剣と拳、時々ダメ親父
「ちょっとお父さん!また変な壺、買ってきたでしょ!?」
朝一番、私がリビングに響き渡るほどの声をあげる。
腰に掲げたお母さんの形見である長剣がカチャカチャと音を立てる。
「ち、違うんだよリーゼ!これは古代遺跡から発掘された【絶対に水が腐らない壺】で…」
「絶対に腐らない?もう臭ってるよ?」
隣で妹のロッテが両手に嵌めた鉄のガントレットを打ち鳴らしながらお父さんをジト目で睨む。
お父さんのベルンは持ち前のタレ目をさらに下げて「おかしいなぁ、騙されたかなぁ」と頭を掻いていた。
……。ホントに、この人はどうしようもないダメ男だ。怪しい儲け話にすぐ飛びついては騙され、私たち娘がギルドで稼いだお金に頼りきっている。でも、その底抜けに温和な笑みを見ると何故か本気で家を追い出すにはなれないのだ。
「ほら姉ちゃんたち、怒ってないで朝ごはん冷めるよ。父さんも、早く席について」
「ごはん! ごはん!」
エプロン姿の弟、テオがキッチンから顔を出し、末っ子のミラが木のフォークを振り回してはしゃぐ。
12歳のテオは、数年前にお母さんが病気で他界して以来、我が家の家事全般を取り仕切る大黒柱(裏)だ。
「もう……テオが一番大人なんだから。お父さんも少しは見習ってよね」
ため息をつきながら席につく。かつて、この家には本物の大黒柱がいた。Sランク冒険者として名を馳せた、私たちのお母さんだ。
新米の行商人だったお父さんが、護衛としてお母さんを雇ったのが二人の馴れ初めらしい。魔物に襲われて腰を抜かしたお父さんを助け、その後もあまりの放っておけなさに、お母さんの方が絆されてしまったと聞いている。
強い人って、一周回ってこういうダメな人を守りたくなるのかな。
私にはまだ分からないけれど、お父さんが「テオのスープは今日も世界一だな!」と無邪気に笑う顔を見ると、お母さんが守りたかったものも、少しだけ理解できる気がした。
「よし、ごちそうさま! 今日は『さえずりの森』でゴブリンの討伐と、薬草の採取依頼。行こう、ロッテ」
「うんっ!」
「気をつけてなー! お土産は甘いお菓子がいいな!」と呑気に手を振るお父さんに、「家の掃除しといて!」とロッテと声を揃えてツッコミを入れ、私たちは勢いよく木製のドアを開けた。
【ロッテ視点】いつか背中を越えるまで
さえずりの森は、今日も木漏れ日が気持ちいい。でも、油断は禁物だ。草むらがカサリと揺れた瞬間、お姉ちゃん——リーゼが鋭い息を吐いて飛び出した。
「シッ!」
銀色の軌跡が閃き、茂みから飛び出してきたゴブリンの棍棒を弾き返す。そのまま流れるような太刀筋で胴を薙ぎ払う。お母さん譲りの、無駄のない綺麗な剣術。いつ見ても惚れ惚れしちゃう。
「ナイス、リーゼ! 次は私の番!」
お姉ちゃんが作った隙を見逃さず、私は地面を強く蹴り上げた。小柄な体をバネのように使って、別のゴブリンの懐へ一瞬で潜り込む。
狙うは顎下。全体重を乗せたアッパーカットを放つ。
ドォン! と重い衝撃音が森に響き、ゴブリンは木の幹まで一直線に吹き飛んで動かなくなった。お母さんに徹底的に仕込まれた私の拳術は、見た目以上にえげつない威力があるのだ。
「ふぅ、これで依頼分は達成かな」
「だね。あとはミラが欲しがってた『星屑の花』を探して……あ、あそこにあった!」
私たちは息の合った連携で周囲の安全を確保し、目的の素材をテキパキと鞄に詰めていく。
「お母さんの背中にはまだまだ遠いけど……私たち、結構いいコンビだよね」
「もちろん! 剣と拳、死角なしだよ。それに、私たちがいっぱい稼がないと、あのダメなお父さんが路頭に迷っちゃうしね」
私がクスクス笑うと、お姉ちゃんも釣られて吹き出した。
あんなお父さんだけど、家に帰れば「おかえり!」と一番に迎えてくれる。テオの美味しいご飯があって、ミラがいっぱい抱きついてくる。
Sランクだったお母さんみたいに世界を救うような大冒険はできないかもしれない。でも、あの騒がしくて温かい日常を守るためなら、私はいくらでもこの拳を振るえる。
「さ、帰ろうか。今日はお肉をドカンと買って帰ろう!」
「賛成! お父さんには安いウサギ肉でいいよね!」
夕日に染まる森の道を、私たち双子は家に向かって元気よく歩き出す。
明日もまた、騒がしくて温かい一日が待っているはずだ。




