空中バーベキューと、引き継がれる温もり
「ちょっとお父さん!! またわけのわからないもの仕入れてきたのね!?」
白亜の浮遊島に建つベルン家のリビングに、16歳の双子の姉・リーゼの元気な怒声が響き渡った。彼女の腰には、母エレナの形見である長剣が凛と提げられている。
「ち、違うんだよリーゼ! これは『自動で肉が最高に美味しく焼ける魔法の鉄板』なんだって! ほら、この行商人のおじさんが安くしてくれてさぁ……」
「お父さん、その『行商人のおじさん』って、昨日ミラちゃんにスマホの通信回線について質問攻めにされて泣きながら帰っていった人でしょ」
双子の妹・ロッテが、鉄のガントレットをはめた手でぽんぽんと自分の頬を叩きながら、ジト目で父親を見つめる。
父親のベルン(42歳)は、愛嬌のあるタレ目をさらに下げて「あちゃー、やっぱり騙されちゃったかなぁ」と頭を掻いていた。
「お父さん、貸して」
ソファに座って、自作の魔導スマホを操作していた8歳の三女・ミラが、ひょいと顔を上げる。
彼女はベルンの持つ『自動で美味しく焼ける鉄板』を受け取ると、人差し指でツンと触れた。その瞬間、彼女の瞳にほんの一瞬だけ、シルヴィアすら泡を吹いて倒れるレベルの超精密な魔力回路が映り込む。
「……ただの熱伝導率が良いだけの鉄板。裏に『発熱』の初級スクロールが雑に貼り付けてあるだけ。……あ、もう壊れた」
「ガビーン! 金貨3枚もしたのに!」
「もう、本当にお父さんは……。でも、ミラちゃんが触って壊れちゃったなら仕方ないね」
リーゼが呆れ顔から一転してクスクスと笑い、ロッテも「まぁ、鉄板としては使えるみたいだし、今日のバーベキューにちょうどいいんじゃない?」とベルンの肩を叩いた。
そう、今日はベルン家の広い庭園テラスで、日頃お世話になっている(あるいは胃を痛めている)面々を招待しての、盛大な「空中バーベキュー大会」が開催されることになっていた。
「いやぁ、素晴らしい眺めですね、ベルン殿! これならビールが何杯でも進みそうだ!」
一番乗りでやってきたのは、あの魔王領から直々にやってきた『魔王』だった。
角の生えた渋いナイスミドルである彼は、今日のイベントのために、魔王領で自らが丹精込めて育てた極上の巨大トマトや高原野菜を大量に抱え、完全に「気の良い近所のおじさん」の装いで現れた。
「いらっしゃい、魔王ちゃん! いつも美味い野菜をありがとうな!」
「ははは! テオ君の料理にかかれば、我が領の野菜も天上の食材へと化けますからな。手土産としてはこれ以上ないでしょう!」
魔王の後ろでは、魔王軍の参謀クロウが、王国騎士団長セリア(23歳)と、お互い笑顔のまま一歩も引かないバチバチのプレッシャー(実力拮抗のバケモノ同士)を放ちつつ、静かにお肉の並ぶテーブルを睨んでいる。
さらにその横では、魔王の側近『右王』と『左王』が、双子(リーゼ、ロッテ)と一緒になって、
「おい、炭の火加減はどうする?」
「地面を軽く叩いて、摩擦熱で一気に熾火にするのがロッテ流だよ!」
「待て、それは庭ごと消し飛ぶ」
などと、脳筋なりの会話で妙な盛り上がりを見せていた。
「お前たち……お願いだから、今日くらいは普通に、静かに食事を楽しんでくれ……」
国境砦での激戦(?)を終え、ようやく手に入れた休暇として招待されたはずの王国騎士団副団長・ヴェルフェン(33歳)は、すでに本日一錠目となる強力胃薬を噛み砕いていた。
彼の素の物理ステータスは双子と同等(3万8千)という王国屈指の怪物なのだが、この場にいる全ステータス10万超えの魔王や、敏捷カンストのセリア、そして実質攻撃力9万超えの双子たちに囲まれると、どうしても「一番頼りになる常識的なおかん」になってしまう。
「あ、ヴェルフェンのおじさん! お疲れ様です! これ、食前用に淹れた冷たいハーブティーです。胃に優しいハーブを多めにしておきました」
「……っ! テオ君、お前だけがこの弱肉強食の世界における、我がオアシスだ……!」
エプロン姿の12歳の長男・テオが差し出したグラスを、ヴェルフェンは涙ぐみながら一気に飲み干した。
完璧な魔力循環を家事に全振りしているテオの淹れたお茶は、五臓六腑に染み渡り、副団長の疲れた胃壁を優しく修復していく。
「よし! 食材の下ごしらえはバッチリだよ! みんな、どんどん焼いて食べて!」
テオの爽やかな掛け声と共に、空中バーベキューがスタートした。
魔王が持ってきたアバロ・トマトは、テオの手によって「トマトとハーブの特製ブルスケッタ」に変身し、香ばしく焼かれた極上の肉の上には、ミラが宇宙から人工衛星の千里眼で見つけ出した(?)激レアな香辛料のタレが塗られている。
「う、美味すぎる……! なんだこの肉は! 口の中でとろけるのに、旨味がいつまでも残る!」
「魔王領の高原トマトって、こんなに甘かったかしら……!?」
特別講師として招待されていた孤児院の生徒たち(ベリルやルビーたち)も、お互いにお肉を奪い合いながら、幸せそうに頬を膨らませている。
「ふふ、やっぱりみんなで食べるご飯は美味しいね、ロッテ」
「うん、お姉ちゃん! お母さんも、私たちがこうやってみんなで騒いでるの、上から笑いながら見てるかな?」
「絶対見てるよ。なんなら『ずるい! 私も混ぜて!』って怒ってるかも」
リーゼとロッテは、青空の下で楽しそうにお肉を頬張るベルンや弟妹たちを見つめながら、温かく笑い合った。
かつて、享年40歳という短い生涯を、誰よりも太く、強く駆け抜けた無敵の母・エレナ。
彼女が遺した最強の力と、ダメだけど最高に愛おしい父親。
そして、彼らを取り巻く最高に騒がしい仲間たち。
「――よーし! それじゃあ、どっちが早くあの特大極上カルビを綺麗に切り分けられるか、右王の旦那と勝負だ!」
「望むところだ、リーゼ! 我が魔剣の錆にしてくれる!」
「あーっ! お姉ちゃんズルイ! 私が骨ごと叩き割る係!」
「待て! だから庭で武器を抜くなと言っているだろうがぁぁぁ!!」
ヴェルフェンの悲鳴のようなツッコミが響き渡り、テラスは大爆笑に包まれる。
世界を滅ぼせるほどの力を持ったバケモノたちが、ただの美味しいご飯の前では、まるで一つの家族のように笑い合う。
そんな温かくて少しだけ騒がしい、ベルン一家のどこまでも平和な空の上の日常は、これからもずっと、賑やかに続いていくのだった。




