えると急いで彼の後を追って行った。
彼が止まったのは三階にある文化部部室棟の渡り廊下手前。この時間ほとんど人が来ないところだ。そんなところに連れてこられたもんだから僕は内心ビクビクしていた。
「さて、それで聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「あ、うん」
こんなとこまで連れてきといてどの口が、と思いながらも肯定した。
「まずは確認なんだけど、君は二年の早乙女先輩の弟であってるよね」
「えつ? 早乙女姫子の弟のことなら僕だけど……」
「良かった! おっと、自己紹介がまだだったね。俺は一年A組の虹川 志気男だ。よろしく!」
「はぁ、よろしく」
そう言うと虹川君はキラリと歯を輝かせながら握手を求めてきた。それをおずおずと返す僕は、それでも眩しい笑顔を絶やさずにいる彼を見て、それ程悪い人では無いのではと思えてきた。
そして、手を離すとそれで本題なんだが、と前置きしてから僕にとって衝撃の話が飛んできた。
「昨日早乙女先輩と君のクラスの清水さんが買い物をしているのを見かけたんだが」
「えっ」
「そこにもう一人、とても美しい女性がいたんだ」
「なっ!?」
「つい聞いてしまったんだが、その人は先輩の家族らしいんだ」
「……」
ヤバい、ヤバいヤバい! これは、これは、僕の女装がバレた!?
と言うか姉さんはいつ家族なんて言った? 僕が離れていたときか? ……いや、チャラ男を蹴る前にそんなこと言ってたかも。てことは虹川君はそこ場にいたって事? うわぁ凄いとこ見られたなぁ。
そんな現実逃避気味な思考になってきたが、今はそれどころじゃ無いと改め、ここは誤魔化すことにした。ところが
「それで、なんだが」
「あーあの子ね! あの子は……」
「君の妹を紹介してくれ!」
「……は?」
彼は壮大な勘違いをしてるみたいだった。
「えっ? 何? 妹?」
「そうだ。こんな事を兄である君に言うのはどうかと思われるかもしれないが、俺は妹さんと知り合いになりたいんだ」
「えーと、あれは妹じゃないんだけど」
「何? じゃあもう一人の姉なのか?」
女装した僕=僕の妹って言う彼の勘違いをそのままにして誤魔化せば良かったんだけど、突然のことで僕は混乱していて、ついそれを否定してしまいさらにややこしくなってしまった。
そこで清水さんに使った言い訳を思い出し、つい口からその言葉が出てしまっていた。
「いや! そうじゃなくて何というか、その。あっ、そうだ! あの子は親戚なんだよ!」
「そうなのか? 先輩は家族って言ってたと思うが」
「姉さんにとってはあの子も家族なんだよ。うん、そうだよ」
「そうか。流石早乙女先輩は心が広いな」
……ふぅーーー。何とか誤魔化せた。
どういう解釈になったか知らないけど、とりあえず親戚の子として受け入れられたようだ。なぜか姉さんが評価されてるけど。
「では改めて。その親戚さんを紹介してくれないか」
ダメだった! 根本的な解決になってないじゃないか!
「あの子とはなかなか会えなくて」
「遠くに住んでると言うことか。なら連絡先だけでも教えてくれないか」
「ぼ、僕は知らないかな」
「そうか……。先輩なら知っているか?」
あれ、これってマズいんじゃない。姉さんなら僕のこと言わないとは思うけど、これ押しつけたことになるよね。後で文句言われるかも。……はぐらかすか。
「えっと、どうだろう、知ってるかもしれないし知らないかもしれない、かなぁ」
「そうか! では後で聞いてみるとするよ! 話を聞いてくれてありがとう、早乙女。じゃあな!」
「あっ、ちょっと! ……行っちゃった」
お礼の言葉を述べると虹川君はすぐに行ってしまった。忙しい人だ。と同時に予鈴が鳴ったので、僕も慌てて教室へと駆けだした。
その後は何もなかったが、放課後に姉さんと清水さんの二人が話し終わるのを待っているとまた虹川君がやって来た。
だが今回は姉さんに話があるようだ。
「まさかこんな所にいるとはね。探しましたよ、早乙女姫子先輩」
「あら、私? あなたのことは知らないんだけど」
「これは失礼。俺の名前は虹川志気男。あなたに聞きたいことがあって探してました」
「そう。で、用件は」
そんな会話をしてる二人をソワソワしつつ聞いていると、清水さんがこっちに来て、小声で話しかけてきた。
「いやー流石姫先輩だね。まさか虹川君から声を掛けるなんて」
「あれ? 清水さんは彼のこと知ってるの?」
「知ってますよ。A組の虹川志気男君でしょ。あの格好よさだから何人か告白したんだけど誰とも付き合わないんだよ。だから一年では結構有名だよ」
「そ、そうなんだ。知らなかった」
虹川君ってそんなにモテるんだ。まぁ僕から見てもイケメンだと思うし、そりゃモテるよね。……清水さんもああいうのかタイプなのかな。
そんなことをどこかモヤモヤしながら考えていたら僕の名前を呼ぶ姉さんの声が聞こえ、ハッと意識が戻った。
「そういうこと。私からは教えられないわ、纏衣から聞きなさい」
「なっ、どうして!? 彼は先輩に聞けばわかると」
「確かにあの子のことはよーく知ってるけど、紹介するとなれば纏衣から聞くしかないわ」
「だから、どうして!」
「それは……、纏衣とあの子は運命共同体だからよ」
「運命……共同体……だと」
「そうよ。だから纏衣が許可しない限り話せないわ」
な、何言ってんだよ、姉さん!
