赤裸々満月女子会
2人でお酒を飲みながら、まずは本を音読。字を習うことができない翠蘭は、ピンインを覚えても、その先、漢字の読み方に戸惑っていた。私が読むのをにこにこと聞いている。そして、翠蘭は文字を書いた。ピンイン。
『とうみのじは?』
文字練習用の木の板に「燈実」と書く。それを見て、翠蘭は一生懸命漢字を書く。
『燈実いけめん』
「だよね。下女達も騒いでる」
翠蘭が書いて、私は喋る。やっぱ翠蘭には文字が必要だったんだよ。
翠蘭は私を掌で差してから尋ねた。
『とうみさまをすき?』
私は首を横に振る。
おおー! 恋バナ。
「翠蘭は、李氏様が好きなんだよね?」
ノリノリで訊いたのに、翠蘭は口を一文字にして窓の外の満月を見る。
『わかんない』
「だって、ラブラブじゃん」
危うく「やってるじゃん」ってガラの悪い言葉が出そうになった。
『もとかれがすき。しんだ』
「翠蘭……」
思わず翠蘭を抱きしめる。抱きしめて翠蘭の肩に顎を載せながら、翠蘭の華奢な背中を見下ろす。その白い肌に虫が蠢くような傷跡があったことを思い出す。あれはきっと、拷問の痕。
「今日は李氏様がいないもん。思い出してもいーじゃん。どんな人だったの? 別に、嫌だったら喋んなくても」
私が話し終わらないうちに、翠蘭は文字を書き始める。
『かんがん。わたしをここへつれてきて、ころされた』
宦官って、男なのに男じゃなくなった人。ってことはプラトニックだった?
「命がけで翠蘭を守ったんだね」
『じょうねつてきなひと』
「そうだよね」
自分の命とひかえに翠蘭を助けたんだもん。
これは、李氏様に勝ち目はない気がする。あるとすれば、生きてるってこと。
『りしさまはしずかでしょうねつてきじゃない。はげしくない』
ん? と言いますと?
「そーなの?」
翠蘭は、くぴっとお酒を飲むと、再び筆を取る。
『りしさまとのとき、いつもおもいだしてる』
ちょっと待ったぁぁぁ。これ、聞いちゃいけないことじゃね? いやいやいや、宦官はそもそも男女の営みができないはず。落ち着け自分。天女のような翠蘭がそんなことを言うはずないって。
「元カレの宦官を? そ、それは、キスのときとか?」
落ち着け、落ち着くんだ、香香。
『きすからだじゅう。かみついたり』
筆を置くと翠蘭は、くぴっとお酒を飲む。
「ええーっ! 痛いじゃん」
『あまがみ。あとのこる』
いやもうこれ、完全に睦事のことだよね?
これくらいの会話、なんてことないはず。私はなかなか下品な環境にいた。外見が天女の翠蘭だから調子狂ってるだけ。それに、宦官だからヤるモノがないはず。あれ? あるのか? とにかく、ヤレないはず。
「……へー」
『ものたりない』
翠蘭はまたまたお酒をくぴっ。
「宦官だから? できないから?」
くぴっ
『できる。ゆびとかどうぐとか。
ものたりないのは、いま』
「……」
今度は私がお酒をくぴっと飲み干した。これは、聞かなかったことにしよう。
『たすけてもらった。じぶんをすきってなんとなくわかったからねた』
くぴっと翠蘭。
くぴっと私。飲まずにはいられない。
「翠蘭……。そっか。断れないよね」
くぴっ
くぴっ
『わたしから』
くぴっ
くぴっ
「……」
『いきるた…め…』
くぴっ
翠蘭は酔い潰れて眠ってしまった。
誰かに聞いて欲しかったんだと思う。元カレを忘れられないこと。
長椅子に翠蘭の体を横たえ、布団をかけた。
窓を閉めるとき、遠くへ行った満月がひっそりと佇んでいた。
翠蘭は好きな人と結ばれたんだね。幸せのままじゃなかったけど。
好きな人との睦事なんて夢。いつか私にもそんなことがあるのかな。今までなかったように、これからもない気がしてしまう。
私は、翠蘭が書いた文字の上に、何度も丁寧に墨を塗り重ねた。
李氏様は遠出から帰ると即、翠蘭の部屋へ行った。
次の朝、翠蘭は朝食の席に現れなかった。
それ以降、燈実様は、水曜日と土曜日しか屋敷に来ない。




