王国騎士団の精鋭と、真のツッコミ役
「……なぁ、副団長。本当にうちの総団長は、あんな『空飛ぶ島』で休暇を満喫されているのだろうか?」
「現実を受け入れろ、1番隊隊長アポール。俺の胃はすでに限界だ」
雲海を抜ける冷たい風の中、ペガサスに跨った王国騎士団副団長・ヴェルフェンは、深くため息をついた。
彼の背後には、生真面目な1番隊隊長アポールをはじめとする幹部たちが続いている。雷光の魔術剣士である2番隊隊長ゼウシス、剛腕の3番隊隊長アレイオ、そして冷静沈着なはずの4番隊隊長ポセイド。
彼らは皆、単独の小隊でSランクパーティーに匹敵する武力を持つ、王国の真の精鋭たちだ。しかし今、彼らの顔には一様に困惑と疲労が浮かんでいた。
王国騎士団・総団長セリア。
23歳という若さで騎士団の頂点に君臨する彼女は、その圧倒的な美貌もさることながら、常軌を逸したストイックさで知られている。異界の超文明との絶望的な防衛戦を単騎で制圧するだけでなく、平時であっても書類仕事から王都の警邏まで「私が一番速いから」と自ら出向いてしまう完璧超人。隊長たちは皆、彼女を心から尊敬し、その背中を追うことに必死だった。
そんなセリア総団長が、5年ぶりに長期休暇を取り、「実家に帰る」と言って王都を離れた数日後。
『総団長の実家がある森が、丸ごと空に浮上しました』という、意味不明すぎる報告が騎士団本部に入ったのだ。
安否確認(という名目の、ヴェルフェンの胃痛解消)のため、彼ら幹部5人ははるか上空の浮遊島へとやってきたのだが――。
「……信じられん。本当に森が丸ごと空に浮いている」
4番隊隊長ポセイドが絶句し、3番隊隊長アレイオが信じられないものを見るように目を擦る中、ヴェルフェンたちは浮遊島の庭先へとペガサスを降ろした。
そして、彼らが見たものは。
「ほら、セリア姉ちゃん。あーん」
「あーん……っ、美味しいわテオ! テオの焼いたクッキーは世界一よ! ああっ、もう一切れお願い!」
……王国最強の氷の総団長が、エプロン姿の少年にクッキーを食べさせてもらい、だらしなく(しかし最高に幸せそうに)頬を緩ませている姿だった。
「「「そ、総団長おおおおおおお!?」」」
アポールたち隊長の悲鳴が、平和な庭に響き渡る。
「うわっ、誰!? セリア姉のお友達?」
「お空飛ぶ馬に乗ってる! かっこいい!」
声に驚いて、双子のリーゼとロッテが家から飛び出してきた。
その瞬間、ヴェルフェンの鋭い騎士の眼光が、双子を射抜く。
(なんだあの双子……! 腰の剣とガントレットから放たれる異常な魔力圧もヤバいが、あいつら自身の身体の練り上げ方……俺と一対一で、完全に互角かそれ以上だと……!?)
百戦錬磨の副団長であるヴェルフェンは、一瞬にして双子の異常な実力(Bランクの皮を被った戦略兵器)を見抜いた。同時に、双子たちもヴェルフェンを見て「あ、このおじさんすっごく強い!」と目を輝かせている。
「あ、お客さん。お茶出すね」
8歳の幼女が指を鳴らした。
すると空間がぐにゃりと歪み、王宮の宝物庫にあるはずの国宝級のティーセットが『転移』してきて、虚空から注がれた紅茶が完璧な温度で幹部たちの前に提供された。
「なっ……無詠唱の空間転移!? しかもこの座標指定の精密さ、大賢者クラスでも不可能だぞ!?」
王宮魔術師すら凌駕する魔力を持つはずの2番隊隊長ゼウシスが、ミラの魔術を見て泡を吹いて倒れかける。
「おや、セリアの部下の方々かな? 狭いところですが、ゆっくりしていってくだされ」
最後に、気のいいタレ目の親父がニコニコと笑いながら現れた。
しかし、ヴェルフェンの研ぎ澄まされた騎士の勘が、最大級の警鐘を鳴らす。
(この親父……隙だらけの一般人にしか見えないが、逆にそれがおかしい! なぜこんな超常的なバケモノ揃いの空間で、一人だけ『完全な一般人』のフリができるんだ!? 逆に底知れねえ……ッ!)
※ただのステータス最弱の一般人です。
限界を迎えたヴェルフェンは、常備している胃薬を水なしで噛み砕き、ついに魂のツッコミを炸裂させた。
「お初にお目にかかる! 王国騎士団副団長、ヴェルフェンだ! ……って、セリア総団長! 休暇中とはいえ、王国の要であるあなたがそんな無防備な姿で……! そもそもなんだこの島は! なんだこの規格外すぎる家族は!」
「あら、ヴェルフェン。いいところに来たわね」
セリアはコホンと咳払いをして、一瞬で「いつものストイックな総団長」の氷の顔に戻った。口元にクッキーの粉がついているのが非常に惜しい。
「紹介するわ。私の師匠が遺した、世界で一番強くて、世界で一番可愛い私の家族よ。……それと、この浮遊島は王国の管轄外だから、私の警邏の手間が省けていいでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょうが!!」
ヴェルフェンの絶叫が、空高く響き渡る。
「というか、そこの双子! なぜ素振りをしただけで空間が軋んでいる! 幼女! 息をするように時空間魔術を使うな! そこの少年! なぜ騎士団幹部の気配を完全に察知して、5人分の紅茶をすでに淹れ終わっているんだ!」
「はっはっは、賑やかでいいなぁ」
ベルンが呑気に笑う。
「笑い事かアンタ!! 一家の大黒柱なら、この異常事態に少しはツッコミを入れろ!!」
超文明との過酷な戦いを生き抜いてきた王国騎士団の精鋭たち。
しかし彼らでさえ、このベルン一家の「常識外れの日常」の前では、真のツッコミ役(常識人という名のサンドバッグ)になるしかなかった。
「……副団長。俺たち、魔界(超文明)の軍勢と戦っている方が、まだ精神的に楽かもしれません」
「……同感だ、アポール。今日だけは、王都に帰りたい」
かくして、王国の精鋭たちは、人類最強の総団長が骨抜きにされる「天空の魔境(実家)」の恐ろしさを、身をもって知ることになるのだった。




