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 「多分ね、幸せにする者とされる者の違いよ。わたくしはあなたの伯父様に幸せにされる者。わたくしを幸せにできるのだから伯父様にはわたくしを選ぶ資格がある。でもアイリーンを幸せにできないケビンには資格が無い、そう考えられたのね。アイリーンもわたくし達も望んだものは同じ。愛する人と共に歩んで行きたいという思いだったけれども、娘を案ずるお義父様は現実的な事しか考えられなかったんでしょう。かわいい娘がカツカツの暮らしをするのは、とてもとても見ていられなかったのよ」


 なるほどな……と私は物凄く納得した。きっと祖父は母が苦労することなどないように、最高の結婚相手を見つけてやろうと思っていたのだろう。キャロルパパなんて家柄と肩書は素晴らしいものね。それなのに祖父から見れば茨の道を選びたいと言い出したのだから、認めるわけにはいかなかった。祖父は理解出来なかったんだ。母が本当に父を深く愛しているってことを。


 「アレ…………?」


 ふと芽生えた疑問に私は瞬きを繰り返した。どうしたのと言うように伯母がことりと首を傾げて私を見ている。


 「伯母様?アイリーンも、わたくし達も……って?!」


 パチパチと瞬きを繰り返す私を見て伯母は吹き出しそれからペロっと舌を出した。うわー、マナーとしてよろしくないのは重々承知してはおりますが、すっさまじくキュートでキュンとしちゃいましたよっ!


 「そういうことよ」


 私は思わず尊敬の眼を伯母に向けた。凄いな伯母様。ジョスリンが結婚してくれたのはアイリーンと姉妹になるだけの為だって信じている伯父様に、がっつりアドバンテージではないですか!


 思いもよらぬ伯母の計算高い一面に驚いた私は、どうやら真ん丸く目を見開いていたらしい。そんな私を見て『あらまぁ、おめめが落っこちそうよ?』とおどけたように言いながら、伯母は得意満面に笑っている。


 「白銀の妖精と謳われたアイリーンの陰に隠れてしまいがちだけれど、あなたの伯父様ってそりゃあ素敵で令嬢達の憧れの的だったんだもの。何か切り札でもなきゃ不安でしょう?」

 

 齢15歳の伯母様、恐るべし!


 ホントは自分も大好きなのに、『仕方がないわ、アイリーンと姉妹になるために結婚してあ・げ・る』ってことにしちゃったのね。社交界デビュー前のお嬢さんとは思えぬ高度な恋愛テクに中身がアラサーの私もふむふむと感心しきりだ。


 「で、どうするの?」

 「どうするの?」


 両腕を組んで本格的に感心感心……とやっていた私は、伯母に掛けられた言葉の意味がわからずに、とびっきりの間抜けなおうむ返しでお返しした。


 「ウォルターはいつまでもとは言うけれど、そろそろ方向性くらいは見定めた方が良いんじゃないかしらね?」

 「……あぁ……それですか……」

 「どう?今の話は決め手になったんじゃない?」

 「はい?」

 「ステラが返事を迷っているのは、ケビンとアイリーンがまるで小説の登場人物みたいにしか感じられないのが大きな要因になっているんでしょう?」

 

 ……ウォルターってば伯母様に何か吹き込んだわね。いつまでも待つなんて言っておきながらホントにもうあの人は!


 事実だ、実際その通りなんだけど、相当ハショッて大きな要因という一言でうまいことぼやけさせている。ぼやけさせるくらいなら言わなきゃ良いのに、それを抜け目なく利用しちゃうのがあの人だ。


 「アイザックの話でステラの意識がかなり変わったのでしょう?で、どう?わたくしの話はどうだった?」

 「ど、どうって……」


 伯母様、お目々をキラキラさせてグイグイ寄って来るのは何故ですの?


 「ケビンのようにアイリーンも色を取り戻した?ね、どうかしら?」

 「そ、そうです……ねぇ……」


 すっかり15歳の恋愛テクニシャンに意識を攫われていたとはとても言えず、私は慌てて母の話を脳内で反芻した。


 頑固一徹で竹を割ったような性格の母。相当漢っぽい気性だった母。惚れ込んだら一途で怖いくらいの母。そして……あなたはあなた、どんな名を持ちどんな境遇にあったとしても大切な人なのだと言った母。


 考え込む私に『そうだわ』と言って伯母がハンドバッグを探った。


 「あなたのおばあさまがこっそり写真を隠すために作らせたのよ」


 そう言って手渡されたのは金色のコンパクトミラーで、蓋を開けると中にもう一つ蓋が付いている。その裏側には一枚の写真が嵌め込まれていた。皆が口を揃えてそっくりだと言うのも無理はないのだと、セピア色の写真の被写体を見た私はつくづく感じさせられた。そこに写る母は丁度私と同じ年頃なのだろう。瞳の色を現さないその姿はまるで私そのものだったのだ。


 真っ直ぐにこちらを向いているその視線に捉えられたかのように、息を殺して初めて見る母を見つめていた私は、やがて項垂れて首を左右に振った。


 「伯母様、ごめんなさい。アイリーン・フランプトンという存在に色が戻ったのは確かです。父と同様この母も私の中で親しみ深く温かな生き生きとしたものにはなりました。でも……これはきっと両親に対する想いではないと思います。これだって自分の写真にしか見えないんですもの」

 

 一目だけでも母の姿を見ることができれば何か変わるのではないか?そんな風に思ったのは一度や二度とではない。祖父が怒りに任せて肖像画も写真も全て燃やしたと聞かされていたから、それは叶わぬことだと諦めていて。けれどもいざ目にした母の写真は驚くほど自分と似ているだけで、むしろ似ているを通り越して自分の写真にしか見えなかった。肩を上下させて大きなため息をついた私は、こんなにも気落ちするものかしらと自分でも驚いていた。


 申し訳なさで一杯になりながら見上げた伯母は顔を歪めている。大好きな友を母と認識できない私のせいで伯母を悲しませてしまった……私の胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだその時、伯母はトロンと表情を崩した。


 どうしてなんだろう?ウォルターに公爵邸に連れて行かれたあの日から、やたらめったらどいつもこいつも向けてくるこの笑い。そう、によによによによした笑い方だ。


 

 


 


 

 

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