第138話:パルメシア家
同じ公爵家ということもあってか、ウォリックさんはルクレリア家の動向を警戒しているように感じる。
俺がルクレリア家に関わる人間であれば、安易に手を出せなくなるため、確認しておきたいんだろう。
当然、そんなことを理解しているフィアナさんは、ルクレリア家の令嬢として、勇ましく振る舞っていた。
「トオル様は、父の大切な友人です」
最大限に庇護してくれた結果だと思うが……。
どうやら平民に対して使う言葉ではなかったらしい。
ウォリックさんは呆れるように、大きなため息を吐いていた。
「先見の明を持つルクレリア家の当主が、平民の友人を作らなければならないほど追い込まれているとはな。今年のアルメリート会議は、早く終わりそうで安心したぞ」
明らかにウォリックさんが馬鹿にしているが、フィアナさんは一歩も引く様子を見せない。
「パルメシア家の当主になられてから、一段と視野が狭くなられたようですね。身分に囚われることなく、優れた人材と友好関係を結ばなければ、停滞するだけでしょう。多少は考え方を改めないと、人間関係がうまくいきませんよ」
公爵令嬢として振る舞うフィアナさんは、可愛らしい笑みを浮かべているものの、言っていることがなかなかえぐい。
コミュ障っぽいウォリックさんに、確実にクリティカルヒットを叩き込んでいた。
「さすがルクレリア家のご令嬢だ。停滞中の家系だけに、言葉に重みがある」
「まあっ。伸び悩み始めたパルメシア家らしい見方ですね」
その結果、バチバチと火花が散っているのではないかと思うほど恐ろしい会話が繰り広げられている。
しかし、両家が歪み合っているのは、大きな原因がありそうな雰囲気だった。
「まさかとは思うが、未だに軍隊蜂と戦う決心がつかない、などという寝言のようなことを考えているわけではあるまいな?」
どうやら国の方針である軍隊蜂の討伐は、パルメシア家が推奨しているみたいだ。
エミリア王女の婚約者としては、当然の発案のように感じるが、果たして……。
「我々ルクレリア家は、慎重を期しているだけです。力任せの無計画な案しか出せないパルメシア家と一緒にしないでいただきたいですね」
「慎重と臆病の違いもわからないとは、呆れたな。今やルクレリア家は、未来が見えなくなっただけではなく、現実も見えていないらしい。同じ公爵家として、恥ずかしい思いで胸がいっぱいだ」
さすがにこの二人の言い合いに割って入ることはできないなーと思っていると、ウォリックさんに同行していた男性が近づいてきた。
見たことがあるような青い髪をしている男性で、ウォリックさんに顔立ちが似ている。
ウォリックさんと初めて顔を合わせた時にも感じたことだが、どこかで会ったような気が……。
「フンッ、こんな場所にまで出てくるとは。不吉なオッサンだぜ」
青髪の貴族男性は俺のことを知っているのか、とても嫌そうな顔をしていた。
服装が違うものの、その苦虫を噛み潰したような顔を見て、俺は一人の嫌な人物を思い出す。
「もしかして、商業ギルドで働かれていたダラスさんですか?」
俺が初めてカルミアの街を訪れた時のこと。
商業ギルドでトレントの果実を売却しようとしたら、詐欺行為を働こうとしていた人物にそっくりだった。
そんな人間が公爵家であるはずがない……と思いたい気持ちはあるものの、現実はそんなもんである。
「覚えているようで安心したぜ、忌々しいリンゴのオッサン。これで借りを返すことができるっていうもんだ」
不敵な笑みを浮かべる彼の顔を見れば、再会したくない相手と出会ってしまったと思わざるを得なかった。
しかし、ダラスさんは違う。
復讐の炎に燃えるかのように、ギラギラとした瞳を向けてきている。
「改めて俺の名前を教えてやる。俺は公爵家の次男、ダラス・パルメシアだ。 パルメシア家にたてついたこと、後悔させて――痛ッ」
「平民に熱くなるな。お前の悪い癖だ」
ウォリックさんに決め台詞を妨害されて、ちょっぴりカッコ悪いダラスさんである。
一方、フィアナさんと言い合いしていた割には、ウォリックさんは平静を装っていた。
