第捌話 恋人とのPVP、そして修羅場な病室
翌日――。巳弥は幸せに包まれていた。十八歳と二十四歳と、六つ離れた男女が付き合う事はよくある。だが、それがネット上のそれも、VRMMORPGで知り合うという事は稀である。故に、
「ふふふ、はい、あーん」
兎に切られた林檎をフォークに刺し、佳奈は巳弥の口に近付ける。巳弥は恥ずかしそうに頬を染めると、口を開ける。口の中に放り込まれた林檎は甘酸っぱく、美味しいものだった。
「ありがとう。でも、佳奈は仕事、どうしたんだい?」
ふと、疑問に感じた事を訊いた。佳奈はニコリと笑顔を崩さずに言う。
「有給を取ったのよ。これで、今日一日はゆっくりと貴方と遊べるわね」
黒いバッグから、持ち運び可能のヘッドギアを取り出し、巳弥に見せつけるように突き出した。
「なるほどね。それじゃあゲーム、しようか」
ヘッドギアから伸びるUSBアダプターをPCのUSB差し込み口にぶっ刺し、患者の家族用に設置されている折り畳み式のベッドを広げ、佳奈が寝っ転がる。
USBをぶっ刺したヘッドギアを佳奈に渡し、自身のヘッドギアを被る。
「ログイン」
意識がスゥっと薄れ、感覚が消えていく。
――セーフティーエリア スファーレ
そして意識が戻り、見渡せばそこはログアウトした町、スファーレの街並みだ。早速フレンド欄から『Arias Feel』の名前をタップし、スファーレに居るという旨を伝えるメッセージを送る。システムメニューを閉じ、見上げると大きなコロシアムが存在を主張していた。
「そういえば、この町が現状最大のコロシアムがあるエリアなんだったな」
感傷に浸っていると、風を斬る音と殺意を感じ、【ゲオルグ・ソーン】を抜刀術のように抜く。放たれた一閃に背後から襲う襲撃者は刃を合わせて、打ち下ろす。刃と刃が重なり、衝撃波が二人を中心に辺りに撒き散らされる。
「どう?びっくりした?」
強襲してきた奴は、そう言って、顔を隠しているフードを取った。パサリと流れる青みがかった銀髪、そして理解した。
「ごめんね。久々に剣を交えたくなってさ」
頭を掻く彼女、『Arias Feel』。『Marylean』の視線は『Arias Feel』の持つ直剣に注がれている。
「……、それ。まだ持ってたのかよ」
「あ、これ?うん。ずっと持ってたよ、私の初恋の人からのプレゼントだし」
えへへと赤面させ、直剣を持ち上げる。この直剣を、『Marylean』は知っている。というか、全て知っている。レシピ、強度、攻撃、付与されているスキル。何故ならそれは『Marylean』がこの【セイヴァー・ルージュ】のサービス当初鍛え、『Arias Feel』に手渡した直剣だ。
「ったく、今度いいの作ってやるから……って、今の俺じゃあ無理だったな」
スキル一覧を開き、お目当てのスキルが存在していないことを思い出し、苦笑する。
「それじゃあ、一発行きますか」
「えぇ、そうね」
『Arias Feel』の手を取り、プレイヤーやNPCの視線を背中に浴びてコロシアムへと這入った。
――フィールドエリア スファーレコロシアム内
コロシアム内を物色するように瞳を動かす。受付や、賭け。そして近未来感の溢れる宙に浮く巨大スクリーンの数々。正直雰囲気ぶち壊しである。
「結構近代化してんだね」
「そうね、かなり雰囲気をぶっ壊してる感はあるわね」
手を握ったまま正面に見える受付に向けて歩く。平日の午前中だからか、殆ど人が居らず、悪く言えば閉店間際のボロ商店のようだ。黄色く塗られたカウンターに配置されている紙の束を一枚手に取り、システムメニューからテキスト入力を選択し、必要な情報を入力した。エンターを強く叩き、自動的にテキスト入力が閉じられる。と、テキストの入力された紙をいつの間にか立っていた受付の男が奥に紙を持って行った。
「へぇ~、こんな親切設計なんだな」
「このゲームはそこら辺しっかりしてるからね」
暫くし、転移エフェクトが『Marylean』と『Arias Feel』を包む。カップルに優しい設定なのか、双方は離されず、視界に映る景色が変わった。手に感じていた温もり、そして確かな存在が消えた。勿論それはPVPだからなのだが、『Marylean』は少しの寂しさが勝っていた。
そして『Marylean』は駆けた。きっと此方に彼女がいると。確実な証拠は何もない、だが彼を彼たらしめる本能が告げているのだ。其方に居ると。
ドクン。
心臓の音が高鳴り、まるで耳元にあるような感覚を感じ、視界の中央で煌めいた剣閃が心臓に到達するより前に『Marylean』は抜刀した。
火花が散り、少し暗い視界に光が差し込み、弾丸のような速さで飛翔してきた者の顔を見据える。
「やっぱり、一撃じゃあ決まらなかったわね」
