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思ってたのと違う!  作者: 夏野恵


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第74話 吉川くんがどうなるかは努力次第

「最近気づいたんだけどさ、」



休み時間。



次の授業の準備をしつつ、吉川くんは少女漫画を渡しながら口を開いた。


「ヒーローって仕草とかも重要じゃない?」

「その通りだね」


容姿とか性格だけじゃなくって、仕草もヒーローっぽく見せる重要な要素。


そもそもなんで僕がヒーローを目指さないといけないんだっけ? と聞かれたので、私は「努力しているのもヒーローっぽいし良いんじゃない?」とはぐらかした。


「だからさ、仕草くらいなら真似できるんじゃないかって思ったんだよ」


そこまで時間かからなさそうだし、と付け加える。


「どんな仕草を真似するの?」

「まず必要なのは仕草の定義と分類かな」


当然のように応える吉川くん。


「仕草とは物事に対する身体の動きや態度って感じだよね?」


まあ、そうなんじゃない?


「仕草を分類するときの基準は、文脈に依存するはずだよね?」

「うーん……」


なんか難しくなってきたな。


「少女漫画であれば、『主人公かそれ以外か』という分類にしよう」

「大まかだね」

「つまり仕草の二分類はこうなる!」


吉川くんは私にノートの余白を見せてきた。

ざっと見てみると計算式の上に今の話に関係してそうな文言が並んでいた。


前の数学の授業のときに思いついたのかな。


「『自己完結型』と『ヒロイン接触型』、ね……」


私は書かれていた文字を読み上げた。

まぁ合ってはいるかも。


「自己完結型って?」

「ヒーローって基本的にかっこいいじゃん」

「そうだね」

「そのかっこよさを前面に出す態度とかだよ」

「あぁ、アレ」


部活とか趣味に真剣に取り組んでいる、とか

他の人にはサバサバした対応をしてる、とか。


「そういう仕草を通じて『自分、自立してますよ』っていうスタンスを言葉少なに表明しているわけ」

「うーん、まぁそうかもだけど」


そこまで論理的に考えられるとちょっと、ってところでもある。


「それで?」


学校でできそうなのは何なの? と尋ねる。


必要なのは仕草であって分類ではない。


「まず僕、部活に入ってないじゃん」

「私も入ってない」

「趣味もラブコメくらい」

「私は少女漫画を読むことかな」


この流れ大丈夫?


「眼鏡外すのも人気だよね」

「だね」

「まあ僕、両目とも1.5だからできないけど」


いや、他にもあるし……


「ネクタイ緩めるとか」

「それはいいね」


まあ僕たちの高校の制服にネクタイないけど、と吉川くん。


「でもさ、椅子に座ってるときに足を椅子の下でクロスさせるヤツあるじゃん」

「あーこれ?」


吉川くんは実際にやってくれた。


「そうそう」


それとか私好きだけど、と呟いた。


少し遅れて後悔がやってきた。


わざわざ私の好みを言う必要はなかったかもしれない。

でも好きな人結構いそうだし、私だけじゃないでしょ。



「……で、『ヒロイン接触型』ってヤツはどうなの?」


話を変えるため、次の分類について尋ねる。


「これはヒロインに対する仕草なんだけど……」


そういって吉川くんは例を挙げる。


・手を引く

・頭を撫でる

・ハグ

・キス

・主人公の発言に照れて口元を押さえる

・さりげなく車道側に移動してくれる

・さりげなく荷物を持ってくれる


「おーまさにって感じだね」


抜けてるのもあるけど、少女漫画を読んでて面白いと思うのはこういう行動をヒーローがするからだ。


「でもここで重大な問題が!」


少し大きめな声で吉川くんは説明を始めた。



その前に休み時間の教室の事情について説明しておこう。


休み時間の教室はうるさい。

そして私たちは顔を合わせて話すことが少ない。


相手が向いたら顔を向ける程度かな。


そのため、誰かに話を聞かれるということはほとんどない。

実際のところは分からないけど。


ちなみに夜野さんはこの環境でも普通に眠ることができている。



「それはすなわち、『ヒロイン接触型』の仕草、実際するのにはハードルが高いってこと!」


こんなことやったら、勘違い男になる可能性が! と付け加えた。


確かに好きでもない人にされたら「距離感バグってるじゃん、この人」って思いそう。

されたことないからよくわからないけど。


「でもさ、車道側に行ってくれるのとか荷物を持ってくれるのとかはそこまでじゃない?」

「そもそも外出するのが難しいでしょ」


当然のように応える吉川くん。


でもクリスマスの日、吉川くん、秋谷さん、私の3人で出掛けたけど。

あれはノーカン?


いや、よく考えてみれば、


手を繋ぐ→それっぽいことを前にやったことある

頭を撫でる→それっぽいことを体育祭のときにされた


あれ、意外と吉川くんやってない?


基本的に私主導だけど。


少女漫画でも同じようなものかもしれない。

ヒーローが主体的にやってるように見せかけて主人公が誘導している。


本人が気づいているかどうかさておき。


「じゃあ吉川くんはどうするの?」

「まず必要なのは空気を読む力だよね」


安直な結論になった。

それって何もしてないのと同じじゃないの?


