騎士団長の座は渡しません9
長い長い観光を終えて宰相の屋敷へ帰る頃には日が暮れていた。
普通は三日ほどかけて回るところを一日で駆け回ったのだ。
トトもルシアも疲れた顔を隠していたが、エリーゼは元気いっぱいだった。
「お帰り、エリーゼ」
ガーデニウム自身が出迎えてくれ、エリーゼは抱き付かんばかりの勢いでただいまを言った。
「楽しかったようだね」
「はい、とっても。レイムお父様のおかげで美味しいものも食べられたし、感動する景色も見られました。本当にありがとうございます」
「これで満足してはいけないよ?まだまだ見るべき所、行くべき所があるからね。時間はあるんだ。楽しみにしておいで。それで、一つ報告があるのだが」
「はい、なんでしょう」
「大学院から入学の許可が下りたよ。最速の通達だ。それもこれも君がリリトリスでの優秀な成績を収めていたからだ。夢に一歩近づいたね」
「ありがとうございます、レイムお父様」
今度こそ抱きついて、エリーゼは感謝を表した。
宰相からの要望で学院の許可が下りたに違いないとエリーゼは思ったのだ。
「これこれ、令嬢が抱きつくなんて」
これ以上に無いほど頬を緩めてガーデニウムが嗜める。
使用人たちがあらぬ方向を向いて彼を見ない様にしているのは気のせいだろう。
「失礼しました、レイムお父様。嬉しくて、つい」
「いいんだよ。君のここでの父親だからね」
デレデレ。
「学院の成績が優種なら騎士養成所への推薦が取れる。私からの推薦状も合わせれば最強だよ」
「はい、レイムお父様の名に恥じぬよう頑張ります」
「君なら心配ない」
デレデレ。
目も当てられない、と使用人たちが下を向いてしまっている。
当人たちはご機嫌で屋敷の中へ入っていく。
「レイムお父様、一つお尋ねしたいことが」
「なんだね?」
「ローランド様のことなのですが、レイムお父様はローランド様のことをご存知のようですし、教えて頂ければ嬉しいのですけれど、私が騎士団長を目指したら、彼の方の騎士になるのは後回しになると言うことでしょうか。それとも、騎士団長を目指すことが、彼の方の騎士になる近道になるのでしょうか」
心底悩んでいるという風にエリーゼが尋ねる。
「あー、そうだな。騎士団長を目指すことが件の御仁の騎士になる近道になるよ。相当な高位貴族の方だからね。彼の一の騎士というのは騎士団長の座と同等かな」
ガーデニウムに言われてエリーゼのやる気に火がついた。
「なるほど。私はもっともっと精進しなければいけないということですね」
「まあ、そうだね。でも気負わなくてもいいよ。自分の良いところを伸ばすという軽い気持ちでいい」
それ以上やられると目立ってしまうからね。
最後の言葉は小さくて聞き取れないエリーゼだったが、サロンへ誘われ、大人しく付いて行く。
「夕食の準備が整うまでこちらで話でもしようか」
「はい」
ガーデニウムは侍女の用意したグラスをエリーゼにも渡した。
「お酒、ですか」
「ああ。エリーゼはあまり好きではないのかな」
おや、という表情で言われて、エリーゼは苦笑した。
「元婚約者の方が、私にはあまり飲むなと仰せでしたので、実は一度しか飲んだことがありません」
「随分と支配欲の強い婚約者だ」
リリトリスの第三王子の横暴ぶりは聞き及んでいるガーデニウムだったが、素知らぬふりをしている。
「飲めるようなら遠慮なく飲みなさい」
「ありがとうございます」
そわそわと受け取ったグラスを傾けて口に入れる。
爽やかな甘味と喉を熱くするアルコールの喉越しが美味しい。
「美味しいです」
目を輝かせて言うエリーゼに満足そうにガーデニウムは頷いた。
リリトリスでできなかったことを彼女にさせて欲しい、とそう知己には頼まれている。
この輝きを見られるのなら、頼まれなくともなんでもさせてやりたくなると言うものだ。
娘を持つと言うのは、本当に嬉しいことだな、と彼はしみじみ思った。
何せ、三人の息子は父親に笑顔の一つも見せやしない。おまけに感謝すらしないのだから。
余裕の表情でゴクゴクグラスを開け始めたエリーゼがとんだ酒豪だと分かったのは、朝方まであらゆる種類の酒を振る舞うことになったガーデニウムが潰れて寝息を立てた後だった。