「あの時は邪険に扱って悪かったな。エミリアの体調が改善したのは、お前のおかげだと聞いている。助かった」
「……いえ、とんでもございません」
ウォリックさんは礼を言うようなタイプに見えないだけに、俺は一瞬驚いてしまった。
ハリードさんが言っていたが、意外に悪い人ではないのかもしれない。
まあ、話し合えばわかる、というような人にも見えないが。
「だが、エミリアの命を削るような真似はするなよ。アレには、俺の後継ぎを生む仕事があるからな」
そう言い残したウォリックさんは、スタスタと廊下を歩いていった。
一国の王女をアレ扱いとは……と思っていると、ダラスさんが顔を近づけてくる。
「俺を陥れたこと、後悔しても遅いぜ」
君は自爆しただけじゃないかな。
詐欺行為を働いただけでなく、俺を脅しているところをフィアナさんに見つかったことが原因だろう。
「言っておくが、トレントの果実なんかじゃ、王女の体調は回復しねえぞ。同じ舞台に立ちたいなら、俺様のように軍隊蜂の蜂蜜を持ってくるんだな。クククッ」
そう言ったダラスさんは、勝ち誇ったようにウォリックさんの後を追っていった。
しかし、俺は思わぬところで彼と繋がっているような気がしてならない。
ゴードン伯爵が暗躍していたこと。
ダラスさんがカルミアの街の商業ギルドで働いたこと。
世界中で入手困難とされる軍隊蜂の蜂蜜を入手していたこと。
これらがすべて偶然だと思うことができなかった。
そして、王都に滞在するダラスさんは、カルミアの街にいた時と大きく違う点が見えてくる。
廊下で出会った白衣を着た薬師のような方と出会ったダラスさんは、別人のように表情が変わり、にこやかな笑みを浮かべているのだ。
俺みたいな平民に対する態度は悪いが、貴族に対しては良い顔を見せているんだろう。
「お元気そうですね、サルーシア侯爵」
「おお、ダラス様。いつも軍隊蜂の蜂蜜をありがとうございます」
「気にしないでください。王女殿下の命を救うのは、国民として当たり前のこと。ましてや、兄さんの婚約者ですから、死に物狂いで集めたいと考えております」
「そのようにおっしゃっていただけると、実に心強い。ダラス様のような方が公爵家にいてくださり、本当によかったよ」
先ほどまでトンチンカンなことを言って、変な因縁をつけてきた人とは思えない。
さすがに公爵家に生まれただけのことはあって、貴族に対するマナーはしっかりと身についていた。
兄のウォリックさんにコミュ力がない分、弟のダラスさんが貴族の交流を深める役を担っているみたいだ。
これはカルミアの街で過ごしていた時と違って、厄介な相手になるかもしれない。
「ところで、そろそろダラス様も身を固めた方がよろしいのではないですかな? もしよろしければ、私の娘と仲良くしていただけるとありがたいのですが」
「サルーシア家のご令嬢といえば、社交界でもとても美しいと有名な方ではありませんか。俺のような未熟な者にとっては、高嶺の花。遠くから眺めることで精いっぱいです」
「何をおっしゃいますやら。我がサルーシア家は、王家に深く忠義を誓う家系です。ダラス様のような方と縁を結びたいと……」
話を弾ませた二人は、この場を和やかな雰囲気のまま去っていく。
その光景を見ていたフィアナさんに、俺は思い切って訊ねてみることにした。
「パルメシア家の軍隊蜂の蜂蜜について、フィアナさんはどう思っていらっしゃるんですか?」
「……相手は公爵家です。推測だけで事を荒げるわけにはいきません」
「なるほど。思っていた以上に闇が深そうですね」
「少なくとも、王家に軍隊蜂の蜂蜜を献上し続けてきたのは、パルメシア家です。それが今後も続くのであれば、問題ないかと」
「もし途切れてしまうようであれば、ゴードン伯爵に関わっていた可能性が高い、ということですね」
「元凶を断った以上、その答えは次第に明らかになるでしょう。それよりも今はご相談したいことがあります。ついてきてください」
深刻な表情を浮かべるフィアナさんをに連れられ、俺は再び王城の中を歩いていくのだった。




