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金持ちの青年と居候の少女  作者: 燈華
第一章 とにもかくにも日常編

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少女と青年10

遅くなって申し訳ありません。


「そろそろ君がここに来て一年になるね」


少女は軽く目を見開いた。


「もうそんなになりますか?」

「なるね」

「気づきませんでした」

「環境が変わったから毎日いっぱいいっぱいだったからかもね」

「あっ、そうかもしれませんね」

「何か不自由はないかな?」

「あるわけありません。皆さん親切にしてくれていますから」


本当に。不満なんて持ったらバチが当たりそうなくらい親切にしてくれる。


「本当に? 何かあったらすぐに言うんだよ?」


青年は何だかんだ言って過保護なのだ。


「いえ、もう十分です」

「君は本当に慎ましいね」


少女はふるふると首を振った。

そんなことはない。


「でも本当に遠慮なく言ってほしい」


そう言われても、本当に十分よくしてもらっている。

本当に不満なんて一つもない。

あるとしたらーー


あ、だったら。

一つだけ、訊いてみよう。


「そろそろ働けますか?」

「ん、無理だね」


即答だった。


「まだですか?」


青年はにっこりと微笑(わら)う。


「うん、無理だね」

「そんなに足りませんか?」

「君は頑張っていると思うよ」

「答えになってません」

「何でそんなに働きたいの?」

「いつまでも甘えているわけにはいきませんから」

「別に君一人養うくらい何でもない」


ふるふると首を振る。

そういうことではないのだ。


確かに青年にとって、少女一人分の生活費など大したことではなさそうに見える。

実際にそうなのだろうとも思う。


だがそれが問題ではないのだ。

少女は何も返せない。

ただ一方的に負担させているだけだ。

それは心苦しいのだ。


せめて何かしてあげたいがそれも儘ならない。

何の役に立たないままここにいて、ただただ生活の面倒を全て見てもらっている。


それにふとした時に居心地の悪さを感じることがある。

ここに来る前まで、自分の力で生きていくんだ、とそう思っていたから余計に。


それに、いつかはここを出ていかなければならないのだ。

いつまでもいられるわけではない。


今は青年の厚意で置いてもらっているだけだ。

その厚意に胡座(あぐら)をかくわけにはいかないのだ。


きちんと生きていく(すべ)を身につけなければ。

後々困ることになってしまう。


贅沢に慣れてしまうのも駄目だ。

ここを出た時に贅沢に慣れてしまうと困ることになるだろう。


ただ一人立ちするには物価だとかそういう基本的なことを知らなければならないが、その辺りはまだ全然だ。

どちらかというと遠ざけられているような気もする。

少女が知れば何もかも遠慮すると思っているのかもしれない。

今でも遠慮しているから尚更だ。


そうなると確かにまだまだ足りないと言われてしまえば何も言えない。


確かに少女には何ができるかはわからない。

せめて少しは何かを返したい。

ただ養われるだけの穀潰しにはなりたくない。

そんな迷惑をかけるだけの存在になるのは嫌だ。


じっと少女を見ていた青年がおもむろに告げる。


「それに、対価は十分得ているよ」


そんなはずはない。

少女は何も返せていない。


「君がここにいてくれることが僕にどれだけの幸福感をもたらしてくれているか、わかっている?」

「え?」

「うん、きっと君は気づいていないと思っていたよ」


少女は目を瞬かせた。

青年は苦笑する。


「僕は僕なりに伝えているつもりなんだけど」


それには答えられずにそっと目線を伏せた。


どうしてそんなふうに親切にしてくれるのか。

考えるたびにやめていた。

浮かび上がる可能性に蓋をしていた。


今回も、まさか、との思いが浮かんだが、すぐに蓋をする。


名を呼ばれて青年を見た。

青年の苦笑が微笑に変わる。


「わからなくていいよ。今はまだ、ね」


いいの、だろうか?


「そこまで考える余裕はなさそうだし。ゆっくりでいいよ」


少女は小さく頷いた。

受け止める余裕はまだない。


青年はさらりと話を戻した。


「僕は君がこの屋敷にいて笑顔でおかえりなさいって出迎えてくれる、たわいもない話をしてくれる、それだけで十分対価をもらっているよ。むしろ、君が外で働いて帰ってきても君がいない、ということのほうが嫌だ」


短時間なら、あるいはこの屋敷内で働かせてもらうのは、と思ったがそういうことではないのだろう。


「それに、君は外のことはまだ全然知らないだろう?」


ぱちりと目を(またた)く。


「そういえば外に出たことがありません」


よく考えたら屋敷の敷地内から出たこともなかった。


ああ、本当に全然足りない。

確かにこれでは働くどころではない。


せめてここの屋敷内で手伝えることがあればさせてもらいたいが、無理だろうこともわかっている。

させてもらえるならとっくにやらせてもらえているだろう。

ここに来てしばらく経った頃に手伝いを申し出てやんわりと断られたことがある。


そもそも屋敷の外の世界を知らないと話にならない。

やはり一度この目で外の世界を見てみたい。


それくらいの我が儘なら口に出してもいいだろうか?

外出にはここの主である青年の許可がいる。


その気配を察したのだろうか、青年に先に言われてしまう。


「まあ、外に出るのはもう少し待って」

「はい」


何か事情があるのかもしれない。

それか、少女があまりにも世間慣れしていないから外に出せないと判断したのだろうか?


どちらもあり得そうだ。


「ごめんね。不自由だよね」


少女は首を振った。

今まで外に出たことがないことに気づかないくらいには不自由を感じていなかった。


「お屋敷の中でも充実しています」

「無理はしていない?」

「はい。外に出ていないことに気づかなかったくらいだったので」

「きっとそれだけいっぱいいっぱいだったんだね。もう少し余裕が出てきたら外に連れていってあげる」

「はい、楽しみにしています」


少女はその日を楽しみに待つことにした。



読んでいただき、ありがとうございました。

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