表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/44

第19話

「私、国語の物語が結構苦手なんだよね」



今、私の部屋で夜野さんと一緒に宿題を片付けている。


これまで休日に外で遊ぼうといっても決して頷かなかった夜野さんだったが、深山の家ならいいよ、と言われたので私の部屋に集まることに。


夜野さんの部屋でも、と言ったものの頑なに断られてしまった。


見られたくないものとかあるのかな。


「深山って物語の問題とか得意そうに見えるけど」


少女漫画って行間を読ませるのとか多いじゃん、と夜野さん。


そうなんだけど、と言って続ける。

「今週の国語の宿題で『舞姫』っていう作品を題材にした問題があるじゃん」


問題集を夜野さんに見えるように開いた。



『舞姫』は森鴎外による、船上で主人公が過去の恋を回想する形で語られる、海外留学先で出会った少女エリスとの身分差恋愛の物語。

主人公は彼女を愛しながらも、最終的に帰国を選び、取り残されたエリスは精神を病んでしまう。



「これ、問1から難しくない?」

私は問1の箇所をペンの先でとんとん、と叩いた。



問1. 「少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別のために出したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き涙を我手の背に濺ぎつ。」

  ここで少女が涙を流しているのはなぜか。


「この前の場面では、エリスが自分の置かれている貧困に喘ぐ現状を説明して、主人公が腕時計を渡して助けてくれるっていう流れがあったよね」


で、私の答案はこれ、と文章を読み上げる。


『「出会ってから最初に手のひらにキスをするのは、ふつうヒーローのあなたの役割なはずでしょ、なんで私がこの人の手にキスしてるの?」と思ったから。』


「エリス、そんなメタっぽいこと思ってないよ」

しかも、直前の流れ全部無視しちゃってるじゃん、と夜野さん。


じゃあ、問2はどうなの、と夜野さんは尋ねてきた。



問2 「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」と叫び、その場に僵れぬ。

なぜ、エリスはその場に倒れたのか。


「これは、主人公が日本に帰国することを主人公の友人である相沢からエリスが知って、私のことを騙してたんだ、ってショックを受けるシーンだね」


これは結構自信あるかも、と言って少し大きめの声で自分の答案を読み上げる。


『「私のいるコマ、暗いトーンが貼られてる・・・ここで倒れるとショック受けてる感が出るし、もしかしたら彼が抱きしめてくれるかも?」と思ったため。』


「『舞姫』って小説だからね?」

「小説だけどエリスはそう思ったんだろうね」

「深山の中のエリスはね」


夜野さんは溜め息を吐いた。


「本文ちゃんと読んでる?」

「もちろん」


じゃあ最後の問題は?と夜野さんは問3を指さした。



問3. 「中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。」

   これは物語全体を踏まえて、主人公のどのような心情を表しているか。


「これは海外滞在中に起こった色んな振り返りながら、主人公が孤独感を覚えているってことでしょ」

と夜野さんは応える。


「えっ、主人公は孤独に感じているの?」

「逆に何を感じているわけ?」

この男は、と付け加える。


私の答案を読み上げた。


『主人公が人生の終わりのように落ち込んでいる一方で、無機質に明るい照明は、「やっぱりあなたのことが好き!!」というエリスの再来を暗示している。』


「エリスって精神的に病んでたじゃん。その状態からどうやってエリスが来るの?」


こういう感じになる、と私は説明を始める。





・・・数年後、主人公は日本の職場に勤務していた。

成績は上々で、上司からの信頼も厚い。


ある日、海外からの訪問者が主人公を呼んでいる、と同僚から聞かされる。


主人公は誰かと思って待合室に向かうと、そこには海外滞在中に仲を深めたエリスが緊張した様子で佇んでいた。



記憶の中の彼女よりも、はるかに美しかった。



主人公を目にした瞬間、エリスは主人公の元に駆け寄りぎゅっと抱きしめ、涙ながらに言う。


「やっぱりあなたのことが好きなの!!もうどこにも行かないで・・・!!」


彼女の手を取る主人公、見つめ合うふたり、そして近づく二人の唇・・・





「・・・『舞姫』って、そんなハッピーエンドじゃないでしょ」

勝手にエピローグまで作ってるじゃん、と夜野さんは呆れたように言った。


どうしてもエリスに感情移入しちゃうんだよね。


溜め息を吐いて、夜野さんは続ける。

「深山は物語に入り込みすぎだって。国語の問題はできるだけ客観的に読んだ方がいいよ」

「客観的に読んでるつもりなんだけどなぁ」

「『舞姫』を読んでそんな少女漫画みたいなこと考えてるのって深山だけだよ」


変なこと言ってないで、さっさと宿題終わらせるよ、と夜野さんに言われ、私たちは再び宿題に集中した。





「先週の宿題であった『舞姫』って結構重い話だったよな」


休み時間。


吉川と俺は雑談をしていた。


「エリスが倒れたシーンは、僕もなぜか罪悪感を覚えたね」

と、吉川は応える。


吉川は主人公に感情移入して物語を読むことが多い。


ちなみに俺はこの点について、吉川がラブコメを読みすぎた弊害なのではないかと睨んでいる。


「気になったのはエリスはその後どういう生活を送ったのか、ってことだな」

なんかパラノイアになってたし、と付け加える。


「僕が一番気になったのは、途中出てきた老媼が恋愛の攻略対象になるかどうかだね」

「え、老媼?」

「ラブコメでヒロインの母親がやけに出てくるみたいなのあるじゃん」


まぁあるけど。

でも老媼っておばあさんだから母親ですらないぞ。



・・・やっぱこいつ、ラブコメを読みすぎた弊害が出てるわ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