4-9
オーディション当日。私たちは新宿にあるニンヒアの新人養成所を訪れた。その建物は郊外にある老人ホームのような外観をしていた。入り口には銀色のプレートに『株式会社ニンヒアレコード研修所』と書かれている。
「いよいよやな」
健次は緊張しているようだ。彼の顔は酷く強ばり、声も震えている。
「せやね。ま、受けるんはウチやからケンちゃんが緊張してもしゃーないやろ?」
「ああ……。お前は平気なんか?」
「ん……。緊張はしとるよ? でもここまで来て迷ってもしゃーないやん?」
我ながら肝が据わっていると思う。健次と充は多少緊張しているようだけれど、私はそれほどでもなかった。むしろ楽しみでさえある。
オーディション会場の前でそんな話をしていると、遠くから逢子が歩いてくるのが見えた。隣には亨一と羽島くんもいる。
「おー、逢子ちゃん久しぶり-」
私は逢子に手を振った。遠目に見えた彼女の顔は少し引きつっている。
「あ、月子ちゃん! なんや月子ちゃんもオーディション出るん?」
逢子はまるで知らなかったような口ぶりで言った。彼女の口調は妙に強ばっている。
「せやね。あー、初オーディションやから緊張するなー」
私も何も知らなかったように答える。おそらく逢子は亨一が前乗りしたことを怒っているのだろう。
「……せっかくやし飯でも行かへん? オーディションあんの午後からやろ?」
「せやね。したら軽く食おうか?」
私たちは食事をとるために会場近くのファミレスへ移動した。移動中、逢子は口を開こうとはしない。
ファミレスに着くと互いのバンドメンバーごとに向かい合って座った。私両脇には健次と充。逢子の両脇には亨一と羽島くんが座る。
「月子ちゃんベース見つかりそうなん?」
席に座るなり、開口一番逢子が口を開いた。
「いや……。見つからんねん。募集掛けてもなかなか来んから参っとるね」
「そうか……。ま、気長に探したらええよ」
気長に……。その言葉の裏には『亨一は私のベースやからな』という意味が込められているように聞こえた。
牽制というやつだと思う。これ以上、亨一に手を出すなという意味の。
亨一はその件に関しては適当に相づちを打つだけだ。肯定も否定もしない。
「……。にしても受かったらええな。今回のオーディションは西浦さんが審査委員長らしいで? 厳しそうやけど、受かったら速攻デビューや!」
「ほんまやね。あーあ、受かりたいなぁ。10代のうちにデビューするんがウチらの夢やからね。『レイズ』にとっては初めてのオーディションやからめっちゃ緊張する」
今回のオーディションは逢子というより『レイズ』にとって特別なもののようだ。彼女は、『レイズ』のオリジナル楽曲での参加らしい。これに関しては私も同じだけれど……。
私はこの日のためにオリジナル曲を用意していた。健次が作曲し、私が歌詞を書いた楽曲。曲名は『デザイア』。
「ほんまに逢子ちゃんとこはええな。受かったらすぐにデビュー出来るんやもん! ウチは受かってもベースがおらんかな……」
「ハハハ、そこはウチが勝っとるね! 手前味噌やけど亨一以上のベースはまずおらんからな」
逢子の言い方には明らかに嘲笑が含まれていた。正直、腹が立つ。
「そうな……。あーあ、ウチも亨一くらいのベース欲しいわぁ。てか亨一が欲しい!」
「ハハハ、亨一は物やないって! それに、ウチらのバンドやから亨一の腕が生きるんやで? 他のバンド行ってももったいないだけや」
もったいない……。私にはもったいないという意味だろう。完全なるマウンティングだと思う。
そこまで苔にされて、私はそろそろ限界だった。2人きりだったら引っぱたいているかもしれない。
「いやいや、ウチらだって負けてへんよ? 亨一にサポートしてもろてめっちゃ良い感じやし! むしろウチらの方が合ってるんちゃう?」
売り言葉に買い言葉だ。私は逢子を睨み付ける。
「何ゆうとるん? 亨一は月子ちゃんが困っとるから助けに行っとるだけやのに! こうゆーたら失礼やけど、ヴォーカルの腕だってウチのほうが月子ちゃんよりいい自信はあるからな!!」
逢子の声はすでに罵り変わっていた。声のトーンは怒りに震え、顔は真っ赤だ。
健次と充は私たちを宥めるように間に入ってくれたけれど、私も我慢できなくなっていた。もう限界だ。
「はぁ!? 何なんマジ? したらえーよ! オーディションで決着付けよ! で、もしウチが勝ったら亨一貰うからな!」
気が付くと私はそんな啖呵を切っていた。自分でも無意識のうちに本音を叫ぶ。
逢子も頭に血が上っているようで「ああ、ええで! 望むところや」と私の賭けに乗っかった。
男4人は仲裁に入ったけれど無駄だった。私も逢子ももう引き返せそうにない。
「ちょっと! 逢子も鴨川さんも落ち着いて! 俺は『レイズ』のメンバーなんだからさ」
亨一もこの場を収めようとした。それでも逢子は止まらなかった。
「いーや! ここまで言われて私も黙ってられんよ! それに私が負けるわけないんやから今までと何も変わらんて!」
私自身。ここまで逢子と喧嘩するつもりではなかった。おそらく逢子も同じだと思う。
でも……。丁度良いかもしれない。感情的であると同時に私は冷静にそう思った。
このオーディションで逢子に勝てば亨一が手に入るのだから……。