「それで?」


他には? とさらに質問をする。


「まぁ主人公に好かれないといけないから、かっこよくならないとだよねー」


やっぱり容姿って大事だし、と付け加える。


吉川くんにヒーローを目指すように言ったのが10月末だったから、2か月半くらい経過した。


実際、頑張っている成果は徐々に見えている。


肌とか髪とか。


その意味では一生懸命努力しているとも言える。

私もがんばらないと。


そもそもなんだけどさ、と言って吉川くんは続ける。


「僕が少女漫画のヒーローを目指すとして、だよ?」

「うん」

「それって誰のためのヒーローなの?」

「……あー」


核心に触れる質問が来た。

答え方によっては色々マズいことになる。


「まぁ私が主人公だとしてね?」

「うん」

「私、前にも言ったじゃん」

「なんだっけ」

「ヒーローになれとは言ってないけど、ヒーローを目指せって」

「あー言ってたかも」


文化祭が終わった直後くらいに言った記憶がある。

それで、と吉川くんは話を促してきた。


「人と人との関係性って1つに決まらないじゃん」

「まぁ、うん」


なんか難しくなってきたね、と吉川くん。


「つまり私の立場は変わらないとして、吉川くんがどうなるかは努力次第ってことだよ」

「僕の努力次第なの?」

「うん」


私は大きく頷いた。


「まさかここにきて丸投げされるとは」


困ったなぁ、と吉川くんは手を頭に当てた。

吉川くんの足元をちらっと見ると、まだクロスさせたままだった。


「……まぁほら、一朝一夕に行かないしさ」


普通に今みたいな感じで良いんじゃないの?と吉川くんを見て言う。

じゃあ現状維持で、と吉川くんは満足したように呟いた。


逃げ道与えちゃったかも。


努力は続けてね、と呟いて話を切り上げた。





放課後。



英語の教科連絡の私は、今日提出の宿題を職員室まで運ぶ必要があった。


教卓に立って、爪でこつこつ音を立てる。

視線の先にいるのは吉川くん。


私が係だから「終わるまでもうちょっと待って」とお願いされた。

飲み物を奢ってくれたらいいけど、と言うと「オッケー」と返された。


そもそもこの宿題、だいぶ前に出されたヤツだから今やってるのがおかしいんだけど。


他の人は部活とかで帰ったので、今は2人だけだった。


西日というには弱くて薄い橙色の光は教室の窓側までしか入ってきていない。

暗くなってきたから早く帰りたいんだけど。


「やっと終わった」


ごめんごめん、と言って吉川くんは宿題を持って教卓に向かう。


「ていうか普通に職員室前まで持っていこうか?」

「お、ヒーローっぽいじゃん」


ありがとね、と言って私たちは帰る準備をする。



教室から出た。



「最近、乾燥がヤバくってさ」


唇とか乾燥しすぎていたいんだけど、と吉川くん。

出だしの世間話にしては大分ディープ。


「それならリップクリーム買えばいいじゃん」

「もってるんだけどさ」


吉川くんは宿題を片手で持ち、リップクリームを見せてきた。

リップクリームといえば、の商品だった。


「匂いがあんまりなんだよね」

「それメントール入ってない?」


ちょっと貸して、と言って吉川くんのリップクリームを受け取る。

メントールが入っていた。


「スース―する感じのヤツが苦手っていう人も結構いるんだよ」


メントールなしのリップクリームとかもあるよ、と私は説明しながら吉川くんのリップクリームを返す。


あぁ、じゃあそっちにしようかな、と吉川くんは呟いた。


「そういえば吉川くんの帰り道ってどっち?」

「こっち」


先ほどと同じように吉川くんは宿題を片手に持ってから指さす。

私のせいだけど、手元が忙しそう。


「途中まで同じだったらさ、ドラッグストア寄らない?」


私もそろそろリップクリーム切れそうだし、と付け加えた。

そのほうが都合が良い、ということで帰りにドラッグストアに寄ることにした。


職員室に入り私は宿題を先生に提出した。



玄関で靴を履き替え、校門を出る。



めっちゃ寒いね、と言いつつ吉川くんは車道側を歩く。


ちゃんと学習してるみたいだ。


その後は適当に話をしてドラッグストアに入り、私がいつも買っているリップクリームを紹介して、吉川くんも同じものを買った。


ついでに吉川くんから温かい飲み物を買ってもらった。

ドラッグストアを出て、しばらく話をしてから私たちは別れた。



家に到着。



自分の部屋に戻ってさっき買ったリップクリームを机の上に置く。

唇がカサカサしてきたので、さっそく使おうと思い手を伸ばす。


「あーどうしよっかな」


何となく新品は使いづらかった。


「……とりあえず今使ってるヤツでいいか」


結局手に取ったのは数か月使っているリップクリームだった。

もう少しでなくなりそうなクリームを頑張って伸ばして唇に当てた。

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