優雅に着地した彼女は苦笑し、言う。彼女の握る剣は先程コロシアム前で斬りかかった剣ではなく、それよりも細く、『突き』という部類に特化した剣、細剣。別名レイピア、そう呼ばれる武器であった。
彼女は本来重量で断ち切るのではなく、『突く』ことに重点を置いた剣士だったのだ。今では名工として【セイヴァー・ルージュ】では有名だが、古参のプレイヤーならば知っている。今では埃を被った御伽噺に近い伝説を。
「流石、〈刺殺姫〉」
〈刺殺姫〉。サービスから数ヶ月後に現れた謎の女プレイヤーを示す言葉だ。何故、〈刺殺姫〉と呼ばれるようになったのか、それはあくる日、一人のプレイヤーがフィールドエリアに出たところ、かなりの量のドロップ品が散らばっていた。そのプレイヤーは嬉々としてそのドロップ品に近付き回収を始めた。だが、ふとその異常性に気が付いた。何故なら減らないのだ。そう、ただ単純に減らないのだ。ドロップ品が。そしてその疑問は確信に変わった。
あまり遠くない距離で謎の金属音が聞こえたそうだ。そして其方に目を向けると、丁度深紅の血を浴びた女プレイヤーが細い金属棒を持ち、mobを貫いていた。固まるプレイヤーに鮮血に染まる女プレイヤーは微笑みかけた。刹那、プレイヤーの心臓は細い金属棒に貫かれ、絶命していた。
「も、もう!あれは昔の話じゃない!!」
一層激しくなる剣戟に余裕がなくなったのか、その言葉に返答をしない、否。できない『Marylean』。数回ごとに鋭い弾丸の如き突きが飛来するが、今はまだ頬を掠るぐらいだ。多少戦いのブランクがあるからだろう。しかし、それも時間の問題だ、何故なら狙いが正確になってきているのだ。先程までは全く掠ってもいなかった突きが徐々に顔に寄って来ている。
「今でもまだ名乗れるでしょ、その感覚が戻りかけてるんだからさッ!」
ようやく返せた言葉でもそこまで長くは言えなかった。更なる剣戟の激化についていこうとしているからだ。そして飛来してきた突きを躱し――二本目のレイピアの煌めきが視界に踊り、首を右に傾けた。
バシャリと『Marylean』の左目が存在していた位置から鮮血が飛び散る。左目は切っ先に貫かれ、目元は抉られ既に視界の半分を失った。その刹那、激痛が『Marylean』を襲った。流石の最新VR機器でもこれほどの痛覚は遮断できなかったようで安全装置である痛覚遮断システムをすり抜け、視界の中央で強制シャットダウンの秒読みが始まっていた。
この感覚は、二度目だな……。
懐かしい痛覚に構わず、レイピアを掴み、引く。突然引かれ、バランスを崩した『Arias Feel』の首に剣を添えた。『Arias Feel』は肩を竦め、降参とばかりにレイピアを捨て、両手を上げた。勝敗処理が終わり、『WIN』と勝利したという判定になり、そして、強制シャットダウンがゼロとなって、視界が闇に呑まれた。
✝ ✞ ✝ ✞ ✝ ✞
火花が散り、視界が戻ってくる。白い病室とまだ正午にもなっていない時刻を指す電子時計。ヘッドギアを脱ぎ、隣に置く。強制シャットダウンが行われた際は数時間の時間を置かなければ起動が出来ないという安心設計。ただ、それがゲーマー達の不満をかっていることは既にこのヘッドギアを開発した会社もわかっているだろう。ふと、先程まで戦っていた彼女の顔を覗くようにして見る。可愛い。
と、瞼が開けられ、そのライトブルーの双眸が露になる。バッと慌ててヘッドギアを脱ぐ様から、横から覗く巳弥など視界に入っていないことがわかる。ヘッドギアを外した佳奈の頭を優しく撫でる。
「よ、よかったぁ……」
突然頭を撫でられた佳奈は戸惑い、此方を向くとホッとした様子でそう呟いた。そうしてイチャイチャしていると突然、
「此処がねぇちゃんがいるって病室だろ!?」
扉を開け、病院にそぐわない途轍もなく大きな声で言った。そいつの紙は銀髪で、ライトブルーの双眸をしており、顔は頭を撫でている彼女、佳奈に似た顔つきをしている。ということは……。
「お前、佳奈の弟なのか?」
その声に、或いは呟いてしまった言葉の中に含まれた「佳奈」という名前に反応したのか、此方を勢いよく向き、顔を真っ赤にして叫んだ。
「おいお前!ねぇちゃんから離れろ!」
その一言に遂に巳弥は、
「は?」
声を上げた。そして始まった、俗にいう修羅場という奴に。そしてその修羅場というものに巻き込まれたということを、巳弥はまだ。知らない。
あー!不味い、もうおっぱい!
あ。どうも皆さま、神薙リンシアです。この度は……いえ、いつもですが、更新が遅れてしまい申し訳ありません。それもこれもゲームのせいなんです!!(責任転嫁)
えー、それでは次回もまたお楽しみに!
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