確かに運命共同体どころか心身共同体だけど、わざわざそんなこと言わなくてもいいじゃん! はっ、もしかして姉さん、僕で遊んでる? 絶対そうだ! 今も凄くニヤニヤしてるし、ついでに清水さんも笑いそうになってるし。本当にこの二人似てきた気がする。
ギリッと姉さんを睨むが本人はどこ吹く風だ。そしてそんなこと言うもんだから虹川君の標的が僕になってしまった。
「早乙女。君はあの人の何なんだい? 親戚と言っていたが運命共同体とはどういうことなんだ」
「えっと、それは……」
「ふっ。今は何も言えないと言うことか。それとも言えないだけの何かが二人にはあるのかな?」
「えっ、いや、何というか……」
「仕方がない、今日は出直すよ。だが、俺は諦めないよ。じゃあね」
「あっ、ちょっと! ……話聞けって」
またもや僕の話を微塵も聞かず出て行った彼を呆然と眺めていた僕は、ついに笑い出した二人を睨むと帰り支度を始めた。
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次の日。
なんと虹川君は各休み時間と昼休み、放課後まで僕のとこにやって来ては、
「教えてくれ」
「あの人とはどんな関係なんだ」
「連絡先なら教えてくれないか」
「もう一度会いたいんだ」
なんてことを言い出すもんだから、教室中が僕のことでザワついていた。清水さんが言っていたとおり彼が僕が思っていたよりも有名だったこともあり、余計に皆の好奇心をくすぐってしまったみたいだ。
渦中の僕はいじめを通り越してテロにでも遭ったかと思った。それぐらい彼の行動には驚いたし、止めてくれと何度も思った。いや、何度かは言った。当然のようにスルーされたけど。
この日は結局あの人については話さずに終わった。僕が誤魔化したりそらしたりするもんだから、クラスメート達の妄想がどんどん加速していって今どんな噂になっているか聞くのが怖いくらい飛躍していることだろう。
放課後にやって来た虹川君は姉さんにも聞こうとしてたけど、そこは姉さんだ、僕が困ってる(こんな面白い)状況をみすみす終わらせるわけ無く、華麗にあしらっていた。
だけならいい物を、
「纏衣とあの子には大きな秘密があるの」
「秘密がわかればあの子がまた来るかもね」
「でもこの秘密が周りにバレたら二度と会えないかも」
「纏衣は弱いわ。押せばすぐよ」
なーんて言うもんだから、虹川君がさらにヒートアップするはそれに困ってる僕を見て姉さんは笑ってるわでもう頭を抱えるしか無かった。
流石にこの状況を見かねた清水さんが虹川君を抑えてくれた時は彼女のことを女神か天使かと思うほど助かったし嬉しかった。
そして今日。
僕が教室に入ると今まで騒がしかったクラスメート達が一瞬でピタリと静かになり、その次にはヒソヒソと話し始めた。
このまま帰りたいという気持ちを抑え席に着いたけど、昨日のことを考えると虹川君がさらに苛烈に来そうで、そう考えると憂鬱になる。この状況が続くのならいっそ素直に話した方がいいのではとすら思えてくる。
と思っていたけど意外と虹川君は僕の元へ来なかった。
結局何事も無く今日の授業が終わり放課後になった。ちょっと拍子抜けだなと思いながら、皆が帰るのを眺めつつ姉さんが来るのを清水さんと待っていたら、その人がやって来た。
「あっ、虹川君」
「あー、来ちゃったかー」
清水さんと僕が口を開くが、当の虹川君は真剣な表情のまま僕の元まで真っ直ぐに歩いてくると、
「ちょっと来て欲しい」
「えーまた?」
とだけ言って教室を出てしまい、仕方ないので僕はその後を追っていった。そして着いたのは屋上へ続く階段の踊り場だった。
やっと追いついた、と思った途端、虹川君が僕を壁に押しつけて決心した顔で言い放った。
「お願いだ、答えてくれ!」
「そ、そう言われても……」
「どうか頼む! 俺は、俺は、一目見たときから、……好きになってしまったんだ!」
「え、えええぇぇぇええ!?」
(キターーー!!)
で、冒頭に繋がるんだけど、いやいや意味わかんないから。昨日まではあの子のこと聞こうとしてたじゃん。何で僕告白されてんの。えっ、もしかして気付いたの? だとしても壁ドンしながら告白なんてしないでしょ。僕、男だよ。
突然のことで混乱していたせいか比較的近くから聞こえた清水さんに似た叫び声に僕も虹川君も耳から素通りしてしまい認識できなかった。
「いや誤解だ! すまない、どうも気持ちが先走ってしまって主語が抜けてた。君じゃなくて、あの人だ」
「なんだ、それなら良かった。ん? 良かったのか?」
「昨日あれから考えて君には正直に話すことにしたんだ。だが誰かに聞かれるのは恥ずかしくてね。だからここまで来てもらったんだ」
「そう。それで話って?」
「ああ。前提として俺には二人の姉と妹が一人いるんだが……」
こうして虹川君の話が始まった。




