第139話:エミリア王女Ⅰ
王城の中を歩き進めていくと、騎士が警備する部屋の前に到着した。
「こちらでエミリア様がお待ちしています」
「……失礼します」
フィアナさんに案内されるがまま、俺は恐る恐る部屋の中に入っていく。
どうやらここは、エミリア王女の私室みたいだ。
可愛らしい小物が置かれた机やオシャレなタンスがある。
ただ、肝心のエミリア王女は体調が良くないみたいで、ベッドから体を起こした状態のままだった。
「お待ちしていました、トオル」
「お招きいただき光栄です、エミリア王女」
簡単な挨拶を済ませると、部屋の隅で腕を組んでいたハリードさんが椅子を用意してくれる。
「急に呼び出して悪かったな」
「いえ。フィアナさん経由で来るとは思わなくて、驚いたくらいです」
「それはこちらも同じだ。まさか見舞いで訪ねてくださったルクレリア公爵が、トオルの話をするとは思わなかったぞ」
エミリア王女に呼び出されたのは、ルクレリア公爵が動いてくれた影響だったのか。
俺がアルメリート会議に参加するには、王族の許可を得る必要があるから、彼女を説得してくれていたのかもしれない。
ここまで話がトントン拍子に進んでいるのなら、良い方向に進んでいるように思うが……。
なぜかフィアナさんは浮かない表情を浮かべていた。
「もっと時間に猶予があると思っていたのですが……、状況が変わりました。差し支えなければ、素直にお答え願えると嬉しく思います」
フィアナさんが含みのある言い方をしたことに疑問を抱いていると、エミリア王女が小さな箱を差し出してくる。
その中には、ハリードさんに渡したハニードロップが入っていた。
「王城の薬師にこちらの品を確認させたところ、薬用成分を壊すことなく水分を抽出することで、炎症を抑える作用が最大限に高められた薬だと報告を受けました。それと共に、真似することもできない、と」
エミリア王女の言葉を聞いて、俺はここに呼ばれた意味をすぐに察してしまう。
あれだけ凛とした姿を見せていたエミリア王女が病弱な状態をさらけ出すなど、普通に考えたらあり得ないことだ。
しかし、ハニードロップを薬と認識しているのであれば、話が変わる。
「この治療薬を用いれば、少なくとも三日間は完全に炎症を抑えることができる見込みです。トオルは、どこかの国で薬師や錬金術師として働かれていたのですか?」
まっすぐな瞳で見つめてくるエミリア王女からは、小さな希望にすがるような思いが伝わってきた。
フィアナさんの口振りからしても、エミリア王女の病が悪化したと判断して、間違いない。
王城の薬師でも打つ手がなくなってしまったから、ハニードロップを所持していた俺に話が回ってきたんだろう。
ただ、俺みたいな普通のオッサンに、そんな大役を果たせることができるわけもなくて……。
「残念ながら、私は薬師や錬金術師といった職に就いたことはありません。エミリア王女にお渡ししたハニードロップは、娯楽として作り出したものです」
「そうでしたか……。では、新たに治療薬を作っていただくことは難しいですね」
「ご期待に沿えず、申し訳ございません」
錬金システムのレシピに存在する薬は、病を治療するものではなく、傷を癒すものばかり。
エミリア王女の病を診断して、治療薬を作り出すのは困難を極めていた。
アーリィを治療した時のこと思い返してみても、俺が適切な治療をできるとは思えない。
城内に薬師の方がいらっしゃるのであれば、彼らが治療薬を開発することに期待するべきだった。
しかし、小さな希望に思いを寄せていたであろうエミリア王女は、明らかに肩を落としている。
「無理をしすぎたみたいですね。皆の言うことを聞いておくべきでした……」
窓の方を見たエミリア王女は、後悔しているのか、遠目をしていた。
俺は平民であり、サラリーマンをした経験しかないが、彼女の気持ちがわからないわけではない。
国王陛下の一人娘という重圧に耐え、周りの人たちの期待に応えようとしたり、失望されないようにしたり頑張ったりして、無茶なことを続けてきたんだろう。
その結果、取り返しのつかない状況に追い込まれるほど体を壊してしまったんだ。
ここが医療の発達した日本であれば、休養を取って治療に専念すればいいと思うが……。
魔法学や錬金術が発達した異世界では、万策尽きた様子だった。
「うまくいかないものですね。急な呼び出しに応えてくれて、感謝します」
エミリア王女が悲しそうな表情を浮かべながらも、無理やり作り笑い浮かべる姿を見ると、居たたまれない気持ちになってしまう。
詐欺に加担するようなダラスさんが心から笑っていられるのに、真面目に王女として生き抜こうとしている方が苦しむなんてな。
まったく……。どの世界も不公平にできているもんだ。
この世界を管理する女神様が頑張っている姿を見ているだけに、文句も言いづらいんだけどな。
イリスさんにいろいろと助けてもらい、充実した異世界生活を送っている俺は、マジックバッグの中身を確認する。
アーリィが俺の影響を受けて価値観が変わり始めているように、どうやらその逆パターンもあるみたいだ。
女神様から受けた恩をエミリア王女に返すことが、俺に与えられた役割のような気がした。
「しかしながら、治療薬の素材になりそうなものに目星があります」




