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「私はお母様を知りたい……上部だけじゃなく内側も。頑固で方向音痴で凄まじく絵が下手で、そんな……そんなお母様を、ようやく私は知りたいと思えるようになりました。でも……」
そこまで言ったけれどもやっぱり言葉を繋ぐことに迷いを覚え、戸惑う私の手を伯母が握った。私がずっと感じていた小さな引っ掛かり。それはほんの僅かなものだけれど、どうにも妙で不自然さを覚えずにはいられずにいた。
どうしてそんなに母が好きなのか?伯母がその理由を話題にしたことは一度も無い。けれども伯母は白銀の妖精と呼ばれた母の容姿だけに魅了されるような浅はかな人ではない。母と伯母の間には特別な何かがあるのではないか?友情以上の特別な何かがきっと。
伯母は握った私の手を優しく撫でてそれから肩に手をかけた。
「大丈夫よ、ステラ。誰でも知っていることなの」
そう言うと伯母は寂しそうに笑った。
「わたくしはね、ロードリア侯爵家の一人娘で、将来は婿養子を取って家を継ぐんだろうと思っていたの。でも家督を継いだのは養子縁組をした従兄。それが決まった時、初めて聞かされたの。母だと信じていた人と血の繋がりが無いってことをね」
「………………」
心臓がドキンと大きく跳ねた音が聞こえた気がする。そして私は酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせて何も言えぬまま伯母を見つめた。
伯母はそんな私の肩を撫でながら話を続けた。
子どもに恵まれなかった侯爵夫妻が夫人の姉妹のように育った侍女にある依頼をし、主が苦しむ姿に胸を痛めていた侍女はそれを受け入れた。そして生まれたのが伯母だった。大変な難産で、侍女は出血過多で亡くなったのだそうだ。
「お母様が『相手』として許せるのは侍女だけだったの。お母様と彼女の間には、二人にしかわからない深い絆があったそうよ。両親は自分達のせいで彼女を死なせてしまったと深く悔やみ、彼女が遺したわたくしだけを大切に育てようと決めたんですって。もしも私が男だったなら下らないケチをつけられたりしなかったんでしょうけれど、わたくしがお母様の生んだ娘ではないのを叔父に突き止められてしまってね……」
伯母はそこまで言うと口を噤んだ。恐らく血筋のことで物言いが付いて、それなら息子がと詰め寄られたのだろう。そして公になるのを恐れた伯母の両親は、言いなりになるしかなかった。
「その時初めて母が生みの母じゃないと知ったけれど……わたくしね、それは割とどうでも良いと思ったのよ。それでもお腹を痛めた子だと思って育ててきたと母は言うし、その言葉に嘘は無かったんですもの」
どうでも良いと思った……冷たい言葉のようだが私にはその感覚がよくわかる。たとえ自分の母親でも、記憶のないその人はあまりにも遠い存在なのだ。
私は肩を撫でている伯母の手に自分の手を重ねて次の言葉を待った。しばらく遠い目をして考え込んでいた伯母は、私に視線を戻すとふふっと小さく声を出して笑った。
「口外無用が条件だった筈なのに、いつの間にかわたくしの周りはこの噂でもちきりになっていたの。忽ちわたくしは友人達から爪弾きにされて、誰からも相手にされなくなってしまった。来る日も来る日も屋敷に籠もって鬱々としていたら……アイリーンが訪ねて来たのよ。別に特別仲の良いお友達って訳じゃ無かったのにね。だからわたくし、初めは何をしに来たんだろうって物凄く警戒してしまったくらいよ」
伯母によるとどうも母はその手のことに興味が薄く、情報に疎かったらしい。自分にとってどうでも良い噂話は徹底的に聞き流し、関係ない考え事をして暇潰しをしていたそうだ。だから伯母を見掛けなくなってしばらくして漸く事の次第を知り、猛烈に腹を立てたのだ。ジョスリンが何をした?どうして何の咎もないジョスリンが排斥されなければならないのかと。
「それでアイリーンは来るお誘いを全部断って毎日わたくしに会いに来たの。そのうちわたくしもアイリーンに会いに行くようになって……アイリーンったらね、そこに気が弱くて渋々皆に従っていたような令嬢を呼んで来るのよ。わたくしに会いに来るときも誰かしら連れてきて。それがまた、本当に見極めが上手くて、良心の呵責に苦しんでいるようなメンバーをちゃーんと揃えるものだから、思わず笑ってしまったわ。それがどんどん広がって、いつの間にかわたくしは沢山の友人に受け入れて貰えるようになっていたの。まぁ今でも招待客の多い茶会や大規模な夜会は苦手だけれどね」
私がデビューしたあの夜会で、ジョシュアお兄様が名代として参加していたのはそのせいなのかと、私は今更ながら思った。
「アイリーンのお陰でわたくしは信頼できる友人達を得ることができたわ。そしてわたくしとアイリーンは親友になった。でもわたくしは……アイリーンから初恋を打ち明けられたわたくしは反対したのよ。だって、あの時わたくしに向けられた、周りの冷たい目が忘れられなかったから……」
すっと目を伏せた伯母の頬を涙の雫がぽろりと伝った。伯母は指先でそれを拭うと項垂れて首を振り、そしてまた私を見つめた。
『あなたはあなた。誰の血が流れていようが、私にとっては大好きなジョスリンでしかないわ。ケビンもそうよ。私のたった一人の大切な人なの』
それが伯母が母から言われた最後の言葉だった。伯母は母の覚悟を悟り祖父に懇願したがけんもほろろにあしらわれ、そして母は家族を捨て愛する人と生きる道を選んだ。
「今でもお義父様を怨んでいるのはただの八つ当たりなのよね。わたくしは手を差し伸べてくれたアイリーンに理解を示さなかったんですもの。その後悔をお義父様にぶつけていたんだわ」
肩を竦めて伯母が笑う。そのいたずらっぽい可愛らしい笑いは、何だかさみしげに見えた。
「お義父様はお義父様なりに、不器用だけれど愛情深くアイリーンを育てたんだと思うの。だってアイリーンってやっぱりお義父様に似てるのよ。あなたの伯父様がわたくしとの結婚を望んだ時に、あれこれと耳打ちする人もいたけれど、『礼儀正しく淑やかな非の打ち所のないご令嬢ではないか。どこに問題がある?』ってバサッと切り捨てたんですって。頑固過ぎて厄介だったけれど、本当はそういう方なのよ。心は温かいの、とてもとてもね」
「……じゃあどうして父は認めて貰えなかったんでしょうね?」
思わず首を傾けた私に叔母はコクリと頷き、頬に人差し指を添えて考えながらまた頷いた。




