後編
よろしくお願いします。
あれ以降の約2年間、あのレオン・ジルベルトは陛下や俺たちの周りに姿を現した。まさに神出鬼没。
陛下は楽しみにしているが、護衛の俺はいつ現れるかと冷や冷やしている。
「レオン・ジルベルト…。レオン・ジルベルト…?」
どこかで聞いたことがあったのは間違いない。けど何の話だったか。全く関係ないと思っていたから忘れた可能性が高い。
「呼んだ?」
「レオ…ひぃっ!?」
「うおっとぉ?…急に剣を振り抜くなんて危ないじゃないか。怪我したらクレヴェルくんじゃ責任取れないだろ?」
「えっ、あ、す、すみません…」
つい謝ってしまった。…じゃなくて、
「何でここに…!」
「何でって。僕にいけない場所はほぼないよ?」
衝撃発言をした例の魔術師…レオン・ジルベルトが、オレの私室に現れた。何故か慣れたようにソファーに座って休憩している。
「シュリーヌ様の所に行かないんですか?」
「んー?だって僕の名前を呼んでたからさぁ。何か聞きたいことでもあるのかな〜って」
「いや聞きたいことは山程ありますけど、とりあえず陛下のプロポーズ受けてくれません?」
「と り あ え ず(笑)」
自分の君主が望むからって得体の知れない魔術師と結婚させたらだめだろと笑う。いや、もう陛下がいいなら何でもいいです。だって陛下が居ればとりあえずうちの国安泰なので。
「君ら、僕が幾つだと思ってるのさ。僕ロリコン呼ばわりされる趣味ないんだよねぇ」
「陛下は23歳です。貴方と釣り合うのでは?精々10歳差でしょ。王侯貴族じゃそんな事ザラです。まあ血筋がわからなくても、貴方はどうやらかなりの魔術師のようなので、我々としては悪くない相手です。人の形もしてますし」
「分かってないなぁ。それに23ならうちの甥っ子との方が釣り合うだろうよ。とにかく、きゃーっか。僕はずーっとここに居られるほど暇じゃ無いんだよねぇ」
また来るよと言って、初対面の時にそうしたように、忽然と姿を消してしまった。これも魔法なんだろうな。本人は1日に何度も使う事はできないと言っていた。
見たところ若いし、二十代後半とおもっていたが……。
…甥っ子が釣り合うくらい?……じゃああの人、何歳だ?
*
「…退屈だ」
最近の陛下は大人しい。退屈という言葉は増えたが、だからといって前のようにゲームを仕掛けてくる事は無くなった。
「へ、陛下?今日は天気もいいですし、騎士達もついていけるので、散歩を兼ねて狩りをしても大丈夫ですが…」
「いい。レオンが来るかもしれないだろう」
「…そうですか」
そしてあの男を楽しみに待つようになった。……多分、来るのを楽しみに待っているからこそ、暇なんだろうな。
陛下がレオンを本当に気に入っていて伴侶に望んでいる事は傍目から見ていて明らかだった。だからこそこの間お勧めしてみたが…。
「…陛下、あのレオンの年齢って知ってます?」
「136歳だそうだ」
「…………………。
へえ、36…。陛下と13歳差ですか。それは確かにちょっと離れ過ぎてるかもしれませんね」
「違う。136歳だ」
「……」
「魔力が多いほど歳をとるのが遅いらしい」
歳をとらない魔術師。
剣豪すら容易く下す実力。
神出鬼没で現れたと思えば謎を残して去っていく…。
…ん?…んんん?
……あれ。何か思い出しそうだったのに。
「…なあクレヴェル」
「何でしょう陛下」
「…私は婚姻相手として、欠陥があるのだろうか」
ぎょっとした。へ、陛下が弱ってる!?
「そんな事はありません!
