金ヶ崎の退き口
山道の退却は、地獄だった。
「地獄」という言葉を紘一は軽々しく使わないようにしているが、あの日の山道は、本当にそう呼ぶほかない光景だった。
狭い道に大勢が押し込まれ、後方からは浅井軍の追撃が迫る。馬を使えないから、足軽たちは重い荷物を背負ったまま山を駆ける。転べば踏まれる。立ち止まれば詰まる。全体が、巨大な生き物のように、必死にうごめいていた。
後方では、秀吉が殿軍を率いて戦っていた。
その音が、山の向こうから聞こえてくる。金属が打ち合う音。怒号。時々、悲鳴。
紘一は前線と後方を行き来しながら、負傷者の処置を続けた。
重傷で動けない者は担架に乗せる。軽傷なら自力で歩かせる。その判断を瞬時にしながら、前へ、前へと急かし続ける。
「もう少しだ。歩けるか」
「……はい」
「よし、行け」
ある足軽が、山道の脇に座り込んでいた。足を矢で射られている。矢はすでに抜かれていたが、血が止まりきっていない。
「田邊様」
「わかった」
紘一は傷口を確認し、素早く布で縛った。完全な止血ではないが、今はこれで十分だ。
「立てるか」
「立てます」
「では行け。後で必ず治す」
足軽は、唇を噛みしめながら立ち上がり、山道を歩き始めた。その背中を見送りながら、紘一は次の負傷者へ向かう。
崖崩れの危険がある箇所を、先ほど補強しておいてよかった。大勢が通過したが、崩れることなく持ちこたえていた。
それでも、全員を助けられるわけではない。
山道の途中で、力尽きて倒れた者がいた。担架を運ぶ者たちも限界に達していた。後方の追撃が近づく音が聞こえると、担架ごと置いていかれそうになる。
「待て」紘一は声を張り上げた。「置いていくな」
だが、全員を連れていく余裕が、本当にない場合もある。判断が迫られる。動けない重傷者。追い迫る敵軍。残された時間。
紘一は、一つの判断を下した。
重傷者を一時的に道の脇に移し、木立の影に隠した。そして、彼らのそばに少量の水と食料を置いた。どこから出したか、傍らの兵には「予備の荷物」と言った。
本当は、違う。
絵から創り出したものだ。小さな水筒と乾いた握り飯。そこまで小さいものなら、消耗は抑えられる。
「必ず戻ってくる」紘一は重傷者に言った。「ここで隠れていてくれ」
重傷者の目に、恐怖と諦めが混ざっていた。
「……はい」
その声が、ずっと耳に残った。
***
退却は、三日間続いた。
山道を抜け、平地に出て、京都を目指す。その間も、浅井軍の追撃は続いた。後方では秀吉が踏ん張り続けていた。
五月四日、織田軍の本隊が京都に入った。
信長は無事だった。秀吉も、生きていた。だが、秀吉の率いた殿軍は、出発時の三千から、千名近くを失っていた。
秀吉の姿を見たとき、紘一は思わず足を止めた。
秀吉は、疲れ果てた顔をしていた。甲冑は汚れ、傷もある。だが目は、消えていなかった。あの独特の、底知れない光が、まだそこにあった。
「秀吉殿」
紘一は近づいた。秀吉は紘一を見て、かすかに笑った。
「田邊様、ご無事で」
「あなたが皆を守ってくれた」
「……務めを果たしただけです」
秀吉は、それ以上何も言わなかった。
言葉にする必要がないことを、この男は知っている。
紘一は、秀吉の傷の確認をした。右腕に刀傷がある。深くはないが、きちんと処置しなければならない。
「手当てをします」
「ありがとうございます」
傷を洗い、薬草を塗り、布を巻く。その間、二人は黙っていた。
戦場帰りの沈黙には、独特の重さがある。言葉では補えない何かが、その沈黙の中に詰まっている。
京都の街は、信長軍の帰還を迎えた。
だが、誰もが知っていた。これは終わりではない。始まりだ。浅井と朝倉、二つの敵と戦わなければならない。
紘一は空を見上げた。
五月の青空が、こんなときでも美しかった。空というのは、何があっても青い。それが妙に、腹立たしかった。
***
京都に戻って二日後、広信からの使者が来た。
短い書状だった。「ご無事でよかった。領内は安定している。神崎家の兵の中で、帰らなかった者が三名いる。家族に何と伝えれば良いか」
紘一はその書状を、しばらく持ったままでいた。
三名。名前まではわからない。どこで倒れたかも、わからない。
帰らなかった理由は、それぞれ違う。戦死した者。重傷で山中に残した者。あるいは、行方が知れなくなった者。どれも等しく、帰れなかった者たちだ。
家族に何と伝えれば良いか。
正直に言えば、答えなど出ない。「立派に戦って死にました」という言葉が、家族の役に立つかどうかもわからない。それが事実であったとしても、残された者にとって意味があるかどうかは別の話だ。
紘一は、返書を書いた。
「ご家族に伝えてください。彼らは最後まで、共に戦った仲間でした。その死は、決して無駄ではありません。私が必ず覚えています、と」
それだけしか書けなかった。
書いてから、自分の言葉が薄っぺらく感じた。「必ず覚えています」が何の役に立つのか。覚えていることで、失われた命が戻るわけではない。
だが、他に言える言葉が、見つからなかった。
返書を使者に渡し、部屋に一人残った。
窓の外に、京都の街が広がっている。人々が歩いている。商いをしている。子どもが走っている。
戦場から遠い、日常の光景。
それを見ながら、紘一は思った。
この光景を守るために、戦う。そのために、人が死ぬ。そのことの矛盾を、四十一年間抱えてきた。これからも抱えていくのだろう。
答えが出ない問いを、抱えたまま生きていくしかない。




