09
18時ちょっと前に裕子宅に着いた。
駐車場に車を停めて玄関へ向かう。インターホンを押すと
「は~い」と裕美の声がしたので自分で玄関を開けた。
エプロン姿の裕美がリビングのほうから出てくる。
帰宅してから夕飯の準備を手伝っていたのだろう。
「一也、いらっしゃ~い」
そう言いながら突進してきたので思わず両手を広げて受けとめようとしたが、裕美は直前で急停止した。
僕は手を広げたまま間抜けな格好になっていた。
裕美はそんな俺の両手を掴んで上下に振り「久しぶり~」と笑顔をみせる。同時に冷っとした小さな手の感触が伝わる。
「夕飯の支度を手伝ってたんだ」
両手を離し、目の前でくるっと一回転した。
「エプロンが似合ってるね、可愛いよ」
そう言うと、「へへへ」と照れくさそうにはにかむ。
裕美のこの表情は何度見てもドキッとさせられる。
「もう準備はほとんど終わっているから中に入って、早く!」
今度は片手を掴み、リビングまで引っ張っていく。
「一也、来たよ~」
その声にキッチンにたっている裕子が振り返る。
手をつないで入ってきた二人を見て、一瞬驚いた表情をしたが
「あらあら、仲がいいわね」
すぐに笑って、料理を一皿持ってキッチンの中から出てきた。
ダイニングテーブルにはすでに料理が沢山並んでいた。
そこにもう一品並べる裕子。
「うわっ、凄いご馳走だね」
テーブルいっぱいの料理は中華・和食など色とりどりだ。
「凄いでしょ、ママったら会社を早退して作ったんだよ」
「えっ、早退したの!?」
「こら、余計なこと言わないの!」
「なんか悪いね」
「いいのいいの、早退といっても1時間だけだし、仕事の区切りが
良かったから問題無いよ」
「だったら僕も早退して手伝えばよかったかなぁ」
「手伝ってもらったらお礼にならないでしょ。
その前に料理出来るの?」
「いや、料理は全然ダメ。やったことないもん」
「それじゃ無理じゃん。一也はお坊ちゃまなのね」
「いやぁ~それほどでも」
「全然褒めてないからね」
そんなおバカなやりとりをしながらも裕子は準備を進める。
そういえば裕子のエプロン姿を見るのは何年ぶりだろうか。
野球部の合宿の時にエプロンをつけて夕飯の準備をしていたのを見かけたのが最後だと思うのでたぶん高校2年生以来か?
当時はエプロン姿が初々しくてちょっと眩しい感じがしたような記憶があるが、今ではエプロン姿が似合う大人の女性になった。
エプロンをつけて家庭科の実習をしているかのような裕美も、いずれは裕子のような女性になっていくのだろうと、自分の子供でもないのに変な想像をしてしまった。
それにしても手際よく食事の準備をしている裕子を見ると、時がたったのを実感させられる。
「なんか今日の一也ってママばかり見てる気がする」
「そ、そんなことないよ。忙しいのに夕飯を作ってもらっているから悪いなと思ってさ」
急に裕美に言われて慌ててしまった。
たしかに今日は裕子が気になって仕方ない。
「本当かなぁ、ママのこと惚れ直しちゃったんじゃないの?」
惚れたじゃなくて惚れ直した?それって僕が裕子を好きだってばれてる?
いやいや、気をつけていたから裕美にばれるとは考えづらい。
でも確かに「惚れ直し」と言った。もしかしてカマをかけられているのか?
ここで変に否定すると余計怪しまれるかもしれない。
「あれ、ばれちゃった?」
「今、すんごく間が空いたのはなんなの?」
裕美に向かって言ったのに裕子につっこまれた。
「あ、いや・・・その・・・」
「いいわよ、別に無理しなくても、もうご飯食べさせないから!」
「えぇ!そりゃないよ、裕子ちゃ~ん」
「甘えた声を出してもダメ!もう知らない」
この流れだったらと思い、本音を言ってみた。
「そんなぁ、高校の時からずっと好きなのに・・・」
どちらかが冗談で返してくると思ったのに急にシーンとなる。
ヤバい、これは外したか。裕子も裕美もリアクションが無い。
この状況から抜け出すために何か気のきいたことを言わなくては。
「よし、許す!」
「うん、私も許す!」
焦って挙動不審になっている僕に二人が言った。
なんだかわからないが危機は脱したようだ。
というか、裕子に向かって裕美がピースサインをしている。
そして裕子もピースを裕美に返す。これは・・・ハメられたのか!?
そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。
自分が言った言葉を思い出して顔が赤くなっていく。
「あれ?どうしたの顔を赤くしちゃって」
からかわれると、ますます顔が赤くなるのがわかる。
「そうかそうか、一也は私のことがずっと好きなのか」
うなずきながら独り言のように裕子がつぶやく。
もう穴があったら・・・いや、穴を掘ってでも入りたい気分だ。
「もうやめやめ!この話は終了!」
恥ずかしくて限界だったので無理やり話を終わらそうとした。
「一也ったら焦りすぎだよ」
「でもしっかり聞いたからね。あっ、録音しとけば良かったかな」
二人は顔を見合わせて笑っている。
「もう勘弁してよぉ」
思いがけず告白した形になってしまったが、それが裕子に伝わったのはなんだか嬉しかった。