少女と青年9
遅くなって申し訳ありません。
今日青年は仕事は休みだった。
出掛けたりすることなくずっと少女の傍で時間を過ごしている。
渡すなら今日だ、と思いながらずるずると午後のお茶の時間まで来てしまった。
「今日はずっとそわそわしているね。何かあるのかい?」
とうとう青年にも訊かれてしまった。
覚悟を決めないと。
「実はお渡ししたいものがありまして」
「うん? 何かな?」
惚けているが目が輝いている。
大方侍女から報告を受けているのだろう。
否応がなく覚悟が決まった。
少女は一つ深く呼吸をして隠し持っていた包みを青年に差し出した。
青年が受け取ってくれる。
「ありがとう。開けていい?」
「あ、はい。あまり、期待しないでくださいね」
青年は笑顔で肯定も否定もしない。
丁寧な手つきで包みをほどいていく。
中から出てきたのは少女が刺繍したハンカチだ。
壊れ物を扱うかのように優しい手つきで青年がハンカチを広げる。
青年の目が優しくハンカチへと向けられる。
青年の要望は猫と月とうさぎを入れてほしいというものだった。
可愛らしくなりすぎないようにデザインするのが本当に大変だった。
刺繍のほうも綺麗に見せるには細かく刺す必要があって大変だった。
さらには複数のモチーフのバランスを取るのはなかなか大変だった。
刺繍の名手なら感覚でできるものなのだろう。
だが少女には無理だった。
慎重に図案通りに刺していった。
何度も練習して手に覚えさせたのだ。
それで出来上がったのはお世辞にもうまいとは言えない代物だ。
刺繍には絵心も必要だと思い知った気分だった。
少女の絵は可でも不可でもないといったところだ。
描くのは嫌いではないが、積極的に描くほどではない。
それがそのまま刺繍に表れている、と思う。
それだけではなく刺繍の腕前もだが。
こういう刺繍入りのハンカチには贈る相手のイニシャルも入れると聞いたのできちんと彼のイニシャルも入っている。
文字は飾り文字含め練習でもたくさん刺していたので何とかなった。
「頑張ってくれたんだね。ありがとう」
「いえ。拙いものでごめんなさい」
「そんなことないよ。上手くなったと思うよ。それに、温かみを感じる。嬉しい。本当にありがとう」
「どういたしまして。ありがとうございます」
「君が礼を言うことじゃないと思うよ」
「褒めていただいたので」
「言っておくけど、お世辞じゃなくて本心だよ?」
本当だろうか?
青年はきっと洗練された綺麗な刺繍が施されたハンカチなどたくさん贈られているはずだ。
そんな彼が拙い少女の刺繍を見てお世辞抜きで褒めてくれるだろうか?
有り得ない。
普通ならそう考える。
そう考えないのは余程自分に自信がなければ無理だ。
だが彼の目がどこまでも真剣で本当に思えてくる。
信じても、いいのかもしれない。
「ありがとうございます」
少女は少しだけ微笑って告げた。
「うん。こちらこそありがとう。大切にするね」
「はい」
喜んでもらえてよかった。
出来はやっぱり納得できないが、喜んでもらえたのならそれが一番いい。
侍女の言う通りだった。
……刺繍の練習はもっと頑張ろう。
密かに決意をする。
青年がハンカチに視線を戻した。
口許には嬉しそうな微笑みが浮かんでいる。
青年は刺繍を繊細なものに触れるような優しい手つきで撫でながら告げる。
「このモチーフはね、僕にとってとても大切なものなんだ」
「そうなんですか?」
青年の目が少女を捉える。
「うん。全て大切な人に繋がっている」
その視線がとても優しくて少女はどきっとした。
「そう、なんですね」
そう言うので精一杯だった。
「うん、そうなんだ」
青年はそれはそれは甘く優しく微笑んだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