陛下は老若男女が振り向き頬染める美人ですし!頭脳明晰!民の信頼も厚く!尊敬の的です!」
「……だが、それはレオンにとっては、何の魅力にもならないのだろう」
それは確かに。あの人絶対変人だ。世間一般の感性とズレてる。ついでに俺は頑張って陛下を褒めたし本心から言ってるけど、陛下と結婚したいかと聞かれたらはいとは言わない。もっと身の危険を感じない中身も可愛い子がいい。
…ちょっと落ち込み気味の陛下は可愛いと思うけど。
「あれぇ?シュリーヌ何で落ち込んでるのかな。クレヴェルくん知ってる?」
声が急に降ってきた。執務室の扉も窓も閉まってるのに!……と思ったら噂をすれば影で、レオンがまた現れた。南の大陸の覇者の国原産のハーヴィエンの花束を持って。
陛下の表情が華やいだ。名前を呼んで自ら側によるので、必然的に俺も数歩前に出た。
「レオン!」
「貴方の話をしてたんですよ。プロポーズを受けてくれないのは、自分に魅力が無いのではないかとご心配なようで」
陛下が凄い勢いで振り返り、睨んできたけど最近陛下、丸くなったから(中身が)、怖くないです。
「え」
意外なことに、レオンは驚いていた。
「シュリーヌが魅力的で無いなら、僕はこんなに通ってないよ?はい、お土産」
「え。あ…う、む」
陛下は渡された花束を抱えて、俯いた。肌が白いから耳が赤くなっているのはすぐに分かった。…なんだこれ。独身恋人無しの俺には羨ましい光景ですが?泣いていい?憎しみで染まった真っ赤な涙流していい?
「コレねー、うちの国の花で、プロポーズの時によく渡す花なんだよね〜。甥っ子にロイヤルガーデンから分けてもらったんだ〜」
「「……え?」」
「え?」
………え?
*
休暇中のマリーンを呼び出して、いつぞやのように陛下、マリーン、レオン、俺は机を囲むようにソファーに座っている。
「…状況を整理しましょう。
レオン…殿。貴方は、ハーヴィエンの花を、陛下に?」
「うん。プロポーズの時にはその花をあげるのがうちの常識だから」
「…失礼ですが、陛下の事は結婚相手に考えていないのでは?」
「うん」
うん?言っている意味がわからない。俺だけ?…でも無いよな、あのマリーンが頭抱えてるし。
「僕と結婚しない方がシュリーヌの為だよ。僕の妻になるには幼すぎるし、弱点と言われて狙われる事間違い無し。南の大陸から送られるとするなら相当な刺客だろうし、ここは僕の国から遠すぎるから、周辺国とかに圧力かけるのも限界があるし」
「で、では何故こんな花束を?陛下に対して失礼ではないですか!?」
「うーん。それに関しては、弁明させて欲しい。僕がシュリーヌにハーヴィエンを贈るのは、その意味通り『愛しています』なんだけど、比喩の『結婚してください』ではないんだ」
「…というと?」
「僕、結婚してもいいくらいシュリーヌの事は愛してるけど、僕が結婚すると支障があるんだ。南の大陸の勢力図にも関わってくる。だから親に相談してみたけど、婚姻はダメって怒られた」
国?勢力図?な、なんだか急に話が訳の分からない方向に飛んで無いか?
「でも、その代わり、人間嫌いで主要な祭りの席以外絶対に人と会わない僕の甥っ子の1人とシュリーヌとの婚姻の許可は出た。シュリーヌ本人の同意があるなら、だけど」
もっと訳がわからない。あとは任せた頭脳労働者。
「待ってください。レオン殿。貴方の…その国での肩書を教えていただけますか?」
「あれ?言ってなかったかな。僕は」
何か言いかけたその時、狙ったようにドアがノックされると同時に開いた。勝手に開けるなとマリーンからの怒号が響くのもなんのその。
「南部大陸のエステランテ帝国から使者が参りました!この国に来ている第二王位継承者、レオン・ジルベルト様を迎えにあがったと申しております!!」
そう言い切ったマリーンの部下はそれはもう死にものぐるいだった。
「…エステランテ」
「帝国…」
「第二王位継承者…」
そこまで聞いてやっと思い出した。レオン・ジルベルトは世界最強の魔術師で、魔道具技師。北大陸の戦争被害から身を守りたい小国達が挙って彼の結界という魔法を求めて、取引をするという。要求されるものは金ではなく、その時魔術師が欲しいと思ったもの。だから食べ物一つで成立した取引もあるというし、逆に城の調度品が殆ど無くなった取引もあるという。
マリーン、俺、陛下がゆっくりと確かめるように視線を戻したその先で、レオンは悪びれもせず、
「つまりは王族、かな?」
と、笑った。
「ティアーゼ帝国、シュリーヌ陛下にご挨拶申し上げます」
謁見の間で恭しく礼をとるのは、レオンを迎えに来た使者。魔術師としてレオンの弟子でもあるらしく、レオンの事を師匠と呼んでいた。
「エステランテの皇帝から預かった書状に嘘偽りは御座いません。
シュリーヌ陛下さえ宜しければ、我が国の皇帝の2番目のお孫様との婚姻を結びたい旨お伝えするようにとの事でした」
「…レオンと婚姻は結べない、という事に変わりはないのだな」
陛下は他国の使者の前である為、堂々として感情を出さず淡々と話しているが、それが余計に陛下の今の心境を想像させる。心中穏やかではあるまい。
しかしそんな陛下の御心などを鑑みる事なく、使者は肯定した。肯定して、……付け加えた。
「はい。表面上は」
…表面上は?
