第136話:ブラッシング
ルクレリア家の屋敷にたどり着くと、王都で初めての夜を迎えることになった。
俺たちは平民だが、前回の依頼でフィアナさんを守ったこともあり、予想以上にVIP待遇を受けている。
会食の席でフォークとナイフを使うような豪華な料理をいただいたり、広々とした客間に案内されたり、体が沈み込むようなふかふかのベッドが用意されていたり。
まるで高級ホテルに宿泊したような気分で、贅沢しているような気持ちで胸は高鳴るが……。
庶民の生活が染みついている俺には、あまり落ち着くことができない。
そのため、屋敷の裏庭を借りて、ウサ太と息抜きをすることにした。
本来であれば、暗くてあまりわからないと思うところだが――。
「フク助をテイムした影響で、夜目が利くようになったな。しかも、意識的にオンとオフを切り替えられるぞ」
暗闇でも周囲の光景がハッキリとわかるほど、よく見えるようになっていた。
思わず、フク助にも声をかけようと、俺は天に向かって合図を送る。
「見えていれば、これで来てくれるはずなんだが……」
「ホォー」
「おっ、来てくれたな。さすがに死神と呼ばれるだけあって、夜は雰囲気が違うぞ」
弱体化していた昼間の姿ではなく、夜の闇で強化されたフク助は、暗黒のオーラを纏っている。
その影響か、昼間に見た時よりも存在感や威圧感が薄いにもかかわらず、不思議と場を緊迫させるような異様な力を放っていた。
「フク助。夜の姿は一段とカッコいいな」
「ホ、ホォ」
よせ、照れるぜ、と言わんばかりに頬を染めたフク助は視線を逸らした。
意外にシャイな魔物である。
そんなフク助とウサ太と共に、憩いのひと時を過ごそうと思う。
地面に腰を下ろした俺は、膝の上にウサ太を載せて、約束通りブラッシングをすることにした。
「どうだ、ウサ太。初めてのブラッシングは」
「きゅ~……」
目を閉じて心地よさそうにする姿は、気に入ってくれたと見て間違いない。
これくらいのことで喜んでくれるのであれば、お安い御用だった。
一方、シャイなフク助を放っておくわけにはいかないので、マジックバッグからトレントの果実を取り出す。
「王都ではあまり用意してやれないが、今日は仲間になった特別な日だからな。ちょっとしたお祝いだ」
「ホォ? ホォー」
しかし、フク助はトレントの果実を食べたことがないみたいで、興味を示さなかった。
肉食であるのであれば、仕方ないと思うが……。
「きゅー」
「ホォー」
「きゅ~、きゅきゅ」
「ホォー……」
ウサ太が勧めてくれたみたいで、フク助がトレントの果実に興味を持ち始める。
クチバシで突いて食べやすい大きさにすると、それを咥えて、喉奥に流し込んだ。
「フォ~……!」
なかなかやるではないか! と言わんばかりに目を大きく開けたフク助は、意外にグルメなのかもしれない。
体の構造の問題もあって、喉ごしを楽しんでいるみたいだが、明らかに喜んでいた。
「山で暮らしているトレントの爺さんが実らせてくれるんだ。フク助も山に行ったら、仲良くしてやってくれ」
「ホォー、ホォー」
素直にウンウンと頷くフク助は、とても死神と恐れられている魔物とは思えない。
テイムした影響で親バカになっているのかもしれないが、一心不乱にリンゴを楽しむ姿は、可愛く見えて仕方がなかった。
そんなこんなでウサ太たちと戯れていると、屋敷の方から明かりを持ったアーリィが近づいてくる。
「うっ……。やっぱり夜のマダラフクロウは不気味ね」
「そうか? カッコいいと思うんだが」
「ホォーッ!」
フク助が翼をバサッと広げると、反射的にアーリィは後ずさっていた。
「普通に怖いわよ。こんな場所で襲われたら、ひとたまりもないんだもの」
「それは軍隊蜂も同じだろう?」
「軍隊蜂はもっと友好的だったわ。でも、マダラフクロウはそうじゃないでしょ?」
フク助の表情を見てみると、警戒しているのか、キリッとした表情を浮かべている。
俺はイリスさんの加護で敵意を向けられにくいから、自然と打ち解けているだけなのかもしれない。
ただ、先ほどのグルメな一面を見る限り、意外にフク助は単純な気がした。
「フク助。軍隊蜂の蜂蜜を食べたことはあるか?」
「ホォー?」
「なさそうだな。よしっ、その味を覚えさせてみよう」
「ホォー」
小皿に軍隊蜂の蜂蜜を載せて、フク助に差し出す。
すると、興味深そうに顔を近づけた後、それにクチバシでチョンッと触れて、口の中で味わい始めた。
「ホォ、ホォ……!!」
小皿にクチバシをガンガンとぶつけ、蜂蜜を味わう姿を見れば、早くも虜になったといっても過言ではない。
まだまだ知らない食べ物が多いグルメ家のフク助なのであった。
「軍隊蜂の蜂蜜は、今やアーリィとクレアのおかげで採取できているようなものなんだ。フク助も仲良くしてやってくれ」
「ホォー!?」
なんだと!? と言わんばかりに驚いたフク助は、急に態度を豹変させる。
ジェントルマンにでもなったのか、片方の翼を胸に当て、行儀よく会釈をしていた。
まるで『お嬢さん、先ほどは失礼した』とでも言いたそうな雰囲気である。
この姿を見たアーリィは、なぜか恥ずかしそうにしていた。
「なんだか昔の自分を見ているようで、複雑な気分になるわね」
アーリィは、トレントの爺さんを『金の成る木』だと思ったり、軍隊蜂の蜂蜜を金貨としか見ていなかったりした時期があったので、フク助の気持ちがわかるんだろう。
互いに警戒心が消えて、なんだかんだで仲良くなれそうな雰囲気になっていた。
「ところで、俺に何か用があったか?」
「ああ、そうだわ。フィーちゃんが、後で服の採寸をしたいって言ってたの。アルメリート会議に着る服装を用意したいみたいよ」
「それでわざわざ伝えに来てくれたのか。悪かったな」
「別にいいわよ。さすがにこういう状況なら、メイドさんや執事さんに探させるわけにはいかないもの」
「確かに」
ルクレリア家と親睦を深めているとはいえ、王都の使用人の方たちは、俺が魔物を連れてきていることを知らない。
もしもこんな姿を目撃されてしまったら、大惨事に陥ってしまうだろう。
こうして夜の裏庭でウサ太たちと戯れさせてもらうのも、いろいろな人が協力してくれるおかげなんだと思った。
「一応、会議に出ても恥ずかしくない服は、持っているんだが……。貴族が集まる会議ともなれば、そんなことも言っていられないか」
「公爵家の面子も関係してそうだもんね。お金も向こうが出してくれそうな雰囲気だったわよ」
「道中に大盤振る舞いした影響かもしれないな。お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
気持ちよさそうにしていたウサ太をどけ、フク助に別れを告げた後、俺はアーリィと共に屋敷に戻っていく。
「で、フィーちゃんたちにマダラフクロウのことは打ち明けるの? けっこう引かれると思うわよ」
「黙っていた方が後で問題になりそうな気もするんだよな……。エミリア王女の一件もあるし、報告しておいた方が無難だろう」
死神と呼ばれる魔物を王都に呼び寄せるのは、さすがに怒られるよなーと思いながら。




