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金持ちの青年と居候の少女  作者: 燈華
第一章 とにもかくにも日常編

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19/20

少女と侍女1

遅くなりました。

すいません。

「もう少しで出来上がりそうですね」


侍女がにこにこと微笑んで刺繍に励んでいる少女に声をかける。


「はい」


手を止めて少女は頷いた。

少女は今、青年に贈るハンカチに刺繍をしていた。

手を動かしながら返事をして針を指に刺してしまいハンカチに血がついてしまったら大惨事だ。


血の染みのついたものをあげるわけにはいかない。

一から作り直すことになる。

作り直すのはいいのだがそれに付随する諸々が申し訳ない。


あと単純に青年が心配する。

彼は意外と過保護なのだ。

ハンカチに血がつくほど深く刺したなったら絶対に心配する。


少女が何も言わなくとも使用人が勝手に報告してしまう。

それは青年がこの屋敷の主人であるので仕方ないことだ。

それはもう諦めている。

青年には屋敷内のことを把握する義務と権利があるのだろう。


郷に入れば郷に従えだ。

居候させてもらっている少女には文句を言う権利もない。

もったいないくらいよくしてもらっているのだ。文句を言ってはバチが当たる。


ハンカチに刺繍を入れて贈る約束をして数日してから青年からモチーフの希望を聞いた。

意外と可愛らしいものが希望されたが、青年に贈る以上は可愛らしすぎては駄目だろう。

そう考えて刺繍を教えてくれている侍女にも相談しながら何とかデザインを決めた。


その時点で思ったより時間がかかってしまっていた。

少女は焦ってしまった。

だが青年は急かしたりはしなかった。

状況は全て使用人から聞いているのだろう。

プレッシャーにならない程度にさりげなく、「急がなくていいから。その分楽しみにできるから」と言ってくれる。


さすがに下手なものは贈れないとたくさん練習した。

そう言って待ってくれる青年のためにも早さより綺麗さを重視した。

……がっかりされたくなかった。


もうそろそろよろしいのでは? と言われてもまだまだな気がして練習がなかなかやめられなかった。

練習用のハンカチ一枚に何度も柄を刺した。 

そしてついに練習用に用意したハンカチがなくなったところでようやく覚悟を決めて本番用のハンカチに刺し始めたのだがーー。


自分の刺した刺繍に視線を落とす。


「やっぱり贈るには早い気がします」

「そんなことはありませんわ」


侍女はそう言ってくれるが、少女はうまくできている気がしない。

練習で刺したハンカチと大差ないように思えてきた。

こんなものを贈るのはやっぱり恥ずかしい。


「でもこんな下手なものを贈るのは恥ずかしいです」

「十分贈るに(あたい)する出来だと思いますけど」


お世辞とか贔屓に聞こえてしまう。

彼女の目から見ても出来はひどいものだろう。

彼女はもっといいものをたくさん見てきたはずだ。

そんな彼女に気を遣わせてしまった。


力なく首を振る。

顔が上げられない。

申し訳ないし、恥ずかしい。

穴があったら入って埋まってしまいたい。


とてもではなく続きをやれる心境ではなかった。

じっと見られている視線は感じていた。

いつもより視線に敏感になっているのだろう。


静かに名前を呼ばれた。

のろのろと顔を上げる。

侍女は真剣な目で少女を見ていた。


「贈り物をする時に何が一番大切だと思いますか?」

「大切なこと……?」


いきなり言われて言葉を繰り返すことしかできない。

侍女は頷き答えを待つことなく告げる。


「御心が大事なのだと思います」

「心、ですか?」

「はい。相手のことを想いながら丁寧に一針一針動かすこと。いくら上手でも気持ちの籠らないものというのは贈られても嬉しくありませんわ」


少女は少し考えて頷く。

それは、わかる気がする。

侍女が微笑む。


「ですがこちらの刺繍には十分御心は籠っていると思いますわ。勇気を持ってお渡しくださいませ。旦那様はお喜びになられますわ」


そう、だろうか?

本当に喜ぶだろうか?


質のいいものを彼はたくさん見て、贈られてきたはずだ。

少女のものはどう見ても(つたな)い。


こんなものをもらって喜ぶだろうか?

自信がない。


それを悟ったのだろう、侍女が真摯な声で告げる。


「どうぞ旦那様を信じて差し上げてくださいませ」


一つ目を瞬かせる。


「信じる……?」

「はい。今まで贈ったもので喜ばれなかったことがありましたか?」

「それは、なかった、ですね」


確かに何を贈っても青年は喜んでくれた。

少女が贈れたものはそんなに大それたものではない。

ぬいぐるみの他は本当にささやかなものだ。

それでも喜んでくれたのだ。


「その旦那様を信じて差し上げてほしいのです」

「はい」


どんなものでもきっと青年は喜んでくれるだろう。

それだけは信じられた。

侍女がほっとしたように微笑む。


「まずはこのハンカチを仕上げなければなりませんね」

「はい、頑張ります」


とりあえず、仕上げてしまおう。

贈るかどうかはそれからだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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