9話 修行
修行! そう来たか。
滝に打たれたり、無我の境地を目指したり、荒野を彷徨ったりするやつね。
ОK、いいぜやってやる。
はい、ということで。俺ことベニッピー、只今絶賛修行中です。
何をしているのかって? おう、教えてやろう。
目隠しをして、獰猛なサメの群れの中を一人、逃げ回っているんだ。
悪鬼、じゃない、死神、でもない、ヘクターさん曰く、
「視力に頼らず、サメが持つ僅かな魔力を感知してください。
殺気は当てになりませんよ。彼らにあるのは、本能的な食い気のみですから」
だそうだ。なんとかそれをクリアすると、
「次はその状態のままで、この小さな籠に入ってもらいます。
身体を使って泳ぐのではなく、魔法で籠を動かすのです」
あっさり言う。
「え! どうやって!?」
「貴方ならすぐにコツを掴めると思います。その籠は、数回程度ならサメに噛まれても破壊されません。
食べられる前に、頑張って慣れてくださいね」
この世界にもスパルタが存在するのだろう。そして彼は、そこの出身に違いない。
これにはマジでビビった。
俺は呆然としている間に籠に閉じ込められ、再び危険地帯に放出された。
魔力センサーに迫るサメの群れを目にして、必死に考える。
この金属の柵に、自分の魔力を流して...それから? どうやって動かすんだ!?
何もできないまま、1匹のサメにバクリと噛まれる。
サメは籠の硬さと感触に驚いたようで、すぐに俺を離した。だが、また別のヤツが来るだろう。
命綱であり枷でもある籠は、今の一撃で既にひしゃげている。
2匹目が迫っているのを感知して、とりあえず回避を試みる。
籠本体は一旦諦めて、周囲の海水ごと移動するのだ。
イメージは...シャボン玉だ。石鹸の膜の中も外も空気なのに、風に吹かれて飛んでいた。
俺の魔力で球体の膜を形成し、右へ回避しろ! と念じる。
海水ボールは動き出したが……あまりにも遅い。
しまった、流したエネルギーが足りなかったのか!?
そして、虚しくも2匹目のサメにもガブリとやられる。
グニャリと変形した柵を見て、ふと思う。
これ、直せるんじゃね? と。
先程流した魔力を、マリオネット使いが人形を操るように、動かしてみる。
すると、柵が動いた。
そうか。籠本体じゃなくて、俺の魔力を操作すればいいのか。
後は簡単だった。
最初に作ったシャボン玉の動きが遅かったのは、どうやら水の抵抗をモロに受けていたからのようだった。
スカスカの籠の方が、少ないエネルギーで素早く動かせる。
それに、物理的な…依り代みたいなものがあった方が、魔法初心者の俺にはイメージを実現しやすかった。
「流石ですね。予想通りでもあり、予想以上でもあります。結界の基礎まで習得してしまうとは」
「結界?...それより、貴方は宰相だろう。俺の訓練なんかよりも、他に大事な仕事があるんじゃないのか」
「通常ならば、こういった訓練は兵隊の管轄なのですがね。今回は、効率と機密保持のため、私の重要な仕事の一部です」
「そうか。で、どうだ? 少しは使い物になりそうか」
「ふふふ、勿論ですよ。ですがベニッピーさん、貴方の実力はまだまだこれから引き出すのです。ふふふふふ……」
怖い。
そんな調子で悪魔の所業...じゃない、鬼の修行は進んでいった。
海底の石ころで龍宮城のミニチュアを作らされたり、海水から空気を抽出して巨大な泡を作ったり、さらにその中に火の玉を浮かべたり。
カエルウオを操って城壁のコケ清掃をしたり、体当たりで邪魔な岩を砕いたり。
竜宮城の周囲に海流を生み出そうとした時には、危うく全魔力を大海原に出血大サービスするところだった。
「魔力が枯渇すると、生命力が変換されていきますので、注意してくださいね」
「なにそれ早く言って!」
「しかし、うまい具合にピッタリ空にすると、最大魔力量は増えていきます。筋トレと同じようなものですよ」
「筋トレってそんなに難しかったっけ?」
「できるだけ、毎回空にしていきましょう。貴方はまだお若いので、相当伸びますよ」
「おにっ...オンリングが食べたいなぁ!そろそろ腹減ったよ」
「残念ながら、今は玉ねぎの備蓄は無かったはずです。代わりにイカリングはいかがですか?」
ということで、現在イカの群れを魔力探知中。
お...、来たようだ。大群ではないが、食事には十分な数がいる。
俺は気配を消して、さらに警戒されないように身体を縮めて泳ぎだす。
群れに接近したところで、ピカッと尾びれを光らせた。
一斉に近寄ってくる小型のイカたち一匹一匹の位置を確認する。
そして、
「はい、電撃ショック~!」
一斉に、ピンポイントに電流を流した。
普通に電気を発生させたら俺を含めて感電するが、そこは魔法で電線を作るのだ。
心停止したイカ軍団を引き寄せ、広げた網に放り込む。
傍で見ていたヘクターが嬉しそうに笑った。
「狩りが上達してきましたね。修行の成果がでて何よりです」
「ああ。ヘクターさんのおかげで、色々な事が出来るようになったよ。副業として、よろずやベニちゃんでも開業しようかな」
「それは良いかもしれません」
城に戻り、厨房の空気室にてイカリングを揚げる。
ここで働いているのは、空気呼吸もできる者たちだ。
「おやベニッピーさん。今回はイカですかい」
「まだ沢山あるから、食材として使ってくれ」
「へへっ、ありがてぇ。アンタが捕ってくる食材は、いつも仮死状態で新鮮っすな。食料調達班に異動しちゃくんねえかねぇ」
「そうだな。今の仕事が片付いたら、ここに配属されるかもしれないな」
「おぉ、そんときゃ歓迎の宴だ。楽しみにしててくだせぇ」
そう言うわりに、全くそうなると思っていない顔だな。
でも確かに、城の修繕作業係とかも有り得るか。ヘクターさん、ミニチュア城の出来栄えに感心してたし。
俺にしか出来ない仕事をしてもらう…って言っていたよな。なんだろう。
揚げあがったホカホカのリングを皿に盛り、レモンの輪切りを添えて泡で包む。
それを魔法で牽引しながら廊下を進み、執務室の扉を開ける。
「よぉガル。イカリング作ったぜ、食べるか?」
「もちろん、有難くいただくよ。ヘクターに聞いて待っていたんだ。揚げ物は久しぶりだなぁ」
あれ、おかしいな、ガルの声なのに何かいつもと違う。
ついでに、すぐに視界に入ってくるあの巨体が居ないんだが。
不審に思って声の出所を探す。
すると、普段は無い大きな泡が漂っていて、その中に人影が二つ見える。
人影は、こちらに向かって大きく手を振った。
「ベニッピー、早く入っておいでよ。揚げたてで食べねば勿体無い」
「...っ、お前かい! ってか、ヘクターさんもかよ!!」
人化していたのは、いつもの二人だった。