「けほん。今から私が口を滑らせてしまうかもしれないのは、我が国の皇帝が言っていた独り言です。その独り言を私も独り言として口に出してしまうかもしれませんが、聞かなかった事にしておいてください」
それはつまり、黙って聞いてろということでは?
「"レオンが婚姻となれば、レオンの相手なせいで狙われるようになる。しかしレオンの魔法の才能を継がせないというのは損失だ。子はつくらせたい。どうせなら好いた相手と結ばれても欲しい。さて、どうしたものか。
そういえば次男の息子が、「研究の為に地上に居るのが面倒、結婚もどうでもいいし、正直もう王族いっぱいいるから俺1人ぐらい子供作らなくても良くない?女に興味ないし、婚姻でも何でも好きにしていいからその代わり死にそうな時以外は構わないで。影武者使ってもいいから」って言ってたな。試しに打診してみるか。
面倒な令嬢たちが寄ってこないから、書類上既婚になってもいいって?そうか、じゃあ書類上孫の妻になってもらい、実際はレオンの妻になって貰えばいっか。本人がもしそれでいいなら。
子供もレオンと作ってもらえば万事こっちの問題は解決。ラッキー"。……とか言ってたな皇帝陛下。師匠がフラれる事を考えていないのが流石の傲慢具合だなぁ。いっそ尊敬するわー。以上、独り言でした。…あ、追伸。
婚姻式当日もルインは出てこないから、影武者にはレオンを使おう。魔法で化けるの得意だし、大丈夫だろ。そのまま仲睦まじくしてもらえれば尚よし。
ただ例え婚姻したとしても、相手は女帝となれば国を頻繁に離れるはずもない。レオンもあまり国を空けてもらっては困る。レオンが会いたい時に勝手に会いに行っているだろう今の状況とほぼ変わらないだろうが、シュリーヌ殿は納得してくれるだろうか?してくれないかな?してくれないだろうなぁー。
……とも言ってました」
さて、お返事願えますか?シュリーヌ陛下。と、使者は陛下を見上げた。
*
レオン・ジルベルトと出会って早18年。
陛下は今日も今日とて他国に境界線を譲る事なくこの国を存続させている。
暇すぎて魔物を狩ったり、退屈しのぎに騎士や兵士たちと真剣勝負をして、退屈だと嘆いては、俺や宰相の胃を痛ませる。
「ああ、退屈だ」
そう言いながら、無くす事も傷付ける事も無いよう首から下げた指輪を陛下は取り出す。
また神出鬼没に姿を見せる相手を想って薬指に付けたそれに、陛下は軽く唇で触れた。
「退屈は人を殺せる」
"私の退屈で死ぬのは私じゃ無いけれど"。
退屈嫌いの女帝は、幸せそうに微笑んだ。
読んでいて、あれ?と思った方がいるかもしれません。そうです。とある仮面令嬢の大おじ様のお話でした。
知らなくても読めるように心がけましたが、できてなかったらごめんなさい。懲りずにまたこの2人の話を書きたいです。
一応告知です。
『身に覚えのない理由で婚約破棄されましたけれど、画面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?』の短編を12日に投稿予定です。
読了ありがとうございました!