第漆話 激闘、揺るぎない心
――ボスエリア 兵どもの夢の跡
「GYROOOOOOOOOOOOOO!!」
パンツァーのキャタピラがキュルキュルと音を立て、驚きのスピードで『PantherRabbit』が『Marylean』に迫る。ボスはパンツァー、対する『Marylean』は剣と刀。現実ならば、勝敗は明らかだ。だが勿論、この世界にはレベルという現実にはないシステムがある。そのシステムによって素手でも武器を持っている敵にすら、勝てる。
『Marylean』は腰にある二つの剣と刀の中から【ゲオルグ・ソーン】を鞘から引き抜き、水平に刃を立てる。ギャリギャリと金属の擦れ合う不快な音が鼓膜を叩き、『Marylean』の顔を顰めさせた。この不快な音の出所は先程向かってきた『PantherRabbit』の装甲に【ゲオルグ・ソーン】の刃が接触した音だ。
『PantherRabbit』の突進を止めた【ゲオルグ・ソーン】で受け流し、『PantherRabbit』の進路方向を強制的に変更する。ただ、力業なので『Marylean』自身もたたらを踏みつつ進路をずらした。キュルキュルと騒がしい音を立て、『Marylean』とステラミースの右側数センチの距離を抜けていった。
「え、え、あれがさっきの兎さんですか?嘘でしょ?冗談だよね?ね?冗談だと言ってよぉ~…」
ヘナヘナと腰が抜けたのか、地面に座り込むステラミース。それを尻目に右旋回をする『PantherRabbit』を視界の中央に入れる。チラリと上に浮かぶHPバーに目を移す。HPバーは初期キャラとは思えない程削られており、三本あったHPバーは二本半までになっていた。
「結構高火力な筈なんだけどなぁ……」
そこら辺の中堅プレイヤーよりも強く、攻略組にも匹敵する火力な筈であるが、『Marylean』には物足りないらしい。事実、前垢ならばこの辺りのエリアボスを含め、全てのモンスターを木の枝一振りで全て殺せるだけの火力はあった。と、旋回を終えた『PantherRabbit』がキャタピラを回すのが見え、左手でステラミースの襟を掴むと、後ろに投げ飛ばした。そして【ゲオルグ・ソーン】を構え、
―――《スラッシュ》。
スッとなめらかな、洗礼された動きをして『PantherRabbit』の側面を斬り付ける。ガギンと【ゲオルグ・ソーン】が弾かれ、【ゲオルグ・ソーン】の切っ先が天に向いた。そして剣技後硬直が『Marylean』の自由を奪い、そして――硬直によって行動が出来ない筈の『Marylean』が二発目となる《スラッシュ》を放ったのだ。二発目の《スラッシュ》は『Marylean』の狙い通りに『PantherRabbit』を真っ二つに斬り飛ばした。《スラッシュ》の硬直が『Marylean』の自由を奪った。時間にして数秒後、その硬直は解かれ、【ゲオルグ・ソーン】を降し、鞘に収めた。
目を丸くするステラミースを起こし、問いかけた。
「大丈夫か?怪我は?」
ステラミースの身体をくまなく見渡し、怪我などがない事を確認すると、背後で巨大な扉がポリゴンの塊となって出現した。それを確認する素振りも見せず、踵を返し扉に向かう。と、ステラミースは我に返り、叫ぶ。
「え、さ、さっきの《スラッシュ》って!なんで二回も硬直無しで発動できたの!?」
ステラミースの発言に、『Marylean』は振り返り、簡単そうに言った。
「何故って……あれが《スラッシュ》じゃなくて、《デュアル・スラッシュ》だったからだけど?」
その返答に言葉を失い、茫然とするステラミースに首を傾げる。そう、まだ『Marylean』は知らない。《デュアル・スラッシュ》が掲示板にも、この世界に存在するすべてのNPCすらも知らない剣技であることを。当然だ、『Marylean』は前垢を含め、全ての【セイヴァー・ルージュ】に費やした時間に掲示板を見るという行為も、クエストが絡まない限りNPCと話すことはコンマ一秒すらなかったのだから。
「取り敢えず、次の町に行こうぜ」
ニコリと微笑み親指でゆっくりと開かれる扉を指さす。扉は向こう側の世界から届く光を漏らし、大きく口を開けていくのだ。
ステラミースは驚愕に染まっていた顔を緩め、苦笑した。あぁ、この人はこういう人だったのね、と。微笑む『Marylean』を追いかけるように走った。
✝ ✞ ✝ ✞ ✝ ✞
――フィールドエリア 廃坑エリア
扉を抜け、先程の森から、暗く、ジメジメした横穴の続く空間に移動した。ステラミースは見たことも無い空間を見渡し、腰に吊るされた【ストームチェイサー】の柄を握る。そんな彼女を『Marylean』はフフフと上品に笑った。ステラミースは『Marylean』を不思議そうに見る。
