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とりつきがたり  作者: 仁野久洋
14/19

新兵衛、キレる

「こっちに向かってくるのですっ! どうしますか新兵衛っ!」

「そうだな。邪魔にならないよう、道の端っこに寄っとこう」

「なんですかその無気力な選択肢! 先頭走ってる幼女なんて、ずいぶん立派な着物を着てますよっ! お姫様とかじゃないですかっ?」

「そうだな。多分、どっかの姫様だろ。ちんまいくせにかなり足速いよな。はっはっは」

「凄い他人事! 笑ってる場合じゃないですよっ! お姫様、めちゃくちゃ泣きながら全力疾走しているじゃないですかっ! にぎゃあああああとか叫んでますよっ!」

「だな。珍しいものが見れて得した気分。あんなに裾とか振り乱して走る姫なんて、なかなか見られるもんじゃない。はっはっはっはっは」

「私たちも襲われるかもとか考えないのですか、しんべーっ!」

「大丈夫。まぁ落ち着けよ、澄。俺もとっといた団子でも食べて落ち着くから」

「食っとる場合かっ!」


 団子を懐から取り出した新兵衛の頭を、澄がべしんとひっぱたいた。が、それはやはりそよ風程度のものである。新兵衛は構わず団子を口元にまで取り上げた。


「にぎゃああああ! あ! これ、そこの貧乏侍! うちを、うちを守るのじゃ! あの龍を成敗せよ! 早く、早くするのじゃぁぁぁぁぁ!」

「ばあさぁぁぁぁぁん! どこにおるんじゃ、ばあさぁぁぁぁぁぁんっ!」

「姫ーっ! お待ちを! しばしお待ちをーっ! そこの者、すまんが姫を取り押さえてくれまいか!」

「ギュオオオオオオオオオ!」


 新兵衛は土煙を巻き上げて迫り来る集団に「は? 同時に話しかけられても聞き取れん」と耳に手を当てて主張した。腰の〈命石〉は業刹に反応した時と同じくらいに光っている。だが、今度の光は青かった。澄はそんな新兵衛に「ムカつきますっ。こんな人がいたらムカつきますっ」と震えていた。


「うるさいなぁ。いいんだよ、ほっといても。少なくとも、龍に関しては問題ない。姫とじじいと侍がなんなのかは分からんが、まぁ、別に刃傷沙汰にはならないだろ」

「え? どうしてそんなことが分かるんですっ?」


 新兵衛がすいっと道脇の岩陰に身を潜めた。澄は新兵衛の頭の上に浮かび、迫り来る集団を凝視している。ずどどどどどと峠を駆け下りてくる集団は、新兵衛の脇を通り過ぎようとした。その時。


「にぎゃああああ! たふたふたふ、たふけてなのじゃあっ!」

「なにっ?」

「あ」


 岩陰の新兵衛に、姫が90度ターンをしてしがみついた。拍子に懐の団子が飛び出した。新兵衛は自由の利く左腕を慌てて伸ばし、団子をキャッチしようと試みる。


「おお! よくぞやってくれた! 感謝するぞ、其処許そこもとよ!」

「なぁっ!」

「あ」


 その姫に、若い侍が後ろから勢い良くしがみつく。団子は既のところで新兵衛の手をすり抜けて、またしても宙を漂った。しかし新兵衛は諦めない。さらに「ぬおお」と手を伸ばす。


「ここかぁ、ばあさぁぁぁぁんっ! はごっ」

「だあああああ! なにしてくれるんだ、じじいー!」

「あ」


 団子は、少し行き過ぎながらも、華麗なクライフターンを決めて新兵衛のいるところを覗きに来た、じじいの口に収まった。そこへ。


「ギュゴオオオオオオ!」

「にぎゃああああああ!」

「姫――! もう離しませんぞ、姫――! はぁはぁ」

「もごもご。うまぁいぞぃ、ばあさぁぁぁぁぁん!」

「ほわあ! ししし、しんべー!」


 ずざざざざと急停止した長さ20尺(6メートル)はあろうかという龍までが追いついた。緑の体は蛇のように細長く鱗に覆われ、鰐に似た頭には、牡鹿のような角がある。大きく裂けた口には鋭い剣歯がずらりと並び、喉の奥からは赤い炎が舌のようにちらちらと燃えていた。直後、新兵衛がキレた。


「うっぜぇぇぇぇ! なんなんだよ、お前らぁぁぁぁ! 俺の団子、返せよぉぉぉぉ!」

「ぎにゃあ!」

「姫! はぁはぁ」

「ばあさ、ふごぉ!」


 新兵衛はまとわりつく三人を滑らかな体捌きで涙しながら振りほどくと、天に向かって咆吼した。吹き飛ばされた三人は、後ろから地面に倒れこむ。新兵衛の体格は、お世辞にも立派とは言い難い。当然、力の強さも知れている。下手をすると女の子と間違われる事もあるような新兵衛が、大人二人を含んだ人間三人を吹き飛ばしたのだ。しかも、命の危険から必死で縋り付いている者たちを。若干一名、邪な気持ちでしがみついていた者もいたのだが。

 これが新兵衛の”武器”だった。楽をしたい一心でたどり着いた、徹底的に無駄を排除した体捌き。これが新兵衛唯一の取り柄だ。これには兄十兵衛もいつも舌を巻いていたほどの”武器”だった。


「てめぇのせいか、この龍野郎!」

「ギュゴォ?」


 新兵衛はびしっと龍を指さした。瞳は怒りに燃えている。命石は、やはり青く光っていた。


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