「いえ、此処はフィールドエリアだけど、敵モブは居ないのよ」
その言葉を正確に受け取ったようで、顔を少し赤くして柄から手を離した。そうして歩き続けること数十秒、出口と思われる光が漏れる扉を見つけた。
「さ、さっさと行って転移登録を済ませて、ログアウトしないとね」
二回目の扉を開け放ち、一歩外に出る。そして視界に映るのは大通りの景色。背後に視線を向けるとそこには先程まであった扉は無く、ただ大通りが続く。そう、此処が、この場所が。
「セーフティーエリア、第二の町、スファーレ」
――セーフティーエリア スファーレ
この景色に懐かしさを感じていると、視界の中央にメッセージが出現した。「この町を転移登録しますか? Y/N」
『Marylean』は迷いなくYを押す。メッセージが両端から空気に溶け、消えた。トントンと肩を突かれ、振り返る。
「あ、あの……私はどうすればいいですか?」
「……そうか、私がログアウトしたらいる場所がないのか。召喚獣と一緒なら召喚空間っていう如何にも手抜きそうな名前の所に収納されるはずなんだけど……」
チラリとステラミースを見るが、わからないといった様に首を傾げる。
「ま、そうなるよな。そんじゃあ、この金で適当な宿に行ってくれ」
システムメニューから取り出した全財産をステラミースの掌に乗せ、ログアウトを選択する。
「そんじゃあ、また明日な」
そう言って『Marylean』のアバターは光を帯びて消えた。
✝ ✞ ✝ ✞ ✝ ✞
スゥっと、意識が浮上してくるような感覚があり、目を開けると先程までのように視界がクリアでなく、少しぼやけ、広く見えない。それもそうだ、瞳の一つが無いのだから。
大きく溜息を吐くと、ガラガラと音を立て、病室のスライドドアがゆっくりと開く。視線を其方に向けると、彼方でも此方でも見覚えのある女性が這入ってきた。
「………、あぁ、貴女か。……こんな死にぞこないの俺に、一体なにをしに来たんだ?」
カツンカツン、ヒール特有の音が鳴り、『Marylean』の鼓膜を叩く。纏められたポニーテイルは窓から差し込む夕日に照らされ、キラキラと日を反射する銀髪だった髪は赤みがかった銀髪になっている。そして、『Marylean』の寝ているベッドの隣に立つと、その整った顔のパーツであるライトブルーの双眸で彼を射刺す鋭さで見つめる。
「『Marylean』……、私、貴方に伝えなければならないことがあるの」
ジッと見つめる彼女、彼女は、
「『Arias Feel』、いや桜山佳奈。それは何のことだ?」
『Arias Feel』は、桜山佳奈は『Marylean』、抄神宮巳弥に問いかけられ顔を逸らした。その顔は少し赤面していたが、勿論の如く巳弥は気付かない。
佳奈は深呼吸を二回ほどすると覚悟を決めた表情で改めて巳弥に顔を向けた。
「わ、私はッ……!あ、貴方の事を、ずっと、ずっとずっと好きでした!結婚を前提に付き合ってください!」
佳奈は上着の内ポケットから小さな箱を取り出し、開けた。そこには夕日を反射するダイヤモンドが上品に散りばめられた指輪だった。対して巳弥は茫然とした様子で言葉が出なかった。と、直ぐに巳弥は苦笑した。
「その言葉って、本来は俺が言うべきセリフだと思うんだけどなぁ……」
頬をカリカリと恥ずかしそうに掻き、隣に設置されているゲームソフトがかなり入った棚の一番下にある引き出しを開け、その中から紺色の箱を手にした。
「え、そ、それって」
先程まで頭を下げていた佳奈が取り出された紺色の箱を見つめ、言う。
「うん。……桜山佳奈さん、俺と、結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
何の因果か、巳弥の用意した指輪は先程佳奈がプロポーズした指輪と同じものだったのだ。佳奈はその指輪を見ると、涙を流し、
「はい……。こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして俺たちは、夕日の差し込む病室の中で、結ばれた。
「本当に、こんな俺でいいのか?」
「勿論よ。…貴方だからこそ、私は愛せるんだから」
二人の距離は徐々に縮まり、やがて重なった。
この最後の二人がやがて重なったとあるのは別に只の接吻で御座います。えぇ、そっちではないです。
ページの上部にあるブックマークをポチッと押していただければ大変励みになります!
そして面白ければ最新話の下部にある評価をポチポチッとしていただければ作者のモチベが上がります!
感想からこの小説のあそこがよかった、逆に、ここが悪かったなど言っていただければ修正ややる気もうなぎ上りとなります。
これからもこの『元最強』をよろしくお願